第38話 正真正銘嫁です

 嫌な夢で目覚めることなんてよくある事だが、だが美冬は嫌な夢の終盤で目覚ましに起こされた。

 6時に鳴るスマホのアラームと、時間予約していた炊飯器の炊けた時の音楽。7時過ぎくらいに家を出る主のために、弁当を作らなければならないからこの時間に毎朝起きるのだ。


 気付いたら主の腕の中で寝ていたらしく、体にその匂いがべったりと染み付いてしまっている。

 起き上がって、間抜けな顔が覗き見えて妙に安心感が沸いた。 

 

 適当に顔だけ洗いに行って、水だけ1杯飲み、炊飯器のご飯をほぐし、「0h」と表示された保温を解除する。今まで「oh」と思っていたが「ゼロ時間」という意味だと最近主の口から聞いて、長年にわたる謎が解けた。

 情報源はSNSらしい。

 

 今日の弁当はそぼろ弁当だ。

 昨日まではきゅうり1本にしてやろうかと思っていたが、さすがに可哀想だったのでやめた。

 フライパンにごま油を垂らして熱し、そこにひき肉を投下する。

 ありがとう、豚さん、と自分と同じ哺乳類の命に感謝し、タンパク質を変性させていく。醤油と味醂を1対1の割合で入れるのが基本。これに砂糖を入れればアマカラに、しょうがを入れれば生姜焼きになる。

 今回は挽肉なので、少量の砂糖を入れた。

 これをささっと作ったら、ご飯を敷き詰めた弁当に乗せていく。

 あとは味付けなしのスクランブルエッグを作り、挽肉の隣に敷き詰める。

 ほうれん草炒めとプチトマトを端っこに敷き詰めれば、3色もとい4色弁当の出来上がりである。

 あまり手間はかからないが、悪くない出来のモノが完成するので、便利である。 

 手抜きではない。決して手抜きではない。むしろ、弁当という狭い空間に、動いた時に崩れぬようぎっしり詰めないといけないという高難度なミッションをこなすには、これが最適解なのだ。

 

 あとは主を叩き起し、朝食を食わせて、送り出すだけ。

 

 時刻は6時45分。丁度良い時間だ。

 まだ爆睡している進を起こすべく、体を揺すり、「あと5分」と抜かすものだから布団を剥がしとり、耳を引っ張った。

 ここまでしてやっと起きたから、にっこり笑顔で「おはようございます、ご主人様」と言ってやる。

 片手にはフライパンを持って、ちらつかせながら。


 †


「忘れ物はないですか? 定期は? スマホは? お財布は? 教科書とノートは全部あります?」

 進が家を出る前、美冬は毎朝玄関まで見送っている。

 昨日までのいがみ合いはどこへやら、美冬の口うるささは今日も健在だった。

「大丈夫だって。全く、俺のお母さんか」

「いいえ、嫁です。正真正銘嫁です」

 そして日に日に美冬の地位が上がっていく。

「じゃあ、行ってくるから」 

「車と悪い妖怪には気を付けて……って、ちょっと待ってください」

 美冬は玄関を開けようとする進を止めた。

 進は若干うんざりした顔で振り返り「なんだよ。電車乗り遅れる」と文句をたれるが、その口は美冬によって瞬時に塞がれた。


 つま先立ちで背伸びして、進の頬を両手で掴み、唇を唇に押し当てた。

 数秒間、甘い声を漏らしながら舌を這わせる。

 やがて進に引き剥がされるも、それでも抱きついた。

「……。昨日みたいなことは、もう嫌です」

 おかげで嫌な記憶がが夢にまで出てきた。

「今日は研究室の手伝いは無いですよね。早く帰って来てくださいね」

 進は美冬に咄嗟な行動にたじろぎながらも、頭を撫でながら頷いた。

 美冬は、昔から不意打ちみたいなのが得意で、毎日の様に口を吸われていた。

 その再来か。

 主にとって、甘えん坊すぎる使い魔の相手とは 精神が削れる日々の到来だ。

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