第47話 付き合ってないし、結婚もしてないんだけど
やっと帰宅して、ドアを開けた途端、進は家を間違えたと思った。
出迎えたのは、いつもの銀髪ロングのケモ耳貧乳美少女ではなく、金髪ツインテールケモ耳巨乳美女だった。
「おかえりなさいませ、ご主人様♡」
プロの発音だった。
きゃはっと笑い、キラキラなアキバ系メイドのオーラが吹き出す。
その一瞬で進の脳が停止した。
何だこの状況は、と。
「あの、菊花。その人美冬の主人なんですけど」
「まあいいじゃねえか。これがプロってもんよ」
一応、後ろから美冬の声も聞こえて、目の前の金髪ツインテールケモ耳巨乳は美冬に向かって「なははは」と笑っている。
何が何だか、一切わからなかった。
「えっと、どなた様ですか?」
やっと意識を戻した進がとりあえず訊いた。
「ああ、オレ、雷獣の、菊花。ヨロシク」
「雷獣……ああ、はい、あ、みふがお世話になってます」
例の雷獣騒ぎの張本人で、あの時は怪我した彼女を家に連れ帰って、治療までして助けたのだ。
あの後は美冬と意気投合して仲良くなったらしく、頻繁に遊んでいた。
だが、進があの後に会うのは、これが初めてだ。
雷獣、つまりハクビシンらしくぴょこんとしたケモ耳が生えていて、細長い尻尾がスカートの裾から出ている。
「いやー、なんか、あんたの学校とかバイトとか忙しいらしくて、ちゃんとした礼ができてなくてな〜良かった良かった〜」
言って、にゃははと笑う。
東京の妖怪は、妙に人情に厚く義理堅いのが多いが、彼女もその部類らしい。
進は、助けた甲斐があったとは思わないが、だがそれでも、礼を言われることは悪くないとは思えた。
その後も、居間のローテブルに集って、1人と2匹で会話に花を咲かせた。
「いやな、あの日な、実はバイトだったんだよ〜! あの陰陽師みたいなやつのおかげで見事に行けなかったわけで、店長にくっそ怒られたぜ」
「なんだろう、一応元同僚だから、俺が申し訳ない気持ちになってる」
「まー命あっただけでじゅーぶんじゅーぶん。それに、人間も最近は忙しそうだしな」
「最近?」
「あ、あんたには関係ない話だっけか? そこら辺はみふから聞いてる。えっと、東京に居る妖怪の、2つのヤクザ同士が争ってて、あっちこっちで喧嘩三昧よ! そんで、なんつったっけ? 陰陽師じゃなくて……“魔導庁”ってのが仲裁に忙しいとかなんとか。知らんけど」
つまり、先日の蛇と虎の喧嘩もそのウチか。
魔導庁を抜けた進にとっては、ほとんど関係の無い話だが。
「菊花、メイドさんなんですよ?」
美冬が詰まりそうな話からさっさと流れを変えた。
「え、すごい」
そして同時に、進は玄関でのプロの出迎えに納得がいった。
「外国人観光客とくっさいキモオタデブどもに『ご主人様〜♡』って言うだけの楽な仕事」
「全然楽そうに聞こえない」
普段、店の中では
そして、客の中では、それさえもご褒美だと感じる者も居るのだろう。
進は思った。メイドさんって、大変そうだなぁ、と。
「あとあれじゃね? みふなんか、毎日アンタにご主人様ご主人様言ってんだろ? やれんじゃね?」
「えー……」
美冬の性格的に、毒舌メイドというマニアックなものが生まれる。
「リアルご主人様と、営業ご主人様じゃ、気持ちが違うと思うんです」
「リwアwルwごw主w人w様wwwww」
「それと、ご主人様は美冬のことを溺愛しているので、他の人にご主人様って言うのは許してくれないと思うんですよ〜。ですよね〜ご主人様?」
「こいつ隙あらば惚気けるな、死ねっ!」
「いや別にやりたいならやればいいと思うけど」
「は?」
「俺がその手にかかると思ったなら、甘い。みふ、リアルご主人様をナメるなよ?」
「今日の晩御飯ぬきますけどいいですか?」
「ごめんなさい、みふさん大好きです」
「えーもー仕方ないですね〜」
「おめえらのイチャコラを見せつけられるオレの身にもなれ」
