第56話 尻尾と耳、どうしたの?

 月岡家などの狐妖怪は元来、人に完全に紛れられるよう、いくつかの形態を持つ

 代表的なものとして

 完全にケモノ形態

 ケモ耳ケモ尻尾のコスプレ、もとい獣人形態

 尻尾も耳もなく完全にヒト形態

 と言うものだ。

 ジーンズなどを履こうとしたら、尻尾が邪魔臭すぎるので、格納する。

 何処にか、は、強いて言うなら、「異空間」だろう。学術的な研究対象で未だに謎である。


「尻尾と耳、どうしたの?」

 そして、帰宅した進は気付く。

 美冬にケモ耳ケモ尻尾が無い事に。

「いえ……だっていつも言うじゃないですか。しまえって」 

「それはほら、風呂に入る時とかに」

「じゃあ今しまったって別にいいじゃないですか」

 妙に頑なだ。

 

 そして、もう一つ進は気付いた。

「スカート……短くない?」

「あ、気付きました?」

 異様すぎて気付く。

 グレーのチェック柄、ミニスカート。

 美冬は裾をつまんだ。

「さっき、菊花と急いで買いに行ったんですよ〜」

 ほれほれ、と普段見せない生足をこれでもかと見せつける。

「あ、菊花のアレか……」

 メッセージの内容を思い出す。

 なんかあるのだろうと当たり障りない返信をしたら、一応正解だったという事だ。

「ええ。そもそもなんで連絡先交換してるんですか。危うく菊花のスマホ壊すところでしたよ。次に許可なく女と連絡先交換したら泣きますから」

 引きつった目が、全てを無に帰す塗羽色へ染まる。


「とりあえず靴、脱がせて……」

 なお、コトは玄関で繰り広げられていた。

 はいはい、と美冬は少し退いた。

 その隙に進は靴を脱ぎ、やっと部屋に上がる。

 短い廊下を歩く途中、先を歩く美冬のふりふりと揺れるスカートを見つつ、謎の懐かしさを感じた。

 中学に入る手前くらいまでは、美冬もここまで短いスカートを履いていたが、それ以降はずっと長い丈のものしか履かなくなっていた。

 なんだか危なっかしい。

「みふ、外出るときはそれ履かないでよ」

「え、ダサいですか?」

「そうじゃなくて、なんかの拍子で見えそう」

 そもそも、本人は以前に「こんなものは美夏しか履かない」と言っていたが。

「あぁぁ、そういう事ですか。でも、もともとご主人様に見せる為だけに買ったので、外で履くつもり無かったですし」

「それはそれで勿体無い気がするけど」

「安かったので」

 世間ではそれを浪費と言うのだが、進は黙ることにした。

 

 居間まできて、美冬は座布団に座る。

 そして「あ、お腹空きました」とすぐ立ち上がり、居間を出て台所に向かった。

 コンロの火を点けて、鍋を温め始める。

「すぐ温まるので、待っててくださいね」

 進は、学ランを脱ぎながら「はーい」と答える。

 そして、怒られる前に白米を茶碗に盛り、箸をテーブルに並べる。

 

 そして待っていると、美冬が皿を運んできた。

「江戸前モノです、食え」

 東京湾産の鯖味噌だった。


 †


「いいですかご主人様。日本で一番おいしいのは、東京湾産の魚なんですよ」

 食べながら、美冬はおおよそ仙台出身とは思えない発言をする。

「江戸時代からの定石です。東京湾は、黒潮から魚とプランクトンが流れ着く影響と、東京神奈川千葉の肥沃な河川から栄養が流れ出ていることで、魚が美味しく育つんです」

 さて、なぜこのようなうんちくを垂れているのかというと、これは進の発言が原因である。

「東京湾の魚って美味いの?」

 というものだ。

 で、美冬はキレた。

 彼女は食べ物に関することは、非常に口うるさい。

「いいですか。東京湾が汚いのは過去の話です。つぎ同じこと言ったら、すぐに金沢八景で太刀魚釣りですから。覚悟してください」

「それ、みふが太刀魚食べたいだけじゃ」

「つまり一石二鳥というやつです」

 否定しないあたり、彼女は素直だ。

 進は、一応記憶にとどめておくことにした。機会があれば連れて行ってやろう、と。

 

 

「あ、そうそう。ご主人様、明日って家は何時くらいに出ますか?」 

 明日は学園祭当日で、美冬と行く約束をしていた。

「何時でもいいけど……、どのみち、始まるのは9時からだからそれ以降になるよな」

「なら10時くらいには到着するようにしますか?」

「それで良いかもな」

 ということで、この時間に決定した。

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