第44話 性根っからの孤独野郎ですね

 美冬が帰ったあと、進もすぐに帰ることにした。

 長居する必要は無い。

 亮平に、ことの経緯を全て話し、あとのことはプロに任せる。

 菅谷飛鳥をどうするか、と言う話を、亮平と高千穂がしていたが、進が途中まで電車が同じだからと言うことで、同時に返される事もなった。


 菅谷飛鳥は特に変わりなく、若干大人しく緊張したまま、と言った感じだ。

 本人は「気付いたら全部終わってて、何があったのかよくわからなかった」と言っていた。

 むしろ、美冬の方が怖かったらしい。

 駅について、電車に乗り吊革を握った瞬間、日常に戻った気がして安心出来て、先程まで一言も喋らなかったのに、やっと話し始めた。

「あの白くて尻尾が生えた子、日戸の彼女さん?」

「え……あ、いや……使い魔というか召喚獣というか」

「へ、へえ……なんかよくわかんないけど、あ、愛されてるね」

「あ、はい」

 哀れみを含んだような言い方だった。

「なんか、失礼なこと言ってなかった?」

 そして進は怖くなってきた。彼が見ていたのは、美冬と美夏が喧嘩をしているところからで、それまでに何があったのかはわからない。

「い、いや、なにも言ってなかったよ」

 口ぶりと、一瞬目が逸れて、かつなにか気を使っているような雰囲気で、美冬が絶対に何かを言った事だけはわかった。

 帰ったら美冬を尋問しなければならない。

 彼女はそういう所があるのだ。

 あまり人当たりが良くない。人見知りではないが、基本的に毒舌だし、他人に対し失礼な時が多い。

 自分が心を許した相手以外には、壁どころかトーチカを構築する。

 あの時の雷獣と仲良くなったのが、不思議なくらいだ。

 それからしばらくは他愛もない話で数分の時間を潰し、やがて進が乗り換える駅に到着した。社交辞令というか、義務的にと言うか、「家まで送っていこうか」と聞いたが、菅谷は「大丈夫」と断った。

 なので、さっさと帰った。

 挨拶も程々に、駅に到着すればすぐにおりて、乗り換える。

 美冬にアイスを買っていく約束があるので、急いで帰らなくてはならない。


 †


 玄関を開けると、居間から美冬の「おかえりなさい」が聞こえた。

 彼女は料理の最中だったらしく、手が離せないらしい。

 進は、買ってきたアイスを冷凍庫にしまい、居間に入ると共に「何作ってんの?」と訊く。

「ハンバーグ?」

 ボールにいっぱいのハンバーグのタネ

「正解が出てくるまでないしょです。合い挽き肉では無く、牛肉100%で、卵をつなぎには使っていないのが、ヒントです」

「ええぇ、ハンバーグとしか」

「ハンバーグも作れますけどね。なので、晩御飯に使わない分は、ハンバーグにして冷凍してこんどのお弁当に入れます。ひとつの料理で2度美味しいのです」

「おー」

「ちなみに、先程、これをこねてる最中に呼ばれました……ので、こねなおしてます」

「なんかごめん」

 進は、いつもの定位置の、ローテーブルを挟んだ美冬の向かいに座った。

「別にいいんですけど。あ、それと、さっきの女、あれは?」

「女って、言い方。この間、雷獣のことがあっただろ? その時に人質になった人と同一人物」

「こんな短期間で連続して妖怪騒動に巻き込まれるなんて、同情しますね」

「確かに。災難過ぎるね」

「で、クラスメートですよね。最近、あの女の匂いが微かに制服に着いてたんですよ」

「あれ以来、絡まれるようになって。席も隣だし」

「へ〜 そうですか〜」

「変なこと疑うなよ。単に、ちょっと喋るくらいだから」

「まあ、良いんですけど。学校に知り合いとか友達を作るのは良いことですよ」

「友達でもないよ。単に喋るだけっていうか、一方的に話しかけられるだけ。それも、哀れみの目で」

「哀れみ?」

「俺、ボッチだから、それを哀れんでくれているらしい」

「なるほど。ご主人様も、友達のひとりやふたり、作れば良いのに」

「疲れるからいらない。ひとりが楽」

「性根っからの孤独野郎ですね」

「そんなこと言うなら、みふだってよく他人に壁作るじゃん。ってそうだった、帰ったらこれ言おうと思ってたんだ」

「はい?」

「さっき、あの人に失礼なこと言っただろ? どうせ呪うとか言ったんじゃないの?」

「いっ! ぃ、言ってません」

「え、マジで言ったの?」

「いえ、その……」

「目を逸らすな〜」

 進は溜息を吐いた。

 頭を掻き、説教のひとつでもしてやろうかと思ったが、やめにした。

「まあ、あんま乱暴なことを言うなって、よくみふママにだって言われてただろ」

「ごめんなさい……。気をつけます」

 美冬がシュンとする表情は、進はあまり好きではない。

 本人も、一応は反省しているらしい。

 狐らしい黒い耳も、心做しか垂れている。

「よっし、じゃあ、みふが料理してる間に俺はアイスを食う」

「……。 夕飯ぬきますよ」

「すみません……」

「宿題と予習復習やってくださいね」

「はい、やります……」

 進が美冬に怒られる、このくらいがちょうど良い。


 †


 そして、夕飯に出てきたものは、実に不思議なものであると同時に、どっからどう見ても美味そうなものであった。

「有機化合物です、食え」

 と、日に日にネタ切れな決めゼリフを言いながら、料理をテーブルにのせた。

 平たくいえば、ハンバーグの中にゆで卵を入れたようなもの、もしくはゆで卵をひき肉で包んだもの、はたまた揚げないスコッチエッグ

「フーカデンビーフです」 

「なにそれ初耳」

「美冬も最近知りました。あの、雷獣の子に教わったんです」

「へー」

「いいから、食べましょ、食べましょ」

 美冬に急かされ、いただきますを言った。

 いただきますを言わなければ、美冬は怒る。食欲の化身である彼女は、食事と食材に対する感謝を忘れないのだ。「命をくれた豚と! 育てた農家さん! さばいた業者さん! 運搬業者! スーパーの店員さん! 全てに感謝するのです!!」と、壮大な持論を持っている。

「はぁ、人から教わった料理って美味しい」

 と、一口頬張って飲み込んでから、至高の表情で呟いた一言も、また美冬の定番セリフである。

「みふがいつも作るやつは? 美味しいじゃん」

 模範解答だ。

「あれは、料理本のやつです。有名な料理家の人が書いた本ですから、美味しいに決まってます」

「あーなるほど」

 美冬は「自分の腕ではない」と謙遜するが、少しだけ嬉しそうにしている。褒められると嬉しい、と言うのは、人も妖も獣も同じだ。

 進は、美冬の照れくさそうにして、なんとなく反応に困ったような顔を見て、安らぐ。

 その瞬間、夕方の美冬の姿がフラッシュバックした。

 一瞬のうちに戦う、彼女の美しい姿を。

 全く対照的な姿だ。

 そんなもの、一瞬で頭から流れ去ったが。

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