第26話 一緒に居るだけってさ、難しいよね

 祭りの喧騒から離れて、物静かになった暗い道。

 進は、余韻と言うよりは不完全燃焼感に苛まれていて、そのせいか、美冬と繋いでいる手がやけに鬱陶しく感じている。

 彼女は、先程からずっと、頑なに手を離さない。それにやけに遅い足取りで、進はそれに合わせている。


「ご主人様、喉、乾きました」

 突然言い出す。

 屋台通りだったら、なんでも買えたが。

「近くに自販機あったっけ」

「少し歩いたところに」

「じゃあ、そこでなんか買おうか」

 美冬は頷いた。

 中途半端に休憩だ。


 少し歩いて、車が全く走ってない大通りに面した蕎麦屋の、その駐車場にあった自販機の前に立つ。

 進が自販機に小銭を投入すると、美冬はそこで珍しくコーラなんか選んだ。普段、ジュースはあまり飲まないのに。

 暑いと、こういうのを体が求めるのだろう。

 だが、一口だけ飲んで、すぐに進に渡す。

 もう要らない。

 そして進は、その狐の飲みかけを飲む。いつにも増して、甘ったるい。


「あの、ご主人様」

 美冬が急にかしこまった。

「ん?」

「ちょっと迷ってたんですけど」

 手をもじもじさせて

「なに?」

「昨日のこと」

「ケンカ? まだ気にしてたの?」

 美冬は首を横に振った。

「ご主人様が美夏と話してたことです」

 ……。

「え」

 一瞬、コーラを落としそうになった。

 迷った、と言った意味がわかった。

「どこから聞いてた?」

「ゴミ狐ってところから」

「うわ……ほぼ全部。なんだ、起きてたのかよ」

 今になって、恥ずかしくなった。

 あの微妙過ぎる愛の告白を全部聞かれていたということだ。

 急に体温があがってきて、汗が出てくる。

「それで、それがどうしたの?」

「本当に、一緒にいるだけでいいんですか」

 まさかの、不安そうな態度で言われたのがこれだった。

「……は?」

「一緒にいるだけなら、美冬以外にも代わりは居ます」

 表面上の言葉だけ取ったら、そうなる。だが、本質はそうではない。

 そして、美冬もそれは解っている。

 解っているからこそ、意地の悪いことを訊いて、確証を得ようとしているだけ。

「ご主人様は、すぐ浮気します」

「いやしてないし」

「無自覚ほど質の悪いヤツは無いですよ」

 姉のことか、美夏のことか。

 別のことか。

 すこし、言葉を考える。

「一緒に居るだけってさ、難しいよね」

「?」

「俺なんか、普通一緒にいるはずの親からは逃げたし。いつも一緒に居るような友達居ないし」

「?」

「一緒に居てくれる人ってさ、ようは、俺の事受け入れてくれる人だけなんだなって、思って」

 同じ家に居てくれる。一緒に出かけてくれる。手を繋いでくれる。

 それは、並大抵のことではない。


 美冬は黙った。今の会話で、確証といえるほどに得られたものは無い。

 それだと、いつかは離れて行ってしまう。

 主は孤独だから、それを埋めてくれるものが欲しいだけだ。

 美冬でなくても、それは担える。

 それこそ、彼をもっと受け入れてくれる誰かが現れてしまったら……。

 それは、自分の上位互換だ。

 自分は所詮、ただの獣。そんなもの、すぐに捨ててしまえる。


「ぃゃ゛……」

 口から言葉が漏れた。

 すぐに気付いた。余計なことまで言ってしまわぬよう、口を噤んだ。


「え?」

 進は不思議そうな顔をしていた。

 恥ずかしいことを言わせておいて、勝手に落ち込まれては、不思議な気分にもなる。

 ここでうまいことを言えれば良いのだが、残念にも彼にそれほどの頭のスペックは良くない。


「なんでもないです」

 美冬は地面を見つめた。

 自己嫌悪に陥る。

 出そうになった涙を堪えて、進がコーラを飲み干すのを待った。

 彼が缶をゴミ箱に捨てて「行こうか」と手を伸ばしてきたところで、その手を掴み、指を絡めた。

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