第36話 カマドウマよりマシです

 丑三つ時、美冬は珍しく狐の姿になっていた。

 その姿で今はペットショップで買った猫用のドーム型クッションの中で丸くなっている。

 ただ、先程までずっと落ち着かず、部屋の隅っこや、端に寄せたローテーブルの下、玄関、その他諸々を点々として寝床を探しているが、いまいち決まっていない様子。

 普段なら進の隣に布団を敷いて川の字になるのだが、今日はそれすらも嫌だというくらいに機嫌が悪い。

 

 明日、厳密に言うと今日の進の弁当は、きっと恐らくきゅうり1本とかだろう。 

 今から悲しくなっている。 

 進の胃袋と健康は既に彼女の手中にあるため、機嫌を損なわせるとこういった危険性も付随しているのだ。

 今のうち土下座でもして謝るか。

 進にも罪悪感が無い訳では無いが、だがしかしそこまで怒るのもどうかと思っている。偶然、仕方の無い事だった。ましてや、進にはもう既に初花を慕う気持ちは無いことも知っているはず。

 どれだけ信用がないのか。 

 

 美冬はクッションから出てきて、また寝床を探す徘徊を開始した。

 あちらこちらに彷徨いた後、結局入ったのが押し入れの中だった。

 前足を器用に使って襖を開け、中に入り、後ろ足でパタリと締め切る。

 押し入れの中とは、美冬的にはトラウマ回避用の場所だが、進にとってはそれ自体がトラウマである。

 胃液吐いて死にかけてたアレである。

 

 と、言うか、これみよがしに徘徊されると進も寝づらいので、とうとう進も立ち上がった。 

 押し入れの襖を開けて、早速丸くなっていた美冬を見下ろし、しゃがんでから目線を近付けた。

「さすがにここは止めようよ。また死にかけるよ?」

「最近はそんな暑くないです」 

 丸くなりながら、目だけ見せてから言った。

「ゴキブリが出るかもよ」 

「カマドウマよりマシです」

 カマドウマとは、丸っこい胴体に、バッタの足を縦に長くしたようなキモイやつだ。 

 東北地方の家にはゴキブリがあまりでない代わりに、コイツが出る。コイツが東北のゴキブリ的ポジションに居るのだ。

 美冬は実家が仙台、生活拠点が東京なので、何れの恐怖も知っている。

 狐は虫も食べる動物だが、そのような本能は先祖が1000年前に捨てたらしい。

「その……、まだ怒ってる?」

「なんですか。文句でもありますか」  

「いや、なんか、みふがそうやって怒るの珍しいと思って」

「はい?」 

「いつもだったら、お話がありますとか言って、徹底抗戦じゃん。今みたいな怒り方するの、珍しいなって」

 言い合うこともほとんど無く、グチグチと嫌味に怒り続けるのは、美冬らしくない。

 それを聞いて、美冬は黙った。

 徹底抗戦してもいい。だが、美冬も馬鹿ではない。わかっている。進に落ち度があった訳では無い。

「誤魔化されたのがムカついただけです」

 せいぜいこのくらいだ。

「……。ごめん」

「別に……」 

 進は、最近はすぐに謝るようになった。

 喧嘩など、昔からよくやってきた。

 以前の進は「めんどくさい」と言って喧嘩の途中でも話を切り上げようとしたりしていた。当然、美冬は納得がいっていないから、ちょっと待てやコラ、となるわけでさらに喧嘩の激化、ということをやってきた。

 進も学んだらしい。謝れば大抵は許して貰えると。 

 最初こそは美冬も拍子抜けて怒る気を無くしていたが、最近は思うのだ。

 コイツわかってんのか。

「そもそもが、あの女と勝手に会うからダメなんです」 

 あの女呼ばわりしているのは初花の事だが、彼女にとっての元主にあたる。それほどに嫌っているということだが。

「いやでもそれは……」

 そう。不可抗力。仕方ない

「でもなんかムカつきます」

「はい……」

 感情論の暴力。

「それに、こっちは毎日弁当作って夕飯も作って待ってるのに、浮気されたら殺意だって覚えますよ。何なんですか、ホントに。アサノさんには欲情するし、実夏にベタベタされて満更でも無さそうだったし、それで今回はこの有様ですか。懲りないにも程があると思いますが」

「すみません……」

 抗議したいところは色々あるが、更なる争いを生まないためにも謝った。

「考えたら余計にイライラしました。もう今日は放っておいてください」

「ええぇ」

 盛大な言われ損である。

 ただ、大抵の場合、美冬の「放っておいて」の言葉は、裏に真意がある。

「だからそんな暑くてホコリっぽい所、やめなよ」

「気に食わないなら、力ずくで出せばいいじゃないですか」

 つまりは、そういう事だ。

 進は出そうになった溜息を飲み込んで、押し入れの中に入り込み、美冬を抱きかかえた。進路を布団に変えて、そのまま担いで持っていく。

 めんどくさいとか思ってはいけない。

 本人も自覚無しの、潜在的な性格だ。というか、大多数の人間がこういう天邪鬼な性格を持つ。

 美冬は妖怪だが。


 いつぶりか、2人で同じ布団に入る。

 美冬は獣のくせに臭くない。

 彼女は大人しく、進の枕を占領しながら、進に首元をモフられながら寝落ちした。

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