7章 去年はこんなこともあった
第68話 娘はやらん!
びしょ濡れになって、やっと家につく。
ひどい雨だった。雨が降る日はいつも美冬が傘を持っていくよう言ってくれるが、今日は言われなかった。自分でもちゃんと確認すれば良かったものを……と彼は後悔する。
玄関を開けると、タオルを持った美冬が出迎えて、それを手渡される。
「ごめんなさい。朝、天気予報見てなくて……」
「良いって。自分で見なかったのが悪いし」
美冬の顔が赤い。
タオルで髪を拭いていた手を、ぼーっとする彼女の額に触れる。
熱い。完璧に熱がある。
昨日から「頭が痛い」と言っていたが、風邪か。美冬は狐であり、妖怪だ。妖怪は妖怪らしく風邪もひくし病気にだってなる。
「みふ、具合悪い?」
「い、いえ……。ちょっとだけです。すぐ治りますから」
美冬は気丈に言った。
「そんなことより、ご主人様こそ風邪ひいちゃいますから、お風呂入ってきてください」
美冬の体が心配だが、進は「わ、わかった」と答えた。
彼女はよく無理をする。特に、主が初花から変わったときから。甘えていた自分を律する為か。何でもかんでも無理をして結局最後に自分が痛い目に遭うというのも、何度も繰り返して来たことだった。
案の定、進が早めにシャワーを浴び終えて、取り急ぎ居間に行くと、ローテーブルにぐったりと突っ伏す美冬の姿があった。
辛いのにわざわざ出迎えまでして他人を気遣おうとするのが、美冬の生真面目なところだ。
「みふ、寝てなって。見ただけで具合悪そうってわかるし」
進はそう言うが、美冬は「大丈夫ですから」とあくまで拒否した。
「それより、ご飯。シチュー出来てますから──」
「みふ。ほんとに、寝て。見てるこっちが怖い」
病人に対する態度ではないが、少し鋭い口調で言った。こうでもしないと、美冬は休まない。
ローテーブルを端に寄せて、美冬の布団を敷くスペースをつくる。
布団を敷き、枕を置き、美冬を無理やり抱えてそこまで運ぶ。
「ま、待ってください。だからご飯──」
「そんなん俺が運ぶから。今は大人しくしろっ」
理由つけて動き回って悪化されたら、お互いに困る。
一度布団に潜れば、あとは体が休みたがる。ここで妥協すると、脳が無理やり体を動かしたままで、体が過労死する。
進はスマホを掴み、メッセージアプリでみふママの連絡先を開き、通話ボタンを押す。
困ったときのみふママだ。とりあえず、これからどうすべきか、母親のプロに教えを乞う。
何回かコールが鳴り、聞き慣れた声がスピーカーから聴こえた。
『娘はやらん!』
「おたくの娘さんの方からこっちに来たんだけど」
召喚してないのに、わざわざ新幹線で仙台からここまでやって来たのは、そっちの娘だというのに酷い言い方だ。
『それでなに? 娘のしょ──』
「みふが熱出した」
みふママは一度冗談を言い出すと止まらないので、はやいところ本題に入る。
『熱? そんなの寝てれば治るでしょ』
「いやほら、病院行く事になったら、保険証とかそういうの」
『あー、一応持たせてはいる。でも行けるのは妖怪に対応してる病院だけね。普通の病院行っても保険証使えないし、そもそも人間じゃないから』
となると、一番近いところに行っても電車移動を要する。歩くのすら辛そうなら、最悪の場合、美夏に狐の姿になってもらい、ペット用のゲージに入れて抱えて持っていくしかない。
そうならないことを祈るばかり。
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