第27話 【挿話】脂肪は全部胸に行くので問題ありません
呆気なかったと言えば呆気なく、長かったといえば長かった三日間は過ぎ去った。
祭りの後の、次の日の朝。
田舎の静かさは掻き消され、今は乗り心地最高の帰りの新幹線の中、同じ静かでもまた意味合いが違う静かさを感じていた。
昨日は祭りから帰ってきて、そのあと風呂に入って、テレビ見たり美冬の尻尾のブラッシングをし、ついでに美夏のブラッシングもし、姉妹がまた一悶着やっている間になぜかみふママの尻尾のブラッシングをして、寝た。
進はもうブラッシングのプロになれる自信ができた。将来はペットトリマーになろうか、なんて考えてしまうほどには。
帰り際、美夏としたやり取りを思い出した。
「みなはこれからどうするの? 」
と、馬鹿みたいな事を訊いてみて、最後に返ってきた言葉に安心したようで、冷や汗をかいたような。
「しばらくこのままでいい」
と。
さて、新幹線の中は行きとは違う車両でシートは自由席にもかかわらず両側2座席。ミニ新幹線と呼ばれる在来線区間も走る新幹線こまち。その分車幅も狭く設計されているから、こうした配置になるのだそう。
隣に知らない人が来ないから、とても快適で良い。
そして最高速度320km/h。速さは男のロマンとでも言うべきか、とくに鉄道マニアでもない進でも、窓の外を眺めたりして若干興奮気味。
「みふ、この新幹線もロボットになるんだって」
「バカなんですか。何はしゃいでるんですか。バカなんですか?」
行きにも同じやり取りをしたが、その時よりさらに辛辣になっている気がする。
「そんなことより、宇都宮で途中下車してギョーザ食べにいきましょうよ」
食に対してはものすごい欲と情熱を出す美冬であるが、お前の方がそこんところ馬鹿じゃねえか! と進も文句を言いたくなり、言っても喧嘩になりそうだからぐっとこらえた。
「家で良いじゃん。早く帰りたい」
「は? 本場で、他人が作った餃子が食べたいんですよ!! なんですか!? 美冬に自分で作れと!?」
主婦の言葉は重い。そしてこの妖怪狐はマジで食べに行こうと言っているのだ。
「じゃあ、俺がつ──」
「ご主人様が作ったのとかマジで不味そうなのでイヤ゛です」
「まず……」
最後まで言わせてくれないばかりか、さらに大打撃。
主人は悩んだ。主として、使い魔の気持ちは無下にしたくないのと、発言が一々重く、罪悪感を感じた。
「じゃあ……1回降りる……?」
「はい、降りましょ!」
「は、はい……」
†
途中下車というシステムはなかなか良い。仙台から東京までの切符を買って、条件さえ合えば、途中の駅で降り、またその切符で新幹線に乗れる、という旅行者に嬉しいシステム。
2人はそれを利用して宇都宮で一旦乗り、ネットで調べて評価が高いギョーザ屋を駅近で調べ、駅ビル内に面白いギョーザ屋あったのでそこに向かった。
とても混んでいて、並ぶのと待つのが嫌いな進はそれでおなかいっぱいになったのだが、目の前で正しく飯テロをうけている美冬は余計に腹を空かせた。
きっとその分美味いんだろう、と儚い期待を抱き、座って待つこと数十分。
そこの名物らしい、ネギと味噌タレで食べるギョーザ。醤油、酢、ラー油なんて要らぬ。味噌だ。味噌で食え。と、大いに味噌とネギが主張する。
待った甲斐は有り、味噌のしょっぱさとネギの薬味感、ギョーザの旨みが絶妙なハルモニーを──
「次行きましょう!」
美冬は早かった。美冬にとって味の感想なんてどうでも良かった。
美味けりゃいいのだ、美味けりゃ。
この店で済ませてとっと帰りたい進はものすごい嫌な顔をするのだが、米とギョーザ6個とスープでは、食べ盛り育ち盛りの美冬は物足りない。
それに、せっかくの来たのだから、といわゆる「せっかく病」を発症させた美冬は、あと2、3軒ほど回らないと満足しそうにない。
妖の食欲とは、恐ろしいのである。
進は言ったのだ。
「宇都宮なんか来ようと思えばいつでも来れるんだから……」
と。
だが、美冬はこう返した。
「次来た時に、また食べたいって思える店を探すんです!」
と。
一理あった。
進は基本的にすぐに折れるので、美冬のハシゴに付き合うことにした。
†
そしてあの後4軒付き合わされた。進の予想の、プラス一軒だ。流石の美冬も胃袋の容量が足りなくなってそこで終了した。
心も胃袋も満足な新幹線の中、宇都宮から乗れば東京までほぼ一瞬みたいなもので、上野に着き、そこから殺風景な地下を走り東京へ到着。
さっさと中央線に乗って早く帰ろう、というところで、美冬からパワーワードが炸裂した。
「ご主人様、今晩のデザート買っていきましょう!」
東京駅という、お菓子とスイーツの激戦区。
餃子でもう色々いっぱいなのにも関わらず、もう美冬は甘いもので頭がいっぱいになっていた。
「まじで太るよ……」
進はとうとう言ってしまった。
「脂肪は全部胸に行くので問題ありません」
そして、食べても食べても一向に育たない胸を張って美冬がほざく。
「それは……有り得ないだろ」
「は?」
目は黒く、本気の殺気。理不尽とはこのことを言う。
その後、進は、宇治抹茶たっぷりの一個700円と馬鹿みたいに高いケーキを買わされたのだった。
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