第57話 主従……? 幼馴染? ……家族

 9時に2人で家を出た。

 進は制服を着る。

 一方で、美冬は気合を入れて、洒落を決め込んでいた。

 足元はブラウンのロングスカートと黒のスニーカー、上半身は白のカットソーとデニムのジャケット 頭には黒のニット帽。

 耳は帽子の中、尻尾はスカートの隙間から先端だけ見える。

 

 進はいつもどおりの道を歩き、美冬はそれの隣を歩く。

 いつもどおり、駅につき、電車に乗り、途中で乗り換えて、そして学校最寄りの駅に着く。

 そしていつもどおりの道を歩いて学校に向かう。


 「······ご主人様は、いつもこの行き方で?」

 学校に着く直前、美冬が訊いた。

 進は「そう」と端的に答えた。

 美冬が、進の学校に行くのは初めてだった。

 当然、この道も、以前に妖怪の騒動で召喚されたときを除いては、初めて歩く。


 ふと、虚しい思考がよぎった。

 非常にワガママな思考だ。

 言ったらどうにかなるだろうか。

 「······。美冬も、高校行ってたら、こうやって毎日一緒に通ってたんでしょうか」

 そもそも、進が高校に入った時点では、美冬は仙台にいた。

 更には、妖怪の世界では人間の学歴なんて全くもって価値が無い。

 だから、美冬は高校に通わなかった。

 だがふと思うと、一緒に学校に行くという憧れも、無かったわけではない。

 「来年から入る?」

 だが、美冬は首を横に振る。

 求めているのは、そういう解決策じみた言葉ではない。

 

 不毛だ。この話はやめよう。


 気付いたら、学校に到着していた。

 早速「紅葉祭」と大きく書かれたカラフルな門が、校門のところに設置されている。

 これが、ここの学園祭の名前らしい。

 紅葉祭と言っても、赤く色付く葉は見当たらない。

 学園祭なんて学園祭でしかないのだから、オリジナリティを目指してオリジナリティの無い名前をつける意味がわからない。

 

 「とりあえず、俺は出席をとってきたいんだけど、どうする? その間に金券とか買ってくれると助かるんだけど」

 学園祭当日にも、生徒は出席を取られる。それ専用の部屋に行って、学生証を見せると出席した事になる。

 また、学園祭では出店でみせで現金は使えず、金券というのを買ってそれを使う。

 とりあえず、それで一旦別れて、また数分後に落ち合う。


 美冬は、その金券を買うために、パンフレットの地図を頼りに金券売り場に向かった。

 途中の客引きがとにかくしつこい。

 金券売り場が妙に遠いおかげで、色々と酷いのだ。

 「お姉さん一人ですか!? 占いやっていきません??」

 と、思いっきり進行方向前方に通せんぼされた。

 雑な人間だ。

 「すみません。主人を待たせているので」

 と、おしとやかに断り、さっさと回避する。

 馬鹿な人間は、美冬が狐であることに気付かない。

 「え、ぇぇ、あ、そっすか。 じゃあ後で旦那さんとぜひ来てください」

 それよりも、彼女の「主人」と言う言葉が人間の思考を混乱させる。

 世間一般では、主人イコール夫である。

 美冬の幼いビジュアルで、そんなことを言われたら、普通の人間では混乱するのは当たり前だ。

 

 これは良い手だ、と美冬は確信した。

 次から、進と居るときはこの言葉を使おう。嘘は言っていない、と。


 †


 数分もしないうちに合流した。

 さてどうしようか、何をしようかと悩みながらパンフレットを見る。

 学園祭なんて、どうせ激安予算でチープなことしかやらないであろう学生共のお遊び会······などとバカにして思っていたが、いざ来てみると普通にお祭りっぽいし、少ない予算のなかで本気を出して色々と頑張っているところがかなり垣間見えて、全然面白そうに見えた。

