6章 迫りくる人間らしいイベント、文化祭
第51話 人間界に居場所は無い
寒さが強まってきて、学校の制服だけでは防寒として心許なくなってきた。
今日も今日とで学校で、慣れた生活とは言っても、毎日は疲れる。1週間の折り返し、水曜日。あと2日頑張れば土日だ。
土曜はどうせ午前授業だろうが。
「日戸、最近疲れてない?」
と言うのは、隣の席の、菅谷飛鳥だ。
「まあ、バイトとか忙しくて」
研究室の手伝いや、高千穂の使い魔、霞の鍛錬の手伝いなど、忙しい日々がしばらく続いている。
美冬にも「働きすぎですよ」と心配される程。
「ふぅん。でもあれだかんね? 今日から学園祭の準備始まるし、しっかりしてよね?」
「あぁ……辛いしんどい」
そうだ。秋の風物詩、学園祭が始まるのだ。すっかり意識の外側にあって、さらなる絶望が襲ってくる。
「土日休めないのが1番辛いんだよな……」
「うん。でも、来週の火曜日は振替休日だし、平日に休めるとか最高じゃない?」
「安定した休みが欲しい……。しかも、今日の午後から準備期間だろ? 帰りは……」
「当然、遅くなるでしょ」
「早く帰って寝たい……」
水曜日は、授業が5時限で終わるので早く帰れる日なのだ。それが潰れるのが、一番の災難である。
「あ、そういえば、今日仕事が……」
「そーやってサボるの禁止だから」
「くっっっそおぉおお……」
こういう時に限って、研究室の手伝いも高千穂の手伝いも無いのだ。
何故か。
この期間は無理だ、と手伝いが出来ないと教授と高千穂に伝えてあったのだ。過去の自分を酷く恨んだ。
†
そもそもの話、自分のクラスが何をするのか進は一切覚えていなかった。
文化祭の出し物は一学期のうちに決めてしまうのだ。だから極限までに興味が無い進にとって、どうでも良い事この上無いのだ。
菅谷には「スーパーボール掬い」だときいた。
準備は楽そうだし面白そうだ、と言うことで円満に決まったらしい。
メイド喫茶みたいな飲食は準備が難しく、お化け屋敷は在り来りな上そもそも学校から禁止されて、ポピュラーなところで演劇はやりたがるものが居らず、巨大ジェンガとスーパーボール掬いの決戦投票でこれに決まったと言う。
準備は簡単ではない。
水木金と3日間の長い準備期間だが、それで足りるのか、と言う程の規模だ。
まず、教室は自分たちの教室を使う訳では無いから、その移動も必要。
教室にある机や椅子は、校庭の飲食スペースなどにも使われるため、その搬出をしなくてはならない。
買い出しもしなくてはならない。
部屋の飾り付けもある。
看板も書かなくてはならない。
学校中にチラシを貼って回らなくてはならない。
それらは、クラス全員でとはいかず、かなりの少人数での作業を強いられた。
クラスのリーダーたる学級委員は、学級委員の委員会の仕事をしなくてはならず、教室の指揮には回れない。加えてほかの委員会所属メンバーも全員各々の仕事があるため出払った。部活をやっているものは部活の方へ行かなくてはならない。
そして、担任教師も教員としてかなり忙しい。
余った帰宅部連中で、クラスの事をやらなくてはならず、その数は決して多くはない。
当然、帰宅部の進と菅谷飛鳥も、こっちサイドだ。
加えて、妙な効率の悪さがある。
『貼り紙をしていいのは金曜日から』
『看板用のベニヤ板の配布と工具の貸出は木曜日から』
『時間は19時まで』
と、早いうちにやってしまいたい仕事や、時間がかかりそうな事に限って、後回しにせざるをえないような制限がかけられている。
スーパーボール掬い、とだけあって、ビニールプールはクラスメイトの何人かが明日持ってくるらしい。
水流ポンプは通販で、景品のスーパーボール等は明日に予算とカンパで買い出しに行く。
広い教室を最大限に使うため、プールは3つほど用意するのだとか。
今日できる事は、教室の準備と飾り付けくらいだ。
それはそれでかなり時間がかかった。
風船を大量に膨らませたり、すずらんテープを張り巡らせたり、ペーパーフラワーを作ったり、その他もろもろ これでもかと言う程にカラフルに教室を彩る。
菅谷を筆頭に美に口うるさい女子陣の指令がパシリたる男共に襲いかかっていた。
†
やっと19時になって帰れる頃には、外は真っ暗で寒い。
美冬に、いつも通り帰りの買い出しに必要なモノがあるか、とメッセージで訊くと「今から買い物行くから大丈夫です」と返事が来た。「なら帰りに買ってくよ」と提案。何回かの問答のうち、帰るついでにスーパーに寄って惣菜を買ってくる、という結論に至った。
そして、学校から最寄り駅までの道のりのその隣を、菅谷が歩いている。
「いやー疲れるな〜」
と、言う割には充実してそうな顔をしている。
「菅谷は、結構乗り気なんだな」
「当たり前じゃん。今回含めて、多分2回しかできないことだよ?」
「2回?」
「3年生になったら、受験とかがあるから出し物はやらないんだって」
「あ、そうなんだ……」
10ヶ月ほど前に受験したと思ったら、あと2年でまた受験だ。
今から嫌になってくる。
「日戸は理系だっけ?」
「うん。菅谷は?」
「文系」
2年になるとき、文理で別れる。
「じゃ、クラスは別か」
「なんか、高校入ってからあっという間だった気がする」
菅谷は空を仰いだ。
星の1つすらない、真っ黒な夜空。
「どうしよう、なんか全然遊んでない気がする。夏休みとか、あまり出かけてないし」
「友だちいるのに?」
「だって、みんな部活で忙しそうでさ。 海行っただけなんだけど」
「海行けば充分じゃ?」
「お祭りとか行かなかったし、花火も遠目にしか見てないし、キャンプとか旅行とかもしたかったし」
「来年すれば良いでしょ」
「いい?? 今年というものは二度と来ないんだよ?」
「一期一会に焦ってもな……」
「なんでそんなに達観してるの?」
「達観? まさか」
「青春を謳歌したい〜とか思ったりしない?」
「割と今青春を謳歌してるんで」
「まじで?」
「色々おもしろいことが出来てるから、それで満足。大人になると、そういう時間も無くなるし」
「ほんと、達観してるよ、それ。おもしろいことって何??」
「……研究の手伝いしたり、妖怪を育てる手伝いをしたり」
満足できる点を見出してしまえば、それで気持ちは満たされる。もっともっとと求めれば、辛くなるだけだ。
「魔法と妖怪ばっかり。もっと人間界で生きてよ」
「人間界に居場所は無い」
魔法を使えない人間の知り合いはほぼ居ない。
人間界を、魔法が存在しない世間一般のことを指すなら、彼はそこでは生きていけないだろう。
「人間界に居場所が無いって、じゃあ妖怪の世界にはあるの?」
菅谷は軽く笑って訊いてきた。
進は自嘲した。
「いや、無い」
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