第60話 愛情込めて

 「ちゅーるちゅーるちゃおちゅーる〜」

 と、可愛らしいフレーズを口ずさみながら、美冬は今晩のおかずを吟味していた。

 駅近くの、帰り道にあるスーパー。

 いつも買い物しているスーパーだが、今日は進が居て、彼がカートを押している。

 「ご主人様、おかず、サンマとカツオだったらどっちが良いですか?」

 「んー」

 「鮎とかもありますけど」

 「鮎……」

 「間をとってちゅーるという手も」

 「カツオが良いなあー」

 決断が早くて結構。

 と言うことで、カツオをかごに入れる。

 野菜は先程入れた、カツオも入れた、明日の昼は……。

 「ご主人様、明日ってどうするんですか? 店番あるんですよね」

 「そう、10時から11時まで」

 たった一時間のために、往復2時間をかける、哀れな学生。

 「じゃあ明日のお昼と夜も買ってきましょう。リクエストあります?」

 「んー……焼きそば?」

 「今日食べたじゃないですか」

 「みふの焼きそばが食べたい」

 なるほど。ならば仕方ない。

 「わかりました。お昼は焼きそばです。夜は……シチューにしましょう。材料も近いですし」

 人参と豚肉、そしてキャベツが流用できる。

 月岡家のシチューにはキャベツが入る。恐らく、進は食べたことが無い筈なので、反応に期待する。

 「みふのシチューは初めてかも」

 「二度と他のシチューが食べられなくなりますよ」

 「じゃあ期待して待ってる」

 「はいっ」

 今日はヤケに上手く扱われている。

 おかげで気分が良い。

 

 さて、スーパーと言うのは、店に入ってから、野菜、魚、肉、漬物、乳製品、飲料、惣菜という順番で回れるように品物が配置されている。

 一度、キャベツを取るためにUターンし、無事調達したら、再度奥に進む。

 味噌汁用の豆腐

 今朝飲んでなくなりかけていた牛乳

 必要なものは入れた。

 レジで会計を済ませている間、袋詰は進がやっていた。微妙に一人暮らしをしていた経験が生きている。

  

 これから帰るのが、億劫だ。

 スーパーから出て、帰るまでが遠足、ではないが、帰るまでがデートなので、手をひったくる。

 美冬は地面を見ながら歩いた。

 重い荷物は進が持っているおかげで、自分は自分の荷物とちゅーるだけ。おかげで軽い。

 もっと暫くこうしていたいのだが、世の中そんなに上手くは行かない。

  

 「なんか、適当に歩いてるだけでも、意外と楽しいものなんだな」

 進が突然言い出した。

 「……はい」

 真理だ。

 学園祭と言うレアな場所でも、年中無休のデパートだろうと、どこでもいい。

 「夏に、みふがこっちに来たとき以来だっけ。こんなふうに遊んだの」

 「そう言えば、そうですね」

 そう考えたら、実は今までこうしてどこかに二人で出掛けた経験は少ないのかも知れない。

 美冬も進もインドアだから、仕方ないと言えば仕方ないか。

 それに加え、進が研究室の手伝いと、最近は高千穂の手伝いも始めたので、まとまった時間が無いせいもある。

 あっても、疲れ切っていて動きたがらない。

 「たまにで良いので、またデートしたいです」

 進は「うん」と端的に頷いた。

 「明日の午後は、お家でゆっくりしましょう?」

 疲れただろうから、そのくらい休ませてあげたい。

 

 †

 

 だが、休ませるのは明日の午後からであって、今は使いぱしる。

 「ご主人様、火」

 リビングでボーッとしてるところを、台所から呼ぶ。

 当の呼ばれた本人は「え?」と理解してない様子。

 「いいですか、ここにカツオがあります。でも我が家にはバーナーなんていう高級品は有りません」

 「ああ、そういう事か」

 日戸進は日戸家という魔法使いの家系に生まれた人間である。

 つまりは魔法使い。

 やることはただ一つだ。

  

 火炎の魔法を以て、カツオを炙る。

 

 魔法の最も有効的な活用方法である。

 

 「でも、前にバーベキューやったときは、愛情籠もらないから魔法の火は使うなって言ってなかった?」

 ふと思い出す。

 炭の火を燃やす時に、そう言われたおかげで、団扇で仰いで火力を上げていた。

 そして美冬はポカンとして黙った。

 「では、愛情込めて、魔法使ってくれればOKです」

 たとえ魔法を使って利便性を上げても、愛情を込めるのは義務らしい。

 

 そして、いつもどおりの食卓につくべく、ローテーブルに箸を並べ、茶碗に白米を盛り、そして美冬がメインを運ぶ。

 「サザエさんの弟です。食え」

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