第64話 女に言い寄られて鼻の下伸ばさないでっ!
「すぅ様、あーんして?」
美夏が進の隣に居て、そしてあえて食べかけの餃子を押し付けようとしている。
そしてそれを美冬が黙って見ているわけが無く、進が拒むか受け容れるか迷っている最中に、彼女が行動を起こした。
「美夏? 今こう見えて、美冬はとても機嫌が悪いんです」
そう言いながら、水が入ったコップを片手に持って、笑顔で妹を睨む。
「その臭い唾液がついたものを、今すぐ自分の口にしまってください」
「は? ゴミギツネの口よりはキレイだけど?」
毎度のことながら、間に立たされたモヤシ男の運命や如何に。
「リョーへー、助けて」
だが今日は美夏の主が目の前に居る。その人に助けを求めるのが手っ取り早い。
「モテる男は大変だな〜、クソウケる」
だがアテにならなかった。
「ご主人様も! 女に言い寄られて鼻の下伸ばさないでっ! リョーへーも、自分の従者くらいちゃんと躾けてください!」
そして美冬が怒り出す。怒りの矛先は、とりあえず目についたもの全部と言う勢い。
「はっ! その言葉、そっくりそのままお前らに返す!」
亮平はこの状況を楽しんで、ゲラゲラ笑いだした。
美冬は怒り、美夏は迫り、進は困り、そして亮平は笑う。
これらを見せられているケント高千穂は最早絶句。黙ってそれを見届ける。
バカな人間共と、面倒くさい狐達を、まるでつまらない茶番劇を見ている時のような目でただ眺めるだけ。
この状況は一体なんの状況なのか。
ケント高千穂は悩んだ。
「君たち、もう少し静かに食事が出来ないのかい。周りに迷惑だよ」
人間と狐の動きが一気にして硬直する。
彼らはこぞってあたりを見回し、周りの視線が集まっていたことに気付く。
そして全員が揃って言った。
「「すみません……」」
†
「はぁぁ……。やっと帰ってこれた……」
帰宅するなり、美冬はクッションに飛びついた。
尻尾はゆさゆさと揺らしつつも、体は動いていない。
「頭痛い……」
そして呟く。
進は、その呟きを、ブレザーをハンガーにかけながら聞いた。
今日だけで色々あったし、疲れているのか。
「大丈夫?」
「あの女とか、バカ妹とか居て疲れました……」
「あの女って……」
「ご主人様の初恋の相手ですよ」
「言わなくてもわかるって。本人が居ないからって、そんな呼び方しなくても」
相変わらず、嫌いなのは変わらない。
美冬は黙って、そのままクッションに顔を埋めた。
本当に疲れた。
妙な事が頭によぎる前に、他のことを考えよう。例えば、今晩の夕食とかだ。
そうだ。だいぶ予定が狂ったのだ。
「ご主人様。夜ごはん、焼きそばとシチュー、どっちが良いですか?」
昼に焼きそばを作り、似た材料でそのままシチューを作るという完璧なプランがあったのに、焼きそばを食べなかったせいで、そのプランが崩れ去った。
忌々しき女ども。
そして、もとを辿れば、あのケント高千穂が、今日に進が文化祭で当番の日だと情報を流したのだ。
根はいい人なのだが、ところどころでそれを台無しにする。
「焼きそばの麺はもう買ってるから、焼きそばで良いんじゃない?」
「そうですね……。予定は繰り上がりで、明日シチュー作ります」
確かに、先にシチューを作ると、焼きそばの麺の使い道に悩む。合理的な判断だ。
「……。今何時ですか」
聞く口調でありながら、彼女は自分で時計を見た。
「3時半」
進に答えられると同時に認識する。
まだ時間的な余裕はある。
昨日買ったものを、早速今から使いに行くという選択肢を思い浮かべた。
美冬は起き上がった。
フラフラと歩きつつ、とりあえず主に抱きついて匂いを堪能する。
色んな匂いが混ざってるせいで、もはや臭い。
「主人様、公園行きましょおー」
近所に公園はあるが、ボール遊びは禁止では無かったか。とりあえずそれだけ気になった。
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