第34話 あの時の心労返してほしい……

 9月の某日。

 段々と秋らしさは……出ず、残暑に嫌気がさしてくる日々。

 毎日毎日、気温は28度とかで、真夏の37度よりは随分とマシで比較的で涼しく感じるが、暑いものは暑いのである。

 進は学校へ行き、美冬は家で洗濯物を干している最中だが、例のごとくテレビは垂れ流しになっている。

 お馴染みのワイドショーで、いつもの司会が「このアッツイのいつまで続くんですかねえ」と喧しくお天気キャスターに訊いて、お天気キャスターが淡々と「いままた台風が発生しまして」と、話題に入っていく。

 専業主婦の美冬にとっては、台風程度であれば買物に行きにくくなる程度の障害しかない。だからといっていい気分もしない。あわよくば、大雨で窓が洗われて欲しい、というしたたかな願いがある。雷が鳴るなら話は別だが。

 数年前だったら、意味もなくワクワクしていたものだが。嵐という非日常感は、子供心にしかわからない、好奇心の様な何かを沸き立たせて来る。

 美冬にとってはもう忘れてしまった心だ。  

 今となっては、主人の通学手段が気になるくらい。そこまで遠い距離にある学校ではないが、それでも電車で30分ほどかかっている。帰宅難民になったら可哀想。

「逆に召喚とか出来るのかな……」

 主が召喚獣を召喚できるなら、それの逆も出来たりするのかもしれない。

 今度、教授の所で研究して貰おう、とか思ってしまった美冬であった。

 だが丁度よかった。


 テーブルに置いてあった美冬のスマホが鳴り、画面が光る。進からのメッセージで『研究室行くから帰り遅くなる』とのこと。

 時間的に、2時限目と3時限目の間。授業中にいじってたらはっ倒しに行って夕飯抜きぬしていたが、休み時間なら許す。

 『夕飯までには帰りますか?』と返信。研究室に行くということは、最悪日付が変わるまで帰ってこない。と言うか、教授が帰らせてくれない。

 本当なら、何時に帰ってきて、夕飯は済ませてくるのか家で食べたいのか、そこまで言ってほしいのだが、美冬がそれを訊くことで妥協している。

 曰く、中途半端でも魔法なら大抵使える進は実験台として使いやすいとか何とか。

 むしろ中途半端過ぎて極めたものは無いから何をとっても下手だが。

 妖退治の仕事も、だから辞めたのかもしれない。

 さて、進の返信だが『それまでには帰りたい(切実)』と、本当に切実だった。

 先程の「逆召喚」のことは忘れ、可哀想だったので麻婆豆腐を作って待つことにその場で決定した。

 

 †

 

 進が恐る恐る研究室に入ると、珍しくすでに誰かの話し声があった。

 普段なら少しでも物音をたてようものなら、教授が発狂するのだが。今日はそれがなくて安心したのが半分、では誰が先に来ているのだろうかという疑問が半分。

「ども」

 と、入っていくとそこにいる人間を見て鳥肌が立った。

 なんかよくわからない装置とかを体につけられまくった、日戸初花。進の従姉だった。

 まず、なんでここに居るのか、という疑問。そして、そもそも何をされているんだという疑問だ。

「あ! 丁度よかった。領域制圧魔法得意でしょ?  今すぐ展開して、どうぞ」

「は? え、あ、はい」

 入るなりいきなり教授に言われ、多少テンパりながら荷物を置いて、前方視界方向150°に魔力を散布する。

 同時に魔法陣を床面に展開。彼特有の赤い光が浮かび上がる。

「現役の時みたく、魔法威力向上のヤツ!」

 確かに、妖怪相手に戦ってた時はこうして後ろから味方の支援に回っていた。

 それもこれも全て半年前の事ですっかり忘れていたが。

 

