第43話 明日から学校行って気まずくなるだけじゃん

 しばらく菅谷飛鳥に説教を受け、いつもより学校から駅までの道のりが長く感じていた。

「そもそも、隣の人の名前を知らないとか、最悪だから。人間として最低だから、それ」

 人格否定までされた。

「このあいだのグループワークの時も、全然参加しないし? ああいう協調性の無さもダメだからね?」

 そもそも人間には向き不向きがあるのだ。グループワークというのは、それを無視して、外向型人間が無理やり作り出した人類の悪しき風習だ。

 進は心の中で大いに抗議するのだが、口に出すほどの気力はなく、「はい」とか「そっすね」とか適当に聞いていた。

「そういう適当な返事もダメ!」

「すみません……」

 口うるさい。まるで小姑だ。

 やっと駅が近くなってきた。さっさと解散して、家に帰りたい。

「そういえば、日戸って電車どっちの方?」

「高尾山口の方」

「あ、じゃあ私と同じだ〜。私ね、聖蹟桜ヶ丘。日戸はどこまで?」

「分倍河原で乗り換える」

「じゃあそこまで一緒だ」

 今すぐエスケープしたいと切に願う進であった。

 

 なにか抜け出す口実が欲しい。何でもいいから。


 思った矢先に、ポケットに突っ込んでいたスマホが震えた。

 引き寄せの法則が、全宇宙を穿つ勢いで発動する。

 着信は、姉からだった。

 むしろ嫌な予感がした。

 はっきりとはわからないが、嫌な予感がするのだ。

 一旦菅谷に「ちょっとごめん」と断ってから、恐々としながら電話に出てみる。

『今どこ!?』

「学校の帰りだけど」

 急に叫ばれ、しどろもどろになる。

「じゃあ武蔵野台の近くに居るのね!?」

「あ、うん、どうしたの」

『なんかもういまあっちこっちでヤバくて!! 多分そっちにも妖怪が出てるの! リョーへーがそっち向かってるから、それまで、見つけて足止めしてて!!』

「え、妖怪?」

『そう!! 大量発生してるの!!』

 まるで虫が大量に湧いたみたいな言い方だ。

 話している途中に突然、すぐ側から今までに聞いた事の内容な破裂音が轟き、熱風が打ち付けてきた。

「ね、ねえ、あれなに!?」

 そして菅谷が目を真ん丸にして指をさした方向に、その原因があった。

「あ、姉さん? その妖怪って、蛇と虎だったりする?」

『そう!! それ!! 目の前にいるの!?』

「居ますね、はい」

 いつの間にか、交差点のど真ん中で、巨大な青蛇が巨大な白虎を絞め殺そうとし、巨大な白虎は巨大な青蛇に巻き付かれながらも首を噛み砕かんとする、殺伐とした光景が広がっていた。

