第61話 お姉さん大好きっ子だから

「みふ、おすわり」

 すると、プラチナキツネは物欲しそうな顔をしながらおすわりした。

「おて」

「噛みますよ」

 だが、キツネである。そして喋る。

 その主の手には、ちゅーる

 開封し、それを口元まで運んでやると、キツネはペロペロ舐め始める。  

「あ、あぁ、結構薄味……あ、でも……なんか……あ、いけますね……」

 ペロペロしながらモゴモゴ言う。

「マグロっぽい味します」

 マグロ味だから当然である。

「普通にマグロ食べたほうが早くない?」

「これはこれで良いんですよ、これで」

 あっという間に、吸い尽くした。


 †


 翌日

 進は学校にて、文化祭の店番の時間だった。


「って言うことがあった」

 そして、前日のちゅーるについて、彼は報告していた。

 誰にか。それは当然、姉の日戸ひのと朝乃あさのと従姉の日戸ひのと初花ういかにである。

 彼女ら二人は、進の学校で文化祭があるどこからか聞きつけ、冷やかしに来た次第である。

「みふちゃんって、結構野性味溢れてるよね」

 そして朝乃が冷静に考えて言った。

「なんか、前に生肉食べてなかった?」

「今でもたまに食べてるよ。スーパーで買ってきて、つまみ食いとか言って。食べたあとすぐ不味いって言ってるけど。すっごく謎」

 進はキョトンとして答え、朝乃は「あーそうなんだ〜」と普通に受け止め、だが初花は絶句していた。

 かつて自分が従えていた妖が、まさかそんなことをしているとは、露にも思わなかったのである。

「もしかしたら、みなもちゅーる食べるんじゃない? 現物あるよ。持ってく?」

「美夏は流石に食べないでしょ!?」

 そしてやっと初花が反応を示した。

 美夏みなつとは、初花の弟、亮平りょうへいの使い魔であり、美冬の妹である。

 そして彼女は、ごく普通の人間的な価値観を持っているので、美冬ほどぶっ飛んだことはしない。


「す・う・さ・ま!」

 噂をすればやって来た。

 彼女は気配を消すのが非常に得意で、こうして現れるときは、突如として背中からと決まっている。

 突如背中から抱きつかれた。

「みな、来たんだ。じゃありょーへーもか」

「うん、あと、高千穂も来てる」

「勢揃いだ……」

 遅れて、部屋に残念男の日戸亮平と金髪美男子のケント高千穂が入ってきた。

 その後ろには、青白い髪が特徴的な、雪女の葵と、赤髪の子猫の獣人、霞が付いてきていた。彼女らは高千穂の使い魔だ。 

 

 正しく勢揃い、部屋の人口密度は急激に上昇する。

「っていうか、なんで知ってるの、みんな」

 ふとした疑問である。

 進は、誰にも学園祭をやるとは言ってなかった。

「「高千穂から」」

 そして高千穂本人以外の全員の口が揃う。

 いや、例外はあった。

 教授と高千穂には「この日は学園祭があって手伝えない」と言っていたのだが、それがこうした形になって来るとは、進の想定外であった。


「進君、進君は、今日は店員さんのお仕事ですか?」

 まだ幼く純粋な霞は子供らしい純粋な質問をしてくる。

 進も霞は好きな部類だ。小動物や子供とか、ちっこくて純粋な存在は見ていて生きるエネルギーが貰える。

「そうだよ。お金は貰えないけど」

 そして学生社会の闇を、純粋な子供に吐露する。

  

「あ、そうだ。霞とみなは丁度良かった」

 進は、隅っこに隠してある自分のカバンのもとへ行き、そしてとあるものを取りに行った。

「これ、あげる」

 二人に渡したのは、ちゅーるだった。

 獣係妖怪なら、食べて美味しいのかもしれない、と渡したのだ。


 渡された美夏と霞は黙ってそれを見つめたが、二人共「あとで食べる」と言って、それぞれバッグとポケットにしまった。


「でもぉ、すぅ様からこういうの貰うってことはつまり、あのゴミ姉ぇからとうとうあたしに乗り換える気になったってこと?」

 美夏が、謎の曲解を始める。

「いやそんなことないけど」

 目線で助けを呼ぼうと、亮平の方を見たが、彼は潜水艦に興味津々になっていた。

 他の者達は、特に、朝乃と高千穂の攻防戦が繰り広げられており、周りはそっちに忙しそうである。

「もぉ〜すぅ様ったらツンデレ〜 素直になったら良いのにぃ〜」

 そして美夏はしつこいくらいに抱きついて来る。 

 

