5章 意地でも譲れないモノが有る
第42話 今日もボッチ飯してんの?
進は、教室の自分の席で“誰そ彼”ていた。彼は学校では空気以下の存在だ。
かつては友人の一人や二人くらい居たのだが、今では疎遠になっている。
理由無く一人になった訳では無い。
彼らのような魔法使いには、よくある事だ。
人に見えざるものが見える、そう言えば早い。
だが進は一人だからといってどうという事は無い。
こういう時は、大抵ボーッとして物思いに耽れば良い。
だから、彼は昨日と今朝の事を思い出していた。
美冬は、言いたいことを言ってスッキリしたのか、はたまた別の要因か、今朝はケロッとして普通だった。そして、家を出る際に忠告されたのだ。「メスには気を付けてくださいね」と。
本当に気を付けなければ、恐らく命がないだろう。
「ね、日戸、ちょっといい??」
この間の雷獣然り、美冬の「気をつけろ」はいわゆるフラグである。狐の勘か、女の勘か、はたまた、状況から上手く判断した根拠に基づく忠告か。
本当に、女子から声をかけられたのだ。
隣の席の、ウェーブがかかったショートヘア。
雷獣の時の、人質だった者だ。あれ以来から、やけに話しかけられる様になった。
「さっきの授業で、わからなかったところあるんだけど」
「あ、はい」
話しかけられる時の理由は、毎回こんな感じだ。
ほぼ一方的に、ノートと教科書を見せられ、「ここ教えて」と教科書の例題を指さす。それこそ、例題には解き方が全て載っているのだから、読めばわかる。
「これ先生にきいた方が早いんじゃ」
「だって放課後とか一々行くの面倒だし? それに、日戸、勉強できるじゃん? 試験とか結構順位良かったし?」
「……そうだったっけ」
実家にいた頃、中学生の頃の話だ。テストでヘタな成績をとったら母親からどんな嫌味を言われるか、という緊張感があったため、勉強は一応頑張っていた。勉強しろとか言われなかったのも逆に怖かった。
妖退治に現を抜かすな、と暗に嫌味を言われているような気がしていた。
元々日戸家などの魔術師家系の者ではない人間にとっては、妖などフィクションのものでしかない、という事だ。
その頃から母親は厳しく、今も厳しい。具体的な数字は出されていないが、成績が悪かったら、実家に強制送還すると言われている。
だから、勉強面はサボれないのだ。故に、順位だって出来るだけ上を狙わなくてはならない。
「それより、早くここ教えてよっ」
そして彼女は強引だ。因みに、進は彼女の名前を憶えていない。
「ああ……これか」
「この最大とか最小とか、訳分からないんだけど」
「ええぇ」
授業聞いとけよ……と、心の奥底から思う進であった。
†
「ねえ、今日もボッチ飯してんの?」
昼食時に酷い爆弾を投下してきたのは、言うまでもなく先程の隣の席の女子だった。
「そーですね」
嫁(自称)が作った愛妻弁当を味わって食べるのに何が悪い、と心の中で虚しくも威勢を張る悲しいボッチ。
「ふぅん、ね、じゃあ一緒に食べようよ」
「ええ、普段一緒に食べてる人居るんだから、そっち行けばいいじゃん」
「だから、一緒に」
「絶対に嫌だ」
知らない人と一緒に居るだけで嫌なのに、それが集団、加えて異性も含むとなると、恐怖でしかない。
「なんでよ、いいじゃん!」
「無理無理無理無理、知らない人の集団に行くとか、絶対に無理」
「なに、日戸って実は人見知り?」
「極度の人見知りですがなにか」
加えて、女性の香水の匂いを付けて帰ったら、今度こそ美冬に刺される。
「なら、無理強いしないけど」
話がわかる人間で良かった、と安堵した。
女子はさっさと離れて……なかった。そう、いつも彼女の取り巻きの男女数人は彼女の席の周辺に集まっている。
これは、自分が席を立って離れるべき、そう考えて立ち上がって、さっさと教室を抜け出した。
†
やっと授業が終わって家に帰れる。
帰りのホームルームが終わると、席を立ってカバンを担いで……
「ね、駅まで一緒に帰ろうよ」
止められた。
なぜ、なぜ彼女は自分にそこまで構うのか、進は軽く恐怖を覚え始めていた。
「え、なんで」
「他のみんなは部活だし、私は帰宅部だし、丁度いいかなって。あと、聞きたいこともあるし」
「聞きたいこと? 何を」
「このあいだの事」
女子は至って真面目そうに言った。
あれから話しかけられる様になったが、あの時のことは一切聞かれたことが無かった。
隠し通せるものでは無い。
そこそこ強い妖怪は、人の目に映る。
人は魔力や妖力を本来は察知できない。故に、存在感が薄く同時に妖力が弱い妖怪は人に気付かれない。
だが、高位の妖になれば、鈍い人間の感覚さえも突破して人間を畏れさせる。
それが、あの時の雷獣だ。
とは言っても、美冬の様に動物系の妖怪であれば、普通の人間にも普通に認識されるのだが。そこら辺の差や境界線は曖昧で、この界隈での研究対象だったりもする。
「この間の事って言われても」
「とりあえず、歩きながら話そうよ」
尤もな意見で、従うことにした。
