第37話 仲の良い2人
美冬の主がまだ初花だった頃の話。
日戸家は魔法使い、ないし魔術師、特に剣術の家系であり妖退治を生業としてきた。
日戸の家に生まれた者は当然の如く魔術、妖術を使い、それを使いこなす訓練を受けていた。
当然、日戸進も例外ではなく、姉の日戸朝乃も、同じ家系の従姉弟、日戸初花、日戸亮平もまた、魔術妖術を学んだ。
日戸家は、狐妖怪の月岡家との関係が深く、月岡家の狐を代々従者としてきた。
故に、初花の従者として美冬があてがわれたのも、当然の事。
鍛錬の場として、日戸家の道場を使っており、そこで進と美冬が顔を合わせるのも自然の事だった。
それがおよそ8か9年前だ。
ただ、種族の違いはあれど、歳が同じの進と美冬は打ち解けるのが早かった。
朝乃は最年長で、日戸家の子供世代での頭、初花はそれに続く。ようは、月岡家の長女として幼い頃から厳しく育てられた美冬にとっては、取っ付き難い存在だった。特に、直接の主であった初花には、子供ながらにも更に気を使っていた。
だから、同い年で対等の存在だった進には近付き易かった。
そして、いつしか粘着の様に進について回るようになった。
美冬は基本的には仙台の実家で過ごし、道場には召喚術で呼ばれていた。
召喚されている間は、本来の主である初花よりも、進の方について歩いた。
竹刀の素振りも、進の隣。
試合稽古も美冬の相手は進。
周りは「仲の良い2人」くらいにしか見ていなかったし、初花もそのスタンスだった。
だがその本質にあるのは、そんな優しいものではなかった。
依存にも近いものだ。
ここまで来て、今から5年程前
美冬には、壊滅的に才能が無かった。
体から無尽蔵の如くに湧く膨大な魔力こそ、彼女の使い魔として優良だと判断された点だったが、彼女が扱える量を遥かに超えており、キャパシティーオーバーだった。少しでも魔法や妖術を使おうとするものならば、魔力、妖力を制御出来ずに自滅する。
何度も何度も練習を繰り返して行ったら、コレが上達する前に剣の腕の方が良くなって行ったという、何とも言えない状況。
これに焦ったのが、初花だった。
自分の使い魔が腕を伸ばせない。主として不甲斐なさを感じるのは当然のこと。
どうしても美冬の才覚を生かしたいと、己が巻藁となり美冬を鍛えようとした。
可愛らしい少女でも、厳しく。
美冬の心がポッキリ折れるのも早かった。
才能は伸びない 役に立てない 主は怖い 三拍子揃って病むのも当然の事。
こんな時、甘える先も依存する先も欲して、丁度良くそこに進という男が居た。
美冬が初花にボコボコにされて、泣きながら進に抱き着くと言うのが、その時期にしばらく見られた稽古後の光景だった。
彼は美冬に優しかった。彼女の現状を知っていたから、出来るだけ優しく接してあげようと、当時9歳の子供でもそういう頭は働いたのだ。
傍から見れば、可愛げのある子供同士のじゃれ合いだが、本人達の気持ちは決して穏やかではなかった。
確実に、その
ヒビとは、一度はいったら瞬く間に広がって行くものだ。
初花も、その時は13歳の中学生。妖退治の仕事にも参加する年頃。
美冬を実戦に投入したくても、美冬の力では無理だった。
周りの大人達は言った。「使い魔をマトモに使役できないようでは、初花はダメだ」と。同時に「あのキツネもダメだ」とも。
事情も知らぬ外野は勝手に騒ぐ。
初花の焦りは日々積もる。
自分の事もそうだが、これでも大事な従者の美冬を悪く言われるのが気に食わなかった。
幾度となく朝乃にも相談したが、気にすることは無い、大人の言うことなんか放っておけ、頑張っているところはちゃんと見てるし知っている、と慰められるだけだった。
どうにかしたい。周りを見返してやりたい。その一心で、美冬への当たりも強くなって行った。
不本意でも心無い言葉も飛び出してしまうことも多々あった。
その時に、あの出来事が起きたのだ。
ザーザー降りの雨の音が道場の中にも聞こえてくるような日の鍛錬。
いつも以上に初花の当たりは強く、美冬は泣きながら竹刀を握り、鼻血を出しながら初花に切りかかっていた。
ほとんど自棄だが、初花はそれを軽くあしらって、薙ぎ倒し、床に叩きつける。
そんなものではダメだ、と。お前はそれでも妖か、と。
進はそれを横で見ていたが、そろそろ怖くなって朝乃を呼んだ。
初花がやり過ぎだから止めて欲しいと。
進にとって、初花は年上で、ましてやその時の気迫がある状況で、止めに入ることなど出来なかったから、姉を呼んだ。
朝乃は進に言われた通り、そんなに気張ってても上達なんかしない、と彼女に抑えるように言った。
それでも、初花に止める気など無い。そんなものはわかっている。だが、ならばどうすれば良いのか。どうすれば美冬は強くなれるのか。
初花はそれがわからずに焦っていたのだ。
だからと言って甘やかすわけにはいかない。
まだ続けると言い張る彼女に、朝乃も本人達の問題にそこまで介入できる訳もなく、百歩譲った形として「これ以上危ないと思ったらすぐ止めるから」と、傍で見守る事にした。
これが、あの出来事の1つ目の直接的な原因だ。
そして、2つ目の原因が進の存在。
その頃、美冬は隙あらば進に逃げていた。
朝乃が初花を説得しているこの瞬間にも、美冬は進に抱き着いて、鼻血で彼の道着を汚しながら慰められていた。
初花は怒った。
そんな風に甘えているからダメなんだ。役にも立たなければ、人に迷惑をかけるだけの使えない狐だ。そんなことでは、進に愛想を尽かされる。
罵りにも近い言葉を浴びせ、進の腕に匿われている美冬の首根っこを掴み、無理やり立ち上がらせた。
進だって、あんたみたいなバカな狐など見向きもしない。悔しかったらかかってこい、と。
突き放し、竹刀を向け、淡い気持ちさえ踏み付けて、叱咤した。
折れた美冬の心は、その時崩壊した。
身体中の力をフル回転させ、握った竹刀に全てを宿し振りかざした。
皮肉にも、その瞬間が初めて美冬がマトモに魔法を発動し、振るえた瞬間だった。
それも、異常なまでに強力なもの。
「抜刀!!」
渾身の力を込め、怒りのままに振りかざしたそれは、殆ど油断していた初花を叩き切るなど容易なものであった。
それを、咄嗟に庇ったのが朝乃だった。
抜刀を発揮した時点で異常な力に気付き、体に魔力を張り巡らせて鉄壁となり、振りかざされた一瞬の隙に初花を突き飛ばし、己が代わりに斬られた。
血飛沫が舞って、やっと美冬が気付いた。
自分がいま何をして、何が起きたのか。
暴走した魔力が体を破壊し、血反吐を吐きながら、倒れた朝乃を見やった。
返り血が、道着を濡らしている。
朝乃は呻き、初花は突っ立って、自分はそれを呆然と眺めた。
理解不能。
この言葉が、その時の美冬の脳内を表すのに最適だった。
起きたことは解るのに、どうしてこうなったのかが、全く理解が出来ない。
自分は何をしたかったのだろうか。
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