「……? 進君、美冬さんっていう使い魔さんが居るんですよね。浮気?」

 それを見ていた霞は、子供らしい鋭い思考で言い当てた。

「いやそんなこと無いって。みなが勝手に言ってるだけで──」


「まって! 進はシスコンなの。お姉さん大好きっ子だから」

 今の今まで、高千穂に「こっち来んな変態!」と威嚇していた実姉が、美夏とは別方向から胸を押し付ける形で抱き着く。

 

「えー? すぅ君の初恋の相手は、私でしょ?」

 はたまた別方向から、今度は引き抜かれる形で、実の従姉に抱擁される。

 

「あ、でも、彼に熱力魔法を教えたのはわたくしですから」

 と、今度は雪女までも参戦する事態へ。


 大人な女達の、やわい男を取り合う……、もといいびり倒すだけの凄まじいお遊びが展開される。

 進のあらゆる黒歴史が、大人なオンナ達の口から吐き出される始末。


「あ、じゃあオレは命を救われたっていう恩があるんで」

 突然、視界の外から活発な金髪美女が飛びかかってくる。

「な! なんで菊花が?」

「ね!? ご主人様?」

「え、何が!? 何!?」 

 本職メイドの強烈な「ご主人様」が炸裂する。


「ご主人様……これは何なんですか」

 そして、この空間が黒い霧に包まれ始めた。

 美冬だ。

 今日、来るはずのなかった美冬が今ここにいるのだ。 

「あなた達も何なんですか。今すぐご主人様から離れてください」 

 そして、暗黒に落ちた眼差しが、その黒き眼光が、主にまとわりつくありとあらゆるメスに突き刺さっていく。

「呪い殺しますよ、メスブタ共」

  

「ほらぁ、あんな暴言吐く子はだめよ! お姉さん認めない!」

 だがそんな黒など、実姉パワーの前では無力である。

「いいえ、従姉で初恋の相手が一番でしょ? あの時はお遊びだったなんて言わないでしょうね!」

 そして初花は「初恋の相手は従姉」という黒歴史を一々掘り起こし、進にも美冬にも同時にダメージを与えていく。

「だから、あんななんの役にも立たない貧乳ゴミ姉ぇより、朝から晩までずっと使えるあたしの方が良いよ?」

 そして、最近姉より発育が良くなってきた美夏が、ここぞとばかりにアピールを開始する。

「あなたを育てたのはわたくしです。獲るものだけ獲って後は用済み、だなんて言わせませんからね?」

 そして進に魔法を教えた実績のある葵は、その実績をここで発揮した。

「キッカもぉ〜ご主人様は命の恩人だからぁ〜ご主人様無しじゃ生きられないのぉ〜」

 アキバ系メイド、気持ちの悪いほどにキャラを作って、この修羅場を彩る。


 進と美冬をイビるため、イジるため、そして爆発させるため。 

 普段の鬱憤を、オンナ達は発散する。

 

 美冬は怒りで黒かったオーラを、絶望と悲しみの黒に塗り替えた。

 最早、立つ力さえ無く、よろよろとその場にヘタレ込んだ。

「ご主人様は……美冬の……美冬だけのご主人様……なのに……美冬の……ご主人様……ご主人様……何で……ご……ごしゅ……ごしゅじんさま……ごしゅじん……さま……ごしゅ……」

 ポタポタと顔から何かがこぼれ落ち、ひっくひっくと喘ぎながら、腕で顔をこすり始める。


 当事者達ほぼ全員が思った。 やばい、やりすぎた、と。

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