第31話 じゃあ、子供が欲しいです
その後はモノの見事に何も無く、進と美冬は、日が傾く前には帰宅した。
美冬のリクエスト通りに、ネットで評価が高かった店でパスタを食べ、美夏と亮平にケーキを買って、病院に戻って渡したら長居する意味もないのでさっさと解散した。
その後、美冬はやけに静かになった。
家に着くつとすぐに、珍しくもキツネの姿になった。この季節は、毛皮が暑苦しいと殆ど人の形態で過ごすのだ。
そんな姿で彼女は何をしているのかと言うと、進の胡座の上を占領し、彼を拘束していた。
狐は、大きさで言うと柴犬ほどで、重さはそれよりも軽い。その程度の華奢な体躯をしている。人間の胡座の上にすっぽりと収まるサイズではないが、腰以上は収まる程度に占領が可能となる。
さて、どうして彼を拘束したのか。
理由は簡単であるが、彼女は口に出さない。解れ。解った上で適切な言動をしろ。という無言の主張である。
進は「甘えたいのか」とチンケな判断の下、適当に頭や首元を撫で回してみる。
だが一方の美冬は当然満足など行っていない。撫でられる事は吝かではなだがコレジャナイのである。
「そういえば、こんどみふの誕生日だよね」
そして早くも話題の方向性が望んだ方向の真逆を行き、美冬はもう色々諦めた。
そして実際、今は8月の中旬で、そして美冬の誕生日は8月22日なのでもうすぐと言えばそうなる。さて、ここで夏生まれの美冬が、名前に冬の字が入っているのか。これは彼女の実家である月岡家でも大きな謎として残っている。加えて、妹の美夏の誕生日は12月2日であり、彼女もまた季節と名前が一致していない。この姉妹の名前を入れ替えた方がむしろしっくりくるのだ。
一説によると、どこかで美冬と美夏の姉妹が入れ替わった……というものがあるのだが、真相は未だに明らかにされていない……。
「そうですね。美冬の方が年上になる期間が始まりますね」
因みに、進の誕生日は2月9日の早生まれなので、美冬より生まれたのは半年遅い。
「今の状況でそれ言われてもなんも説得力無いな」
甘えん坊の狐が、人間の膝を枕にしている状況である。
「そんなことよりさ、なんかないの。ほしいものとかさ」
「そこはさりげなくサプライズとかしてくれてもいいんじゃないですか?」
「だって、みふそういうの嫌いじゃん」
「そういうわけでも。まぁ……好きでもないですけど」
一昨年にサプライズをしたら、見事に嫌な顔をされたのが、進にとっては痛い教訓である。
だが美冬の内心では、サプライズ云々よりももっと気づくべきことがあるだろ、と悶々とするのだ。
真に嫌がってるのはそこじゃない、と。気付け、察しろ、と。
「んん……。欲しいものですか……。5000兆円?」
「ごめん無理」
「まったくだらしない男ですね。じゃあ、子供が欲しいです」
「人間と妖じゃ遺伝子構造違いすぎるから子供出来ない……って、なにいきなり」
とんだ爆弾発言である。
まるで冗談でも無い風に、あたかも、これが一般常識であるみたいに言うから進もそのまま冷静に返したのだが、タイムラグがあってぶっ飛んだことを言われたことに気付いた。
「冗談ですよ」
「冗談んん〜にしてはキツいなぁ……」
「半分くらいは」
「ん゛っ ん゛ん゛」
以前にもこんなやり取りをした。
だが、今回ばかりはなにも出来ない。
「もうちょっとマトモなの無いの?」
可能な範囲での金銭で解決できるものが好ましいのだが、生憎と美冬は物欲というものをあまり表に出さない性分だ。物欲よりも、食欲の方が旺盛だったりする。
「じゃあ……千葉の谷津っていう所に、すごく美味しいロールケーキがあるお店があるらしいので、そこのケーキ……」
だからこういう結論になってしまうのだ。
「ケーキはプレゼントとは別でしょ」
誕生日は、プレゼントとケーキが揃って然るべきだという進の信条。
「じゃあ、どこか適当に、デートしてください」
結果、こうなるしかない。
美冬は若干いじけている。
誕生日だからと言ってモノが欲しい訳では無い。
いつも通り過ごせればいいのだが、バカで鈍感な主は解らない。
自然と、鼻から息が抜けた。
「じゃあ、海でも行く?」
ふと、進がそんなことを言った。
「……海デートですか?」
「この間、海とか行きたいって言ってたじゃん?」
そう。美冬が家に押しかけてきた日の夜。進が「夏休みにどこか行きたいところある?」と訊くと、美冬は「海とか行きたいです」と答えていた。
進はそれをしっかりと覚えていたが、なかなか叶えてやれていなかった。
そして美冬は驚いた。
そんなことまで覚えていたのか、と。
だが、取ってつけただけで、別に本当に海に行きたかった訳では無い。今も大して行きたいわけではない。
だが、すごく妙な気分になってくる。
美冬は起きあがって、狐らしい猫目で進を直視した。
「嫌です。あまり人前で肌見せたくないですし。海混んでますし。日焼けしたくないですし。尻尾洗うの大変ですし」
そしてきっぱりと断ってやった。嫌なものは嫌だと。
「じゃあ、どうする?」
進はそれで「なんだよ」みたいな嫌な顔はしない。一方で代案を求めてきた。
だがそんなものは美冬の中では決まっていた。
「おうちでゆっくりしたいです。2人で」
適当にデートだってしなくても良くて、いつも通りが良い。
「わかったよ」
進は諦めた。
ケーキだけ買ってきて、ロウソク立てて、それでいいか、と。
「じゃあ、ちょっとプレゼント前借りしていいですか?」
だが、もらうものは貰っておこうと思った。
そのために起き上がったのだ。
狐の姿も、いつも通り人の姿に戻って、人らしい黄色い狐目で、直視し直した。
進は心底不思議そうな顔をして、滑稽さを醸し出す。
ムカついたので、美冬は、その馬鹿面の唇にかぶりついてやった。
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