 パッと見で判断すれば、妖同士の喧嘩だ。

 だが、道路の真ん中でやられたせいで、車は横転し、通行人から悲鳴があがる。

 誰がどう見ても危険だが、これをはっきりと妖怪達の仕業だと認識できて居るのは、進と菅谷の2人のみだ。

 そして、ここで動けるのは、既に引退し魔導庁に属していない、日戸進、元魔法使いだ。

『ごめんだけど、どうにかしておいて!!』

 姉に頼まれては仕方ない。「了解です」と業務的な返事をして、さっさと電話を切る。

 そして、ちゃっかり不可視領域の結界魔法を展開し、妖達と自分を障壁内に隔離する。妖達に存在を気付かれる前に、今度は美冬に電話を掛けた。

 流石に、2体の強そうな妖の相手をするのは、彼では無理だ。だから、美冬に頼る。

 5コールくらいあとにやっと出て、『はいはい?』と美冬の声が電波越しに聞こえた。

「緊急事態、召喚したいんだけど、今大丈夫?」

『ええっと、なにかあったんですか?』

「目の前で妖怪が暴れてて、今回は俺じゃどうにも出来なさそうだから、助けて」

『は、はい!  わかりましたっ、すぐ支度するので、召喚術は展開してください。準備出来次第移動します』

「よろしく」

 進は電話を切って、スマホをポケットにしまう。

 仕事でもないのにこんな短期間で連続して妖と戦うことになるとは、つくづく妖には縁があるらしい。

「ね、ねえ! どうするの!?」

 いや、違った。

 妖に縁があるのは、菅谷飛鳥の方だ。

 こうして、立て続けに妖と遭遇してしまうのだから。

 そして、進は焦った。

 彼女の存在を忘れて、諸共結界内に隔離してしまったのだ。今更、彼女だけ逃がす訳にもいかない。そうするには、一旦結界を解く必要があるからだ。

 瞬時に、彼女を守りながら戦うことに決定し、進は同時に2つの魔法を展開した。

 局地的に超強力な防護壁を作る魔法を菅谷の周囲に展開し、そして召喚術を展開。

 地に魔法陣を写し、大量の魔力をそこに散布する。

 美冬を召喚するための魔力だが、同時に彼女へ分け与えるための魔力も同時に投げ入れる。

 進特有の赤い魔方陣が、美冬の白と混ざって桜色へ変わったらGOサインだ。

 2人の魔力を同期させ、重ね合わせる。

 離れた2人の意識が同調し、互いに準備完了という事を確認しあったら、仕上げだ。

 起導

 突如、桜吹雪が魔方陣から吹き出す。

 厳密には、ただの魔力が空気の分子を励起して光らせて、それが粒子状に光り舞っているだけ。

 その桜吹雪より顕現するのは、銀と白の少女。美冬だ。

 ただし、彼女の格好は戦えるような格好ではない。半ば部屋着のスタンダードとなりつつあるシャツとロングスカートに、エプロンの姿。髪はシュシュでポニーテールにしている。料理の最中に呼び出してしまったらしい。

 召喚したと同時に、身体能力向上や妖力向上、防御障壁など、多くの支援魔法を何重にも付与し、美冬の魔力制御を掌握し、彼女の目前の熱を奪って空気を凍らせ形を整え、刀を一振作り出す。

「詳しいことはわからないけど、目の前の蛇と虎、両方ともどうにかしないといけないって」

 美冬はそれだけ聞いて「はいっ」と端的に返事をしてから、目の前の刀を握る。

 蛇と虎の2体の妖は、周りの事など一切気にせず、殺しあっている。

 地面のアスファルトを砕き、信号機をなぎ倒し、車は粉砕する。

 逃げ遅れた人間が居なかったのが、不幸中の幸いだ。

 車と信号機は替えがあるが、命にそれは無い。

 美冬はその殺し合いを仲裁するかのごとく、2体が争う前に堂々と立った。

 大きく息を吸って

「双方! そこまで!!」

 怒鳴る。

 流石の妖怪達も、その声には気付いて、丁度虎が蛇に肉球パンチを食らわせた構図のまま、固まった。

「ここで喧嘩をするな。他所でやれ」

 普段は誰に対しても敬語使う彼女でも、妖怪相手には容赦しない。

「なんじゃ貴様! ワシらの邪魔をするな!」

 蛇が怒鳴った。

「小娘は引っ込んでいろ! テメェも殺すぞ!!」

 そして虎も喚く。

 だが美冬は、それを小鳥のさえずりの如くそれを流し、一切動じない。

 力有るものは、いつでも余裕を持つ。 

「言葉が通じないのか。獣共が」

 殺気を込めた眼光で睨みつけた。

「抜刀──五虎退、水神切」

 呟いて詠唱し、五虎退は刀に、水神切は尻尾に宿す。

 かつて大陸に渡り虎を退けた刀と、水神を切り洪水を鎮めた刀。

 敵に対して、非常に相性が良い。

 

 そして、五虎退の刀身が、伝承の如く光を反射したその瞬間、争いは終わった。

 

 五虎退を宿したその刀で以て虎を斬り、同時に、水神切の尾が、青い大蛇を真っ二つに裂く。

 瞬間移動とも錯覚する早業に、血が吹き出す事も忘れ、静かに2体の獣が地面に伏す。

 美冬は、全てが終わったその時に既に、まだ斬られた事すら気付かぬ獣共の、その先に立っていた。


「みふ! まだ油断するな!!」

 進の怒鳴り声のような声に気づく。

 斬りはしたが、殺しきってはいない。

 巨大だった獣は、その力を失い、双方ミニマムなサイズとなって地面に落ちている。

 進はすぐに拘束の楔魔法をかけ、動きを封じた。

 殺すよりも、捕らえておく方が難易度は高い。

 美冬も急いで小さくなった妖の前まで寄り、刀を突きつけた。

 蛇はヤマカガシ程度の大きさに、虎は猫程に、可愛らしく縮まっている。気絶しており、なんの反応もない。しばらくは妖怪達も動かないだろうが、油断は禁物だ。


 そこでタイミングも丁度よく、亮平が結界に穴を開けて、上から落ちてきた。

「進! 大丈夫か!?」

 着地するなり、魔法を展開して周りを見渡し警戒するが、何も居ない事に気付いて「はぇ?」みたいな顔をした。

「どっからどうみても、終わった後でしょ、馬鹿じゃないの?」

 亮平とは対照的に、普通に地面を歩いて結界に穴を開けて入ってきたのは、美夏だった。

 自然な体運びで後ろから進に抱き着き、美冬に向かってドヤ顔をキメる。

 そして美冬が殺気を顕にし、黒い眼差しで睨み、妖力を滾らせる。

 毎度の流れだ。

 しかも、今回は進と美冬の魔力と妖力は繋がっており、進の魔力は美冬に吸われていく。

 進が「二人ともいい加減に……」といつもどおり呆れた。

 

