第65話 近親萌えの変態の実力はそんなものですか!

「よっしゃバッチコーイ!」

 美冬が、左手にグローブをはめて右手にボールを持ち、両腕を上げて気合を入れる。

「みふ、それ守備側が言うやつだから」

「ピッチャービビってる! へいへいへい!」

「わかってて言ってるだろー、今のは」

 普段、野球なんか全く見ないしやりもしない美冬にとっては、もはや野球なんて遠い存在らしい。

 野球好きが見たら、怒られるか、笑われるか。

「届け! 私の思い!」

 そして美冬は、珍しく冗談なんか言いながら、見様見真似の投球フォームで、普通にストレートを投げる。

 流石は狐、そして剣術をやっているだけある。運動神経は良い。

 スッと飛んでくるボールを進は普通にグローブでキャッチして、そして山なりに投げ返す。

「近親萌えの変態の実力はそんなものですか!」

「近親萌えって……。変態言うなし」

 今日の美冬はテンションがおかしい。よほど疲れているのか、ボール遊びが面白いのか。

「そんなこと言うなら手加減しないぞー」

「もとよりそのつもりですっ」

 手加減も何も、野球なんて、学校の体育で3、4回やったくらいだ。しかも中学の時に。

 そして美冬の速いストレートが良い狙いで飛んでくる。

 そして、言われたとおり、速い球で投げ返す。

 美冬の反射神経にとっては遅く、すっぽりとグローブの中に収まった。

「ご主人様っ」

 声とともに、ボールが投げられてくる。

「なーに」

 返事と共にボールを返す。

「好きだった人って、いましたかっ?」

 そうやって、一言ずつ言いながら、言葉とボールのキャッチボールが始まる。

「初花ちゃん」

「死ねぇっ!!」

 怒気の籠もった、火の玉が豪速球で飛んでくる。言葉の意味、そのままだ。

「な、魔法使うのは危ないだろっ」

 お返しとばかりに魔法を使って投げ返したりはしない。普通に投げて返した。

「あの女以外で、好きになった人はっ?」

 山なりに飛んでくる。

「みふ」

 まっすぐ返す。

「そう言うのじゃなくてっ」

 今度はまっすぐ。

「じゃあ、みふは? 好きだった人とかいないの?」

 いつもこっちにばかり聞いてきてずるい。

「聞きたいですか? 好きだったどうこう以前に友達すらいなかった話っ!」

「いや、やめとく」

 美冬は基本的に他者が嫌いで、他者と関わろうとしない。そういう性格だ。

 

「美冬は、生まれたときから、ご主人様一筋ですっ」

「そりゃどうもっ」

「ご主人様っ!」

 ボールがまた強く投げられる。

「なんだよっ」

 返したボールを美冬は受け取り、一瞬動きを止めた。

 投球フォームをまた決めて、何かを込めて投げる。

 ボールがしっかりとグローブに収まったら、美冬の声が届いた。

「美冬の事好きですか!」

 珍しく頬を赤らめて、力いっぱいの声を出した。

 ふっと、笑えてくる。 

「ああっ!!」

 だから、力いっぱい肯定して、返す。

 何の羞恥プレイだろう。

「どのくらい!?」

 明らかに答えにくい質問と同時に、真っ直ぐボールが飛んでくる。 

 思い出すのが、夏休みに全く同じ質問を、彼女の父親にされたとき。


 進は、とうとう笑いだした。

「パパに同じこと聞かれたことある」

「は!? なんでですか!?」

 美冬は本気で驚く。

 なにか不満そうな顔をしながらボールを返す。

「その時はなんて答えたんですか」

「みふが死んだら、あと追うくらいって」

 言ってから、ボールを投げる。

 放物線を描き、美冬の頭上で彼女のグローブに収まった。

 美冬は、小さく溜息を吐いた。

 

 これ以上、何か言うべきだろうか。

 美冬は悩む。そして、考える。

 だめだ、頭が痛い。

 体もだるくなってきた。


 結局、どうなんだろうか。

 

 進の事はずっと見てきたから、なんでもわかるはずだった。

 誤魔化している時も、嘘をついているときも、一目瞭然でわかる。

 ただ、今だけは彼の何もわからない。

  

 グローブに収まったボールを見る。

 視界が、ぐるぐる回っているような感覚。

 流石に疲れてきた。

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