第58話  毎日、直接ディープキスしてますもんね

 校庭にテーブルと椅子が並べてある、休憩兼飲食スペース

 そこからはステージが見えて、よくわからない学生バンドが色々と演奏している。

 それをバックミュージックにしながら、早めのランチタイムとした。

 予定では食べ歩きをしようとしていたのだが、状況を見て、とりあえず屋台を全部回って全部買って、飲食スペースで全部食べるという作戦に変更した。

 じゃがバター、焼き鳥、焼きそば、たこ焼き、フランクフルト、チョコバナナ、チュロス、その他諸々……とバラエティ豊かなものがテーブルに積み上げられている。

 

「はぁ……屋台飯って美味しい……」

 美冬は基本的に何でも美味しいと言って食べる。

「はい、ご主人様、あーんしてください」

「何いきなり」 

 美冬は割り箸でたこ焼きをつかみ、進に突き出した。

「いいじゃないですかーたまにはー」

「たまにはも何も一回もされたこと無いし」

「じゃあ、初めて」

「なんで今なんだよ」

「いいからいいから! あーん!」

 こういうとき、美冬はとにかく頑固だ。

 進は観念して、大人しく口を開けて待った。

 そのたこ焼きは、口をめがけて来るか……と思われたが、世の中そんなうまく行くほど良くできているわけが無い。

 そのたこ焼きは、口の数センチ左側にズレて、着弾した。

「あ、間違えました」

 美冬の笑顔が弾ける。

 された方は、恥ずかしい思いをした挙げ句にソースで汚れるという、二重の損害が出たわけだが。

 美冬の作戦勝ちである。

「どうです? アサノさん直伝、たこ焼き爆弾」

「はいはい強い強い」

 

 美冬は笑った。

 進の投げやりな反応も面白い。

 そのたこ焼きは、とりあえず進の口元まで運んでやって、進がそれを食べる。

「間接キスですね」 

「何を今更」

「ちょっと意識しません?」

「今更なんも」

「毎日、直接ディープキスしてますもんね?」

「毎日じゃ無いだろ……」

 なるほど、と美冬は改めて確信する。

 気付いていない、と。

「え、なに、怖いんだけど……」

 教えてやらないことにする。

 それはそれで寂しい気もしなくもないが、自分からバラすのも勿体無い。

「キスの話ししてたら、急にちゅーしたくなって来ました」

「後でね。今この場はやばい」

「後でならしてくれるんですか?」

「そこに関しては諦めたよ。犬に舐められてると思えば、全然よゆー」

「ん……? 美冬が獣のとき、妙に寛容なのってそういうことですか」

「寛容……? どういうこと?」

「舐めても噛んでも動じないじゃないですか」

「……ああ、確かに。無意識だった。今度から避けるよ」

「だめです」 

 無意識とは、それはそれで心外だ。

 姿は変わっても、心は変わらないのに。

 とうとう、獣じゃない美冬には価値は無い説が濃厚になってきた。

「……ご主人様?」

「ん?」

「楽しいですか?」 

「これが学園祭じゃなければ100%楽しかった」

「……。んん? つまりデート自体は楽しいってことです?」

「はいはいそういうことにしとく」

「そうじゃなかったら本気で泣きますよ」

「照れ隠しだよ気付けよっ!」

 デートなんて、獣の姿だとドッグランくらいしか行き先が無い。

 つまり、デートとは人型専用の遊び方だ。

 とりあえず、人型に価値と供給が生まれた。

 

「なんていうか、最近、みふと遊んでなかったし」 

 最近は、研究室やら鍛錬の手伝いやらで、休日なんて無いようなものだった。

「久々に遊べて、良かったとは思ってる」

 珍しく素直だ。

 美冬は目を丸くした。

 とにかく、それを聞いたら、焼き鳥を一口食べる。

 咀嚼し、飲み込む。

 進の目を見る。

「……はい」

 何もまともな返答が出来なかった。

 もう一口、焼き鳥を食べる。

 最後の一本だったが、今ので無くなった。

「では、今日はもっと満喫しないとですね」

 飯を食っている暇はない。

 時間は有限だ。

 遊べるうちに遊ぼう。


 美冬は、食べるペースを上げた。

 

 †


 野球部のバッティングセンター

 バスケ部のフリースロー

 2年C組の射的

 図書委員の古本市

 漫画部の画展

 その他多数

 とにかく回ったが、それでも2時くらいには回りきってしまった。

 まさしく「これからどうする?」という状態。

 帰るという選択肢は寂しすぎる。

 美冬は悩んだ。

 貴重な時間だ。無下にはしたくない。

 真っ先に思い浮かんだのは、学校から出て別の場所に行くというものだ。 

 行く宛は思い付かない。

 府中か立川まで戻って、ウィンドウショッピングという手段も考えられる。 

 だが、この2時という時間が中途半端ではある。

「もう一周します?」

「いや飽きるし……。実は、1時間かけてニコタマなんてところに遠征する計画案と、立川駅周辺でブラブラすると言う計画案、2つあるんだけど」

「え……」

 耳を疑った。

 あの進が、普段なら「じゃあ帰ろう」とか言い出しそうな人間の口から、まさか「ニコタマ」と言うリア充の巣窟の言葉を口にするとは、考えもしなかった。

「二子玉川……ですか……」

 美冬は悩む。

 魅力的ではあるのだが、ここからは遠い。加えてリア充の巣窟だ。

 リア充の巣窟である。

 リア充の巣窟……

「立川ブラブラしましょう」

「そっちの方が無難だよな」

 

 なんだかんだで、都民がスカイツリーにあまり行かない様に、立川駅周辺というなかなかに栄えたスポットが地元でも、そこで遊ぶことは殆ない。

 良い機会かもしれない。

 二人は、未だ賑やかな学校を後にした。

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