第63話 アレは人間界に溶け込む術を身に着けている

 進は校庭まで来ると、すぐに美冬を見つけた。

 葵が取り合ってくれていたらしく、それに礼を言って、一旦席を外してもらった。


「ごめんね、色々と」

「なんでご主人様が謝るんですか」

「否が応でも、振り払うべきだったと思って……」

「良いんです。ご主人様は、ああやってイジられる役回りですから。わかってます。美冬が勝手に不貞腐れただけです」

 だから、と続けた。

「今、ご主人様に謝られたら、逆に申し訳なくなります。怒ってるのは、あの女達に対してなので……」

 美冬は、向こうでたむろっている犯人たちの方をキッと睨んだ。

 憎悪と嫌悪を顕にし、それに怨念を宿して投げつける。

「みふ、魔力漏れてる」

「……。んん……」

 美冬特有の、白い魔力がうっすらと光る。厳密には、漏れた魔力が、周囲の物質を励起して発光させているのだが。

  

「そういえば、なんで来てたの? 今日は家で留守番してるって……」 

「菊花が、冷やかしたいから付き合えって。なので、連行されて来ました」

「それは災難」

 苦笑。

 ふと、進は噂の菊花が居る方を見る。

 朝乃や、初花、葵とは既に打ち解けているが、高千穂からは距離をとっている様子。 当然といえば当然だが。


「では、我々はあいつらおいといて帰りましょう」

 そして美冬は席を立つ。

 予定が狂いまくっている。

 さっさと帰って、昼食を作らなくてはならない。

 進も立って、二人でその場を離れる。


 一応は、挨拶してから帰ろうと、奴らが集まっている場所に向かった。

 だが、その美冬達の妙な律儀さが、失敗だった。


「我々は帰ります。みなさんは、文化祭楽しんで下さい」

 と、美冬が未だ殺気が籠もった声で言い、そのまま立ち去ろうとする。

 だが、それは朝乃が止めた。

「まあ、ちょっと待ってよ。今から、みんなでファミレス行こうって話して、一緒にどう? りょーぺーの奢りだからさ」

 そして勝手にタカられている亮平は「はぁ!? アサノ、ソレは無ぇぞヲイ!!」と抗議の声を上げているが、周りの人間も妖怪もこぞって「ゴチになりまーす!」とはしゃいでいる。

 そんな空気の中、ましてや朝乃が言うのだから、断れるほど美冬のメンタルは強靭ではなかった。



 本当にやってきたファミレス。

 進、美冬、菊花、朝乃、初花、亮平、美夏、ケント、葵、霞 と、人と妖怪、合わせて10人と言う大所帯。

 6人席で2つに別れて座る。

 

 進、美冬、亮平、美夏、ケント の5人

 菊花、朝乃、初花、葵、霞 の5人

 で別れた。

 

 当然、美夏と美冬の、進の隣ポジションの争いが起きる。

 そもそも、美冬は美夏が進の隣に座ること自体を許さない。

 だが結局、美冬と美夏の間に進が座るという構図に落ち着いた。

 

 菊花達の方は全員女子ということで、完全に女子会になっている。

 特に、菊花のメイド喫茶の話は好評だ。

 あの場に、まだ幼く純粋な霞がいる事が、傍から聞いている進は非常に心配になっていた。

「高千穂、霞は向こうにいて大丈夫?」

「霞の世話は全部葵に任せてるし。あれも、人間や妖と触れ合う良い機会だろう? 特に、あの雷獣はね。業腹だけど、アレは人間界に溶け込む術を身に着けている」

 本来なら、彼としては今すぐにでも菊花を滅したいくらいだろう。

 そうしないのは、周りがそれを許さないから。 


「なあケント、お前の中では妖怪は絶対悪なんだろうが、世間ではその価値観はとっくの昔に無くなってるぜ。むしろ人間のほうがあくどい」

 亮平が言った。

 彼は、むしろ妖怪の方に肩入れしている方だ。

「知ってるさ、そんなこと。だから、僕は世間のほうが間違ってると思うよ」

「反社会精神と、タダの世間知らずは別物だぜ」

 空気が悪くなる。


「まあ、そういう話はまた今度にしよう」

 進が仲裁した。

 正義だ何だは、結局は個人次第。自分の境遇や経験で変わってくる。それをファミレスで言い合ったところで、どうにもならない。

「早く注文決めよう。働いたおかげで腹減ったし」

 早速、メニューを開いた。

 中華のファミレスだから、当然、中華が多い。

 あんかけ焼きそばや五目焼きそばだって、当然ある。 

 進は、それを見て思い出した。

 今日の昼食は、美冬が焼きそばを作ってくれる予定だった。そして、夕食はシチューの予定だ。

 

 だから、種類こそ違えど、ここで焼きそばと言う名のつくものを食べる気にはなれない。

 他にも、色々有る。だが、腹は減っているのに気分に合うものが一切無い。

 美冬が作ったものが食べたかった。

 

「みふは、何にするの」

「気分が完全に焼きそばだったんですけど」

 だが、彼女も五目焼きそばという選択肢は無いらしい。

「酢豚……いや、油淋鶏……」

 とても悩んでいる。

「じゃあ、俺が酢豚頼んで、みふが油淋鶏頼んだら、両方食べれるし、それでいいでしょ」

「え、でもご主人様は?」

「俺は何でもいいから」

 腹が満たされればそれでいい。 

 食材には申し訳ないが、贅沢を知ってしまった人間は、そういうことを言い出してしまう。

 進は、中華料理なら麻婆豆腐が一番好きなのだが、それすら今はどうでも良くなっている。

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