「やあ、進。お手柄だね」

 と、ここで最強の刺客が登場した。

 この高らかなイケボは、完璧にケント高千穂のものだ。

 最近会ったばかりで、こうもまた立て続けに再会すると、気持ちの悪さしか無い。

「なるほど、君の召喚獣がやったのか」

 そして美冬を一瞥し、また進に向き直る。

「これほどの実力が有るのに、惜しい。辞めるならせめて、召喚獣だけでも残して欲しかった」

 淡々といい、美冬が居る方へ近づく。

 否、美冬に、と言うよりは、気絶しておる2体の妖に向かって、が正しい。

 美冬は真顔のままその場を離れ、進のもとへ駆け寄った。ついでに、美夏の服の襟を掴んで引き離す。

 一方の高千穂は、妖怪を片手に一体ずつ掴んだら、魔方陣を展開して、使い魔であろう狼型の獣人を召喚した。まるでポケットからスマホを出すくらいの手軽さと気軽さだ。

 その獣人に2体の妖怪を持たせたら、今度はもう一度進の方を向いた。

「なあ、進──」

「うるせえうるせえ、無駄口叩いてる暇があるなら仕事すんぞ〜」

 高千穂の声を遮って、亮平があえて声を大きくしながら言った。

「進、ちょっと状況を教えてくれ。美夏! お前はそこの巻き込まれた一般人のケア。それとお前の姉貴をどうにかしろ」

 巻き込まれた一般人とは、当然、菅谷飛鳥のことだが、美冬は非常に目敏めざとかった。

 いつの間にか、美冬は菅谷飛鳥に攻撃を仕掛けていた。


「あなたですよね? 最近、ワタクシの主人に近づいているのは」

 と、あくまで丁寧口調とにこにこ笑顔で、だがしかし殺気を露わにしながら詰め寄っている。

「え、しゅ、しゅじん?」

「はい。あそこに居る進の事です。恥ずかしながら、ワタクシの主人はボッチですから、わかるんですよ? 臭いで。主人に新しい臭いがつくようになったので『どうしたのかな〜』と思っていたのですが、なるほど、あなたでしたか〜。その制服も、主人と同じ高校のものですし、校章も1年生のものですし、つまりワタクシの主人と同じクラスなんですね?」 

 にこにことしながらも、先程進から受け取った固体空気の刀を下ろす気は無い。

 ぐいっと覗き込むようにして、どす黒い目で菅谷飛鳥を見、尚も続けた。

「あなた……呪いますよ」

 殺意剥き出しの声音に、菅谷飛鳥は「ひっ」とたじろいだ。

 

「ゴミ姉ぇ、何やってんの、馬鹿なの?」

 やっと一部始終を聞いていた妹が登場した。

「黙っててください。今から大事な話をするんです。割と本当に大事な話を──」

「その前にすぅ様の友達脅してどうすんの。ばかなの? 明日から学校行って気まずくなるだけじゃん。従者ならそのくらい気付きなよ」

 客観的な正論を繰り出され、しかも美冬が後にも先にも何も出来ぬよう、美夏は「すみません失礼しました。こいつ馬鹿なんで忘れてください」といつにも増して丁寧口調でぺこりと頭を下げた。

「あんたは邪魔。半年前までやってたんだから、マニュアル覚えてるでしょ?」

 そして美冬を追い返す。

 妖怪関連の騒動に一般人が巻き込まれていた場合は、放っておかない。怪我などしてないか、パニックを起こしてないか、など、その他諸々を確認する。霊感があるかないか確認する。何見てどこまで覚えているのか確認する。連絡先を聞いて、警察に保護してもらうか、家まで送るか、そのまま返すかを状況と本人の希望で決定する。

「いや、だから本当に大切な話を······」

 美冬は困ってオロオロするが、既に彼女が出来ることは無い。

「みふ、先帰ってて。あとで200円する方のアイス買ってくから」

 主にもエサを使って追い出される。

 だが美冬は非常にポジティブだ。

 いつでも機会はある、と潔く帰ることにした。

 来る前に残してきた魔力の残滓を遠隔で操り、今の自分と同期させる。

 召喚術の便利なところで、こうして元いた場所にもすぐに帰れる、というものだ。

 帰る直前、にっこり笑顔で主人の同級生女子を一瞥し、言った。

「こんど、ゆっくりお話しましょうね?」


 そして、美冬の体は桜色の粒子と消えた。

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