 つまり、どこから行こうか悩んでいる。

 とうの日戸進(職業:学生)は「早く帰りたい」みたいな顔をしているが、そうはさせるものか。

 目の前に屋台飯があるのだ。

 それを食わずして帰ることなど出来るはずがあるまい。

 ましてや、久方ぶりのデートである。満喫する他無い。


 「では、さっそくご主人様のクラスのところに行きましょう」

 とりあえずは無難に攻める。

 そのご主人様は、とにかく嫌な顔をしているが、そんなものは美冬の知った事ではない。


 †


 そしてやってきたのは、スーパーボール掬い······では無く、潜水艦掬い

 看板には、スーパーボールの絵と潜水艦の絵が描かれていて、「スーパーボール掬い」の文字の上に赤いバッテン、その下に「潜水艦掬い」と書かれている。

 一体誰のこだわりなのか。

 

 いざ入ると、ビニールプールが3つ

 水流に山手線のごとくぐるぐると回る沢山の潜水艦と大量のスーパーボール······

 

 「あぁーええっとー日戸······?」

 と、店番らしい男子が、進を見て恐る恐る話しかけている。

 進も「どうも」と素っ気なく返しているが。

 一応、名前だけは覚えられている······のだろうか。怪しいところだ。

 「そっちの人は? えっと······」

 「親戚」


 さて、美冬はビニールプールの前にしゃがみ、ポイを片手に持って、流れ行くスーパーボールと潜水艦を見つめていた。

 遠い先祖の時代から培ってきた本能がうずく。 

 地元の縁日でも、地味にこういうのはやった事があるのだ。

 潜水艦ごとき、余裕である。

 神経をとがらせ、ポイを水に入れ、そして潜水艦をサルベージ。

 紙は破れたが、フレームに引っかかって無事掬い上げる。

 確かな重みがそこにはある。

 黒と赤で塗装された100均クオリティの、安価な重み。

 

 「すみません。もっかい」

 言って、破れたポイを渡し、新しいものを受け取った。

 

 †


 いくつかのスーパーボールと、2隻の潜水艦をビニール袋に入れて貰って、その場を後にした。

 実はあの後、10隻以上はサルベージしたのだが、それ全てをもらうわけにもいかないし、ましてやポイを使いすぎるのも迷惑だと踏んで、一応は辞めにしたのだ。

 というか、進に「やりすぎ」と言われたので止めたのだが。

 「なんですかあの中毒性······」

 未だにあの感覚が忘れられない。

 あの、指先にかかる、ポイに引っかかった潜水艦の重みが。 

 「単純に達成感だと思うよ」

 進も、その中毒者であった。

 

 「っていうか、あの」

 ふとあることを思い出して、美冬の視界が真っ暗に染まりはじめた。

 「親戚ってなんですか」

 虚しさ、悲しさ、辛さ、全ての負のエネルギーが心臓を押しつぶしにかかってくる。

 「いやだって誤魔化しやすいと思って」

 「なにをどう誤魔化すんですか」

 「何をって······俺らの関係······」

 「······」

 「主従······? 幼馴染? ······家族」

 「······」

 それはわかっている。

 「確かに美冬はご主人様の従者で、それを一般人に説明しづらいのはわかります」

 そこの譲歩は出来る。

 「親戚ってなんですか」

 「だから誤魔化しやすいかなあ······って」

 「今この場で泣いていいですか」

 普段、黄色の狐目はすでに真っ黒な闇に染まっていた。

 「······彼女とか言ったほうが良かったって?」

 進は、照れて視線を逸しながら恐る恐る言った。

 美冬は頷かないが、否定はしない。

 「それは······、ハードル高すぎる」

 とうとう、掠れるような声で言った。

 狐の聴覚が無いと、聞き取れないような。

 「いまなんて言ってました? ごめんなさい、帽子かぶっててよく聞こえませんでした」

 「じゃあ聞かなくていい」

 少し怒った。

 照れる時が面白くて、いたずらをする甲斐がある。

 今ので色々と許せたので、これはこれでアリにした。

 

 人が往来する校舎の廊下

 美冬は容赦なくあるじの手を取る。

 「なら、こうしていれは説明不要です」

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