 †


 曰く、支援系魔法を使う際、限定した相手のみにそれが行えること、その支援とはそもそも何をどうしているのか、という事を確認するための実験だった。 

 そのために、進と初花の2人が呼ばれたという事だった。

 故に、血圧測定機やら握力測定器やらを持たされた初花に、進が支援魔法を展開して、初花の身体的能力向上を計測した。

 いま教授はそれをまとめる作業をしている。その間に、進と初花は部屋の一角でコーヒーを啜っているところだ。

 

「そういえば、亮平は退院した?」

 亮平とは、進の従弟でつまり初花の弟。現役の魔法使い。以前、妖退治の最中に大怪我をして入院していた。

「うん、っていっても結構前の話だけどね」

 今が9月の中頃で、最後に会ったのが8月の中頃だから、そろそろ1ヶ月経つ。

「まだ松葉杖?」

「そう、歩きづらいってヒーヒー言ってる」

 進の記憶では、亮平はかなりのやんちゃ坊主だったので、思い通りに動けないというもどかしさはタダでさえ大きいのに、彼に至っては余計にだろうと何となく同情出来る。

「なんて言うか、あいつでも怪我するんだなって思って」

 チート級に強かったヤツが妖怪相手にボロボロに負ける状況と言うのも、にわかには受け入れ難いものだった。

「最近アイツ調子乗ってたらしいよ。すぅ君が辞めて、その後私も抜けたし、あとは高千穂も横浜方面に行ったから、同年代が朝乃しかいなくなって、でかい顔できるようになったんでしょ」

「え、まって、いつの間に辞めてたの??」

 初花も、進達と肩を並べて一線を張っていた。従弟の怪我云々よりもそちらの方が驚きだ。

「2ヶ月前くらいかな? すぅ君が辞めてから引退ラッシュ。よっさんもやめちゃったし、あとトシも」

「え? なんで?」

「なんか2人でミュージシャンになるとか言って。多分、すぅ君に便乗でしょ。私もそうだったし」

「俺が辞める時いろんな人からめちゃくちゃ怒られたんだけど……。あの時の心労返してほしい……」

「まあまあ。多分、みんな羨ましかったんじゃないの? 超ブラック組織だし。キッパリと辞められるなんて、ねえ」

 人の妬みというのは恐ろしい、それこそ妖のソレよりもだ。

「いやまあ、うん」

 進が魔法使いをやめたのは、その魔導庁とかいう組織がブラックだったからと言うものの他にもあったのだが。余計な事を訊かれてもいないのに言うことは無いから、黙った。

 こういう時、辞めた理由を訊くべきかどうか悩んだ。何となく気にはなるが、それは訊いて良い理由なのか。

 便乗、と言っていたが。

 無難なのはここで話題を変える事だ。

「そういえば、亮平が入院してる間、みなはどうしてた?」

「美夏? しばらくずっとアイツに付きっきりになってたけど、最近は仙台に帰ってる。どうして?」

「一応気になったって言うか。みふの妹だし」

「ああ、そっか。今でも美冬とは契約してたっけ。この間も一緒に来てたし」

 と言うよりは、一緒に住んでいる。

 隠している訳では無いが言いふらす事でもなく、進と美冬が一緒に住んでいる事を知っているのは、極一部の人間のみで、せいぜい姉の朝乃と、美冬の両親くらいだ。

 進の両親にすら伝えていない。

「こんなことを言うのも野暮だけど、なんでまだ美冬と居るの? もう妖退治をする訳でもないのに」

「やっぱみんなそれ言うんだな。みなにも言われたし、それ」

「だって、ねえ、使い魔じゃん? 悪い言い方だけど、人間にとってはアレは戦う道具で、腐っても妖だし」

「縁ってのはそう簡単に切れるものじゃないってこと」

「そうだけど……」

 初花は不満そうにした。

 言いたいことはもっとあるが、気を使って言わない、と言った様子。

 

「あー、話終わった? ちょっといい?」

 と、本当に丁度よく教授が2人を呼んだ。

 まだ実験は続けたいらしく、こんどは外にでてもっと大規模にやりたいのだとか。

 グダグダと不毛な話をするよりはマシで、普段なら「まだやるんですか」と文句を言うレベルなのだが、今回に限ってはその文句は出なかった。

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