第24話 この甘えん坊さんめ

 翌朝起きて、進は今日がまだ三日目だと気づいた。

 昨日一昨日と、やけに長かった気がして、今日帰る気分だったが、そうもいかない。

 みふママには、4日分の着替えを持ってこいと言われていたから、計算では明後日まで居させられることになる。

 だが、もう明日には帰りたい気分だ。

 そしてこの瞬間、遅くても明日には帰ろうと決めた。

 冷蔵庫の中身が心配だ。

 一昨日に、美冬の実家から届いた野菜は、きっと姉が全部もっていってくれたはずだ。

 野菜を届けた日に急に泊まりで呼び出すんじゃねえ、とか進と美冬は2人して本気で訴えた。

 だがほかにも、牛乳とかヨーグルトとかは消費期限ギリギリだろうか、アウトだろうか。

 姉には「消費期限やばそうなの持って行って!」と頼んだから、多分大丈夫だろうと言う楽観視。

 姉をわざわざ立川の家まで御足労させる弟の鑑である。



 一時期1人暮らしをしていただけあって、若干主婦っぽい思考が持てる進であるが、そちらの心配は美冬の方が圧倒的に多いだろう。



「あの、ご主人様」

「ん?」

「実は一昨日、豚肉買ってたんですけど」

「まじか。たぶん姉さんが持ってってくれたよ……」

 ちなみに、これが朝寝起きで、布団の上で一発目にした会話であった。



 昨日と一昨日はずっと忙しかったり、あと、まあなんとかなるだろ、の精神で二人とも気にしていなかったのだが、