第25話 自分の世話すらまともに出来ない人が何言ってるんですか

 人、多いな、と進は公園で待たされながら、道行く人を見て思った。

 当然だ。

 今日は近所の神社とその一帯で祭りが開かれている。今や東京でも絶滅危惧種。田舎でも元々多い訳では無い。そんな日本の夏の風物詩。

 その存在は、今朝みふママから教わったばかりだった。

 せっかくだからと美冬を連れ回そうと進は企んでいたのだが、みふママと美冬の2人から「先に行って、公園で待ってろ」と言われ家を追い出され、蒸し暑い夕方の頃、こうして屋台直前の公園で焦らしプレイを受けていたのだ。


 どうせ浴衣でも着てるんだろう、こんな近所の祭り如きで気取るなよ、と勝手な予想で更にため息。


 進は祭りとか縁日などというものに憧れがあった。行かなかったし、連れていかれもしなかった。

 テレビで見るそれに憧れを持ちつつ、生まれてこのかた15年、ずっと待ち続けた祭りが、屋台が、ベビーカステラがそこにあるのだ。

 1人で先に行ってしまうか。いや、そんなことをしたら美冬にキレられる。


 我慢。我慢との戦いだ。

 そしてその戦いを続けること数分。やっと解放される時が来た。


「ごめんなさい、お待たせしました」

 と、背後からカランコロンと夏らしい音を響かせながら、聞き慣れた声がかけられた。

 振り返ると、そこには見慣れぬ美少女が、照れ臭そうに立っていた。


「一瞬誰かと思った」

「それどういう意味です?」

「さあ?」

 相も変わらず白い、プラチナキツネだ。

 長い髪は、浴衣に合うようアップにして、ウェーブをかけて普段とは違った趣き。

 浴衣も白く、だが紫の帯と、散りばめられた桜色の花がより華やかに、より妖艶に少女を彩る。


「とにかく早く行こう。さっきからめちゃくちゃいい匂いしてお腹空いた」

 見ているだけで照れくさくなりそうで、進はさっさと歩き出した。後ろから慌ただしく追いかけてくる音がして、直後に左手を奪われた。暑苦しくも、控えめにきゅっと握ってくる。

「ほんと、ご主人様は最低ですよっ。こんなにも美冬が頑張ってるのに無視なんて」

「はいはい」

「照れ隠しなら、もっと愛想良くやってください」

 思いっきりバレていた。さすがは、女の勘。いや、長年付き添っているからか。

「うっせ! やかましい!」

 ならば愛想良くしてやろうと、進は空いている右手で、美冬の獣耳をカリカリしてやった。いつもは摘んですべすべするだけだったが、今回は思いっきり掴んで、カリカリしてやったのだ。

「にゃぁあぁぁきもいーーー!!」

 だから、美冬も嫌がって、耳をぴくぴくさせ手を振りほどこうとするのだが。

「無駄無駄」

 と進が執拗い。

「にゃぁああああ・・・」

 美冬、もう諦めた。

 猫のような溜息を出しながら、それでも繋いだ手は離さない。

「それマイブーム?」

「はぃ?」

「にゃーって」

「なんだか狐っぽくないですか?」

「え」

「え?」

「こんこん言わない?」

「馬鹿なんですか?」

 本気のジト目である。

 狐がこんこん鳴くのは日本の伝統だろ!! と文句を心の中で言いながら、耳から手を離した。


 †


「あ、射的」

 縁日の定番。

 進の目が光る。

「あれ当たっても落ちませんよ?」

 そして嫌な顔をされる。

「え、でもめっちゃくちゃやりたい」

 人生初に見る射的。

 やり方はもう予習してきた。コルク弾をつける前にコッキングすると、威力が上がるらしい。

「よし、やろう!」

 進がゴリ推した。


 射的はサバゲーではない。だから、銃床を肩に付けてなんて正しい持ち方は意味を成さないのだ。

 台から出来るだけ身を乗り出し、銃を突き出し、利き手の腕力で頑張る。

 その際、フロントサイトとリアサイトは目標と重ねない。目標より少し上くらいを狙うのだ。

 距離が極端に短く、そして弾も落ちるので、それでいい。


 残弾は4発。

 目標、キャラメル。

 全てを当てる気でいけ。

 まずは一発目

 ハズレ。だが弾道特性は掴めた。

 二発目

 命中。だが根元で有効にあらず。

 三発目

 ハズレ

 四発目──

「貸してください」

「な!?」

 弾を込め撃とうとした矢先、美冬に銃を強奪され、さっさと撃たれ、そして綺麗に命中し、キャラメル箱が落ちる。

「こんなもんですよ」

 美冬は銃を肩に担ぎ、ドヤ顔をキメた。

 それにおいて、主の面目は無く、進にとって人生初の射的は撃沈に終わった。


 †


「みふ! 金魚掬い!」

 また面白そうなものを見つけてしまい、ガキのごとくはしゃぐ15歳男子高校生。

「掬ってどうするんですか? うちじゃ飼いませんよ?」

 それを呆れ顔で制する使い魔。

「俺が世話する」

「自分の世話すらまともに出来ない人が何言ってるんですか」

 使い魔兼、保護者。呆れるを通り越し頭を抱えた。

 家にいる時は朝昼晩と食事は美冬が作り、他の家事もほぼ全て美冬がやっている惨状。そんな中、ほぼヒモみたいな野郎が金魚の世話など出来るはずがない。

 進はもう何も言い返さなかった。というか言い返せない。まったくもってその通り過ぎて。

 だが、憧れの金魚すくい。


 泣く泣く目の前を通り過ぎた。


 だがその4つ隣の屋台にはヨーヨー釣りがある。

「あ、じゃああれは? あれ生き物じゃないし!」

 早速目移り。

「そんな年甲斐も無くはしゃいでどうしたんですか」

 子供を見る目で美冬が失笑。

「年甲斐って、まだ15の遊び盛りなんだけど!? それに、こういう祭りみたいなの人生初だし」

「そうだったんですか?」

「まあ、うん」

 進はこれにとどめた。口がすべって余計なことまで言いそうになる。

 一緒に行く友達が居なかったとか、親も連れて行ってくれなかったとか。

 どちらかといえば、友達が居なかったという方が精神的にキツいが。ただのぼっちじゃねえか、と。そして今の高校でも大して変わらない。

 今は、使い魔とリア充しているからそれで良い。

「ねえ、みふはなんかやりたいことないの?」

「んー、特には」

「え、せっかくの祭りなのに?」

「それより人酔いする前に静かなところに行きたいです。もう雰囲気は堪能しましたし」

 美冬は変なところで大人で、ドライだ。まさに進と正反対。

 美冬が本当に嫌そうな顔をし始めたので、進も無理して遊びたいわけもなく、早々に切り上げて、2人は通りを離れた。

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