第30話 会わせませんよ?

「ダメですよ、ご主人様? 会わせませんよ?」

 引き攣るほどに見開いた美冬の目が、進の恐怖に泳ぐ眼球を捉えている。

「み、みふちゃん? どうしたのいきなり?」

 その光景には朝乃も困惑するが、その声には美冬は一切の反応を示さない。

「別に会わないし、会ったところで何も無いよ」

 と、ここは冷静に、恐怖しながらも気持ちを落ち着かせて最適解を進は絞り出した。

 だが、最適解過ぎた。

 その会話と文脈に合致しすぎる言葉故に、美冬も誤魔化しではないかと疑ってかかる。

 人の多い病院のロビーだと言うのに、この一角だけ妙な緊張感が走る。

 その時だった。

「あれ? すぅ君? 朝乃? どうしたの?」

 と、ここで正しくと言った具合に登場。

 声の主は当然、日戸初花その人だ。

 進が気付いて振り向くと同時に、彼女の姿を捉えた。

 シャープとまとめられたポニーテールに良く似合う、切れ長な目。夏らしく露出の多い服装は、スラリと伸びた四肢を遺憾無く見せ付ける。

 相も変わらず美しい。

 彼女は、両手に亮平の荷物らしい大きな紙袋を抱えている。外は暑いのか、額は汗が滴っていて、匂いを隠すためか、彼女が近付くと制汗剤の甘ったるい匂いが鼻腔をつく。

「すぅ君も美冬も、わざわざ見舞いに来てくれてありがとね」

 律儀にも、進と美冬にも目を細めながら礼を言った。

 その後は、朝乃と2言ほど言葉を交わし、荷物があるからとエレベーターへ向かっていった。


 たった一瞬のやりとりであったが、その間に受けた美冬のダメージたるや、想像に難くない。

 引き寄せの法則とでも言うべきか、噂話をしていたら即座に本人が登場という展開。

 同時に初花の発言を聴いた。

 最初に「すぅ君」と、進の名前を出した。

 心臓が絞まる感覚。  

 ほぼ無意識のうちに、主の手首を握る。離さないためか、離れないためか。以前に覚えた恐怖と不安が蘇ってくる。

 脳内がざわついてうるさい。

 

「みふ? 大丈夫??」

 そのざわつきは、やっと主の声で掻き消された。

 心配そうな顔で覗き込んでくる。

「すみません……。ぼーっとしてました」

 とにかく、誤魔化した。

 気丈に笑って見せて「そんなことよりお腹すきましたよ。パスタ食べたいです」と話題を本来あるべきものに軌道修正した。

 未だに神妙な顔を続けている進は他所に、朝乃も「うん、調べるから待って」と若干慌てながらハンドバッグからスマホを取り出す。だが、すぐに、この場が病院のロビーで人が行き交う場所であることに気づき、とりあえずの移動を開始した。

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