第48話 町田は神奈川だから
「シソ科の植物です。食え」
と、お決まりの台詞とともに、料理をテーブルに載せた。
鶏肉、バジル、ピーマン、これらをオリーブオイルや醤油などで炒めたもの。なお、バジルはシソ科の植物である。
進にとっては馴染みの味だ。これも料理本に載っているもの。手間はあまりかからないが、見てくれが凝ってそうに見えるからと、美冬が機嫌がいい時や、張り切っている時などはこれを作る。この家での、レギュラー料理で、進も美冬も随分と気に入っている味だ。
菊花も気に入ったらしい。
「お前はいいなぁ……毎日うまい飯が食えてよォ……」
感慨深そうに進を見て言うのだ。
「うちの母ちゃんはメシマズだし、自分て作ったメシってのも、味気ねえし」
「それはお気の毒に……」
「他人が作った料理が最高よ、やっぱり」
母ちゃんはメシマズ。
進はふと、もう半年以上は母親の手料理を食べてないことを思い出した。そして、今更食べたいと、思わない。
「母ちゃんで思い出した……、そういえば、みふと同棲する前は? 1人暮らしだったのか?」
「……まあ、そういうことになるのか」
「実家はどこにあるんだ?」
「北区だけど」
「都内じゃねえか。なんで1人暮らしなんて? 田舎から出ようってわけでもねえんだし」
「……なんでって言うか。ただの反抗期だよ。親と同じ空間に居たくないから1人暮らしさせてくれ〜って、爺さんに泣きついたら、家賃払ってくれてる」
「金持ちかよ」
「爺さんだけね。我が家はびんぼー」
祖父は、今では海沿いに古いボロ屋を借りて隠居しているが、8年ほど前までは“組織”の重役だった。魔法の指南は厳しかったが、基本的に孫に甘い、優しいじいちゃんだ。
孫達だけでなく、月岡家の狐や、それ以外の妖にも、優しい爺さんだ。
「そういえば……最近、おじい様と会ってないですね」
話題が若干脱線したところを見計らって、美冬が一気に変えてきた。
美冬は、進にとって家族の話がどれだけ嫌なのかは知っている。今は普通に話しているが、内心は穏やかでないことはすぐにわかった。
「会うも何も、大原だし行くにも遠すぎるって」
「おーはら? どこだそこ」
菊花はその場所を知らない。
「勝浦のすこし北側にある場所で、海がめちゃくちゃ綺麗」
勝浦の知名度の高さは異常だ。
「へー、勝浦なんて、東京から電車で一本じゃねえか。行けんだろ? 孫の顔くらい見せてやれよ」
「なかなか足が伸びないもんで……」
「ご主人様の行動範囲は新宿と町田までですからね」
「狭っ 東京からでてねえし」
「町田は神奈川だからセーフ」
「いや、東京だよ。頑張れよ。実家帰る時どうしてんだよ」
「そもそも帰らない」
「ひでえ。親不孝だ、ひでえこいつ。あんなぁ? お前はまだ15だっけ? だからわからんと思うけどなあ、オレみたいに18年も生きてると親のありがたみってのが──」
「菊花……?」
菊花の言葉を遮って、美冬が宇宙空間の最果てのその向こう、一切の物質もエネルギーも内包せず、エントロピーが無限大にまで膨れ上がった様な、そんな“黒”を宿した目を見開き、訴えた。
菊花は話しすぎた。
主と、喋りすぎたのだ。
美冬もなんとか会話の輪に入ろうとしたのだが、菊花の進に対するマシンガンのようなトークには入り込めず、そして、進もそれに応対し、美冬は単なる話題提供機と化しているみ。
そして、進が菊花に占領されている状況。
主が、他人よって、独り占めにされている状況。
耐えきれなかった。
菊花は、その暗黒の眼で凝視されると、気付いた。
「あ、ああ〜、いやーにしてもみふの飯ってほんと美味いな〜、教わりたいくらいだぜ〜!」
にゃはははと、笑って誤魔化したが
おい、お前の使い魔、めちゃくちゃ怖ぇぞ!! と小声で進に寄った。
進も苦笑いするしか無かった。
同時に、心の中では感謝さえしていた。菊花の話は、進にとって耳が痛い内容だったから。
†
その後も3人でだべりつづけ、時刻も10時を過ぎた辺りに菊花は帰った。
進と美冬は、駅まで菊花を送り届けた。
「またくるわー 今度、オレの店に遊びに来いよ〜」と「いつでも来てくださいね」「秋葉原は遠いな……」というグダグダな会話をして、電車に間に合うよう別れた。
菊花が駅に消えていったあと、美冬に「……ん? いや、秋葉原は遠くないですよ?? 一時間じゃないですか」と早速ツッコミを貰ったが、進も「新宿で限界」と抗議した。
さっさと帰ろう。
送ったのはいいが、駅から家までが遠い。
「いい友達持ったね」
途中、進が話題を振った。
「ええ、はい。まあ」
「珍しいね。みふって、あまり友達作らないイメージあった」
「んー。菊花とは、波長が合うって言いますか。多分、普段から誰かを『ご主人様』って呼んでるのがそうなのかもしれないですけど」
「それ関係ある?」
「さあ……。多分ないですね」
美冬は「あはは……」と空笑いした。
「無いんじゃん。でも、よかったよ。こっち来ても、寂しい思いしなさそうで」
「どういう意味です?」
「東京来たって、組織以外の知り合いっていう知り合いも居なかったでしょ? 俺以外にも遊べる相手が居れば、寂しくないでしょ」
「……。はい、まあ……」
仙台の実家にも、友達という友達も、数人居る程度だったが。だが道場があるから、知り合いと顔見知りは多かった。
「なんだかんだで、みふって究極の寂しがり屋さんだし?」
「……。そうですけど……。ですけど……」
「ん?」
美冬は若干悩んだ。また、大事なこととか、気づいて欲しいことに限って、察しが悪い。業腹だ。
おそらく、いや、確実に、言うまで気付かれない。
寒くなってきた。
もうそう言う季節になる。
「……。寒いですね……。もうちょっと厚着すればよかったです」
「上着かそうか?」
「いえ……大丈夫です。でも手がちょっと冷たい気がします」
美冬が言うと、進は上着のポケットに突っ込んでいた左手を出すと、だらんとした。
気が利くのか利かないのか。
美冬は、右手でそれを掴み、指を絡める。
「コンビニで手袋、買ってく?」
「ぶった斬りますよ。照れ隠しにしても最悪なんですけど」
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