第46話 かわいいは正義
これは、進が美冬の主になった時の話だ。
「不慮の事故」 状況的にそういう事になった、美冬が朝乃を斬った話の直後のこと。
端的に言うならば、初花は美冬との主従契約を絶った。
理由は言わなかった。
朝乃が病院に運ばれたその日に、ばっさりと、「もうあなたとは契約を切る」と一方的に言った。
美冬は
何かに怯えながら、小狐の姿で、進の勉強机の下に隠れていた。
召喚主である初花が術を使わなければ、家にすら帰れない。
それを進が匿った。
殆どの大人や、進と朝乃の父親は「稽古中の事故はよくあることで仕方ない」とさほど大事には思っていなかった。
幸い、朝乃は体を魔法で強化していたため命に関わることは無く、後遺症も全くなく、美冬に対しても「何も問題ない」と全くのお咎めなしだった。
特に、朝乃は初花と美冬の2人の関係を知っていたからこそ、美冬を責めることは出来なかった。
だが、1人だけ違う人間が居た。
朝乃と進の、母親だ。
母親は、元々の生まれは普通の家で、妖なんてものは存在しないと思っていた。
結婚し日戸家の嫁に入って、初めて知ったのだ。
そうしたら、愛娘が魔法や妖と関わるようになり、そして、血を流す大怪我をするハメになった。
正気を失わなかっただけ、母親としても人としても立派だと言えよう。
だがそれでも、母親は母親だ。今すぐそのキツネを家から追い出せ、そう怒鳴り、進の部屋へ詰め入った。
進がそれに立ちはだかり、美冬を守った。
魔法に怪我はつきものだ、美冬は悪くない、と。
その瞬間を見ていた進にとっては、嘘八百もいいところだが。
あの時、美冬は容赦なく初花に斬ってかかった。そして、朝乃がかばいに入った。
事故のようで、事故ではなかったかもしれない。
練習中に術を発動したら怪我しました、といえばそうに違いない。 だが、そこまでのプロセスが、そう言いきれない。
それでも、進は美冬を庇った。
その前までのことをずっと見ていれば、これは美冬だけのせいではないとも言える。
厳しすぎた初花が悪いとも言える。だが、元はと言えば、初花を追い詰めた大人達の言葉が悪いとだって言える。
進が美冬を甘やかしすぎたから、進のせいだとも言える。
言おうと思えば、誰が悪いとも言えてしまう。
だから、当事者同士は他人を責めれず、自分が悪いんだとしか思えなかった。
進が美冬を庇うのは、その翌日に美冬の両親が日戸家に来るまで続いた。
美冬の両親と、朝乃の両親、初花の両親、この当事者たちの両親が当事者を抜きにして話し合ったらしい。
進はその時はずっと部屋で美冬と居たせいで、どんな話をしたか詳しいことは知らないらしい。
だが、進と朝乃の母親が、非常に可哀想な状況だったと言う。
大人達が
一度美冬を連れ帰るために、美冬の両親が進の部屋に来た。
その時に、一応の意思表示はしていた。
進は、美冬と主従の契約を結びたいと、言った。
主従契約は難しい話ではない。特に、日戸家と月岡家という間柄では。しかし、こんなことが起きた直後では難しい。
進もそのことはわかっていた。
だから、とりあえずの意思表示だけして、詳しい話は後々落ち着いたらしよう、ということにした。
子供なりに、大人のやり方を真似したのだ。
だが、実質的には、これが進と美冬が主従としての契約を結ぶきっかけとなった。
†
思い出そうとすれば思い出せるが、細かいところまでは覚えていないものだ。
あの時、2人でどんな会話をしていたのか、進は一切覚えていない。
「とりあえず可愛かったんで飼うことにしたーみたな」
そして誤魔化した。
というのも、学校で菅谷飛鳥から「どうやって召喚獣つかまえるの?」と訊かれたからである。彼女のイメージは、モンスター育成RPGの如く、草むらや洞窟で出会うモンスターにボールを投げてとっ捕まえるという感じのものだった。
「なにそれ理由が最悪過ぎない?」
「かわいいは正義っていうし」
「わけわかんない」
「じゃあ、犬猫を飼う時の理由はなんだよ。可愛いからじゃん」
「それと妖怪って同一視していいの?? 人格あるんだよね?」
「じゃあモテる人間の条件は?」
「え?」
「顔が良いとか、高身長とか、やっぱ外見が良い人間の方がモテる。人格があろうとなかろうと、見た目が100%」
「なんか否めないからアレだけど、なんか納得いかない」
そもそも、あそこまで拗れた話を他人にするなど面倒くさいも通り越してダルいので、進は誤魔化した。
「あれ? だからどうやって、えっと、しゅじゅうけいやく? を結んだのかっていう答えにはなってない!!」
「魔力を少し貰って、契約書書くだけ、以上」
「え、なんか、もっと、魔法がどばばばああ!! ってなんないの??」
「ならない。アニメの見すぎ」
やること自体は本当に簡単だったと記憶している。
「なんだろ、日戸と喋るようになってから、今まで自分が見てきたことが呆気ないことに思えてきた」
「だからアニメの見過ぎなんだって」
進は真顔の完全無表情で言い放った。
最近は色々と面倒くさい。
菅谷が進に話しかけるのは、彼も一歩譲って仕方ないと割り切れる。というのも、気持ちはわかるからだ。
妖怪が見えてしまう体質故に、周りの人間とは違う景色が見えてしまう。
そこに、同類の人間が現れれば、安心して喋りたくもなるだろう。
だが、タチが悪いのは彼女ではなく、彼女と話しているという状況そのものだった。
菅谷飛鳥は、クラスでも人気がある。人当たりがよく、そしてよく笑う。典型的に好かれる人間だ。
妖怪が見えてしまう体質だということをひた隠しにして、友人を沢山作ったのだろう。
彼女の努力は、進でさえも「すごいなこの人」と感心してしまう。
それが裏目に出ているのだ。
「え、菅谷ってアニメ見んの?」
と、前の席の男が話に割って入って来る。
菅谷が話していると、周りも菅谷と話したがるのだ。菅谷もそれを良しとしていて話に混ぜてしまうので、進が妙な立ち位置になってしまう。
「あーちょっとね。フェアリーテイルとか?」
「はぇー意外だな。面白いよな、あれ」
という、リア充の会話が始まって、進は蚊帳の外へ。
どうぞ、そのまま話しててください。そして以降は話しかけないでください。と、進はそっぽを向いた。
早く家に帰りたい、と心の底で叫んだ。
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