第29話 今、お姉さん地雷踏んだ?

「んで、お前らホントにオレの見舞いに来てんのか?」

 さて、ベッドで大人しくしている亮平がそう嘆くのにも、理由はあった。

 まず美冬と美夏だが、進を守るか奪うかの睨み合いを展開。一方で進と朝乃の姉弟は完全に二人の世界に入り込んで、姉弟らしく、普通に「みふちゃんとはどうなの?」とか「2年になったら文理選択どうするの?」などなど……当たり障りなくも重要な、家族らしい会話を繰り広げている。

 そして、亮平は誰にも相手されず寂しく瞑想していたが、シビレを切らした、ということだ。

「確かにそうだねぇ〜。じゃ、リョーペー放っておいてみんなで美味しいご飯食べに行こっか。 せっかく御茶ノ水まで来たんだし?」

 そこで天才なまでの名案を出したのが朝乃だった。

「なぬ!? ちょ、おま、アサノヒデェ!!」

 そんな亮平の悲痛すぎる叫びなど意にも介さず、朝乃は他の3人を連れ出そうとする。

進と美冬は腕を引っ張られ、そそくさと強制退場となるが、美夏はその場に留まった。

「みな? 行かないんですか?」

 美冬が振り返って訊くが、美夏は首を横に振った。

「お腹すいてない」

 明らかな誤魔化しと言い訳で、朝乃がすぐに「じゃあなんかお土産買ってくるから待っててね〜」と気を利かせて、残りの2人を連れ出した。

 

 †

 

 エレベーターの中は何故か静かになる。

 病室がある9階から1階まで、微妙に長い時間を、3人共無言で乗り続ける。

 途中の階で何度か止まり、何人か人を載せ、そしてやっと1階のロビーに到着する。

「熱源が密集するとさすがに暑かったね」

 そしてエレベーターを降りると同時に会話が始まるのも、よくある話。朝乃の当たり障りない言葉だった。

「進が魔法で熱を吸収してくれたら涼しくなるのにね?」

 そんなことをニッコリと言う。

「それ俺だけが暑くなるやつじゃん。嫌だよ」

 そして進も笑って返す。

 その間、後ろをとぼとぼと歩く美冬は姉弟によるアットホームな会話に入れず肩身狭い心境にあった。3人で居ると1人が省かれる、いつものやつだ。

「そういえば、叔母さんとかは来てないんだ」

 従弟の見舞いに来て、未だにその両親、そして姉を見ていない。

「キョーへーの荷物取りに行ってるの。入院、長くなりそうなんだって」

「そんな酷い?」

「足ポッキリいったから」

「あーそうだよな……」

 どのくらいのポッキリかは、部外者である進には定かではないが、かなりイッてしまったのだろうことはなんとなく察した。

 後遺症が残らなければ良いが、と若干心配になる。

「ぁあ〜」 

 そして他人の心配をしているところ、今度は姉の意味ありげな声音に、己の心配をし始めた。

初花ういかに会いたかった?」 

 瞬間、進の背中に冷や汗と、腕に鳥肌が立った。

「なんでその名前出すんだよ」

 その汗もチキン肌も、後ろからの殺気が原因だが。

 恐る恐る振り返ると、そこにはドス黒く、ハイライトが一切消えさった美冬の目とぱっちり合ってしまった。

「……え? 今、お姉さん地雷踏んだ?」

 そして、美冬の様子を見て朝乃が理解した。

 その名前は冗談でも決して出してはならない名前なのだと。

 特に美冬の前では。

 理由は至って単純で明快。 

 その、日戸初花という女性。彼女は、美冬の前の主であった。

 それと同時に、進の初恋の相手でもあったのだから。

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