校門を出て、帰宅途中の同じ制服を着た学生が多く歩く道の途中、ふと変な事を言った。
「私、霊感があるっぽいんだよね」
いきなり、唐突と。
そんなものは、進にも──というか日戸家、母親以外一家揃って、全員あるが。つまり、進にとっては、特別な話ではない。
だが、普通の人にとっては、これは特別な事だ。
「ああ、そうなんだ。大変だね。変なものとか見えたり」
「日戸にも、霊感有るんでしょ? 霊感なんてものじゃなくて、もっとすごい超能力……? みたいなやつとか」
当然、気付かれていた。
「あの時だって、ただ単に気絶してただけじゃないし。ほとんど覚えてる」
「ああ、そう……」
「ねえ、あれって、本当に起きたことなの。あまり信じられてないって言うか」
「忘れたいなら早く忘れればいいと思うけど」
彼女はすぐに首を横に振った。
「ああいうのが本当に存在してるって、それが確認できたなら、そっちの方が良い」
「なんで」
「私の感覚が正常だって言えるから」
「なるほど」
進は交友関係が狭い。だから、こういう話を聞くのは初めてだった。
進の知り合いは、殆どが魔法使いや妖怪だ。極普通の人間の知り合いは極端に少ない。
そして、霊感があるだけの普通の人間は、知らない。
そういう人達は、そういう人達ならではの悩みが有るのだと、なんとなくわかった。
「居るよ。幽霊は知らないけど、妖怪は居るし、魔法も有る」
進は手を軽く握り、空気の熱を奪い、魔法で形を形成していく。
そして、手を、彼女の前で開いた。
21%程の酸素を含む空気は、固体になると水色になる。
その水色の、花を手の上で咲かせた。
これが魔法だと言いたいばかりに。
「氷の花? 綺麗」
彼女はそれに触れようとしたが、進はすぐに握りつぶし砕いた。
「ただの氷じゃないよ。マイナス220度の、空気の氷。触れたら危ない」
「え、危なかったぁ」
彼女は「あはは」と笑った。
「なんか、軽く感動したよ〜」
「感動?」
「隣の席の人が魔法使いだったなんて、普通有り得ないし」
「そう? 結構多いと思うよ、魔法使いって」
「そうなの?」
「うん。うちの学校にどれだけいるのかは知らないけど、探せば5人くらい居るんじゃないか?」
「それって多いの?」
進が通う高校は一学年6クラス有り、1クラスに40人いるとして、学校全体での割合を出すと0.7パーセント程の人間が魔法使いだという事になる。これを日本の人口に当てはめると、およそ84万人もの魔法使いが日本に居ることになる。
進はそれをスマホで計算して、いや流石にここまで多くない、と考えを改める事にした。
「多分、本当は日本に1万人か2万人居ないくらいかな。あれ、なんかわからなくなってきた。もっと多いかも」
今度詳しい人に聞いてみようと思った魔法使い高校生であった。
「なんか、知り合いに魔法使いが多いから、勘違いしたのかも」
「あー、そういうの有るよね。周りにそれっぽい人達が居ると、全人類の中でも多く思っちゃう、みたいな? じゃあさ、妖怪とかも実は多かったりするの?」
「どうだろう。よくわからない。京都はやばかったけど」
「そうなんだ。神社多いから?」
「神社の数は関係ないと思う。盆地で山もあるし、なおかつ都会だし、人も多いから暮らしやすいんじゃない?」
「東京は?」
「そこそこかなあ。悪さする妖怪があまり居ないだけで、人間に紛れて実はいっぱい居るのかも」
「へー、あ、じゃあ、幽霊は?」
「存在があやふや過ぎてなんとも。俺は見たことないけど」
「違うの?」
「幽霊は死人で、妖怪はちゃんと生きてるって言う違いがある」
「そうなんだ〜」
興味があって訊いているのか、とりあえず適当に訊いているのか、答えが微妙すぎてリアクションに困っているのか。相槌が適当だ。
「日戸って、いつも一人で居るから怖い人だと思ってたけど、意外と普通だよね〜」
そして軽くディスっていくスタイルで話題を変えてきた。
「ええぇ」
「普段から近づくなオーラ出してるじゃん? だから友達居ないんだよ〜」
余計なお世話だと言ってやりたくなった。
魔法使いの知り合いなら結構いるのだ。学校に居ないだけで、学校の外に知り合いが居るのだ。
悲しいかな。世間ではそれをボッチという。
「っていうか、日戸って私の名前覚えてる?」
覚えていないので、若干申し訳無く苦笑いして「すみません」と言った。
「ほらー、そうやって、自分から近づかないのもダメなんだからね? 私は
「は、はい」
進は、3時間後には忘れそうだと思った。
「なんかこー、あれだかんね? 助けてくれた人がボッチとか、虚しいだけだから」
「そんな事言われても」
「ちゃっかりお姫様抱っこされたんだけど」
「地面に落とされてよかったのかよ」
「だから、ボッチにお姫様抱っこされるとか悲しいってこと。もっとかっこいい人にされたかった」
酷く心に刺さった。
言葉とは、どんな魔法よりも強力だ。
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