生命線を牛耳られている今、進が美冬に逆らうことは不可能である。
美冬はその威厳を遺憾無く発揮し、進に向かって勝ち誇った。
†
「人と妖……か」
菊花はぼーっとして呟いた。
話している間に時間は進み、日もくれた頃。せっかくだから、と美冬は夕食も一緒に食べようと、3人分の夕飯を台所で作っている。
それを、居間から進と菊花の2人が眺めていた。
「何が?」
「お前らって、一応は主従なんだろ?」
「まあ、一応は」
「アイツがお前を好きなのはすごく伝わってくる。ただ、どういう好きなのか、いまいちわかんねえんだ」
菊花は急に真面目になった。
「異性としてか、主としてか、家族としてか。なんつうか、全部に見えるんだよ」
「じゃあ、そうなんじゃないのかな」
「随分と他人事みたいに言うんだな。オレは、アイツとたかが数週間の付き合いしかねえけどな、結構喋るんだわ。お互いにな。アイツは、よくお前の話をするぜ」
「なんか恥ずかしいな」
「ま、せいぜい大事にしてやれよ。人と妖が結ばれるっていう話は最近はよく聞くしな。よくあることの1つだろ。お前ら人間にとっても妖にとっても、まだ若干タブーだけどな」
「タブーか。俺らはほとんど気にした事無かったけど」
「なら良いんじゃねえ? 今や同性婚すら認められる時代だ。人と妖なんて、些細な違いだって言われるようになるのかもな」
「なんかほんとすごい時代だな」
「馴れ初めは?」
「付き合ってないし、結婚もしてないんだけど」
「同棲してりゃ同じようなもんだろ?」
「お互いに、お互い以外の人と関わりが無かっただけ」
学校で思い出したばかりだった。
「ふーん。嘘っこけアホが。オレはその辺に関してはよーくみふのやつから聞いてんだよ」
「なんのことだか。っていうか、みふ、耳いいから俺らの会話全部聞こえてるぞ」
たとえ料理中で、目の前でフライパンの上で食材がジュージュー言っていようと、余裕で聞き取ってしまう。
「なんだ? 聞かれると恥ずかしいのか??」
「弱みが増えるから嫌なんです〜。ただでさえ録音されて弱み握られてんだから」
「弱みとか、草生えるわ」
「っていうか、俺からも質問」
「あ? なんだよ」
「妖にとって、人間ってどういう存在なんだろうって。今まで人間に対して友好的なのにしか知り合ってないし」
「どういう存在、か。ま、ヒトそれぞれだろうけどな。オレは、人間社会に紛れてっから、別に好きとも嫌いとも、なんとも思わねえ。人間に憧れる妖怪も居るし、敵対視する妖怪もいる。ま、オレみたいな、生まれて20年も経ってない妖怪は、人間に対してはほとんど無関心だぜ。それこそ他種族とか、そういう垣根を気にしてない、てきな意味で? オレも人間の下で働いてるし。人間の友達だって居るし」
スマホ使えるのも、人間のおかげだしな、と。
「バイト先の人は? 妖怪だって知ってる?」
「知らんだろ、っていうか、それ以前に気付けねえだろ」
「それもそうか」
結局は「時代の流れ」の一言で片付けられるほど、人と妖なんて些細な違いということか。
「はいはい、難しい話してないで!! ご飯出来ますから準備手伝ってくださーい」
と、台所から指示が下り、進と菊花はおいそれと立ち上がった。
「ん? オレ客じゃね?」
そして菊花が気付く。何故自分は当然のごとく手伝おうとしているのか。
「タダ飯喰らえるんですから、食器並べるくらい安い安いっ」
美冬は、気を許した相手には基本的に遠慮も容赦もない。
人数分の箸と取り皿をテーブルに乗せ、3人分の茶碗に炊きたてのご飯をよそう。同じくスープも。
進と菊花がまたテーブルについたら、その間に美冬がメインをフライパンから大皿に移し、持ってくる。
「シソ科の植物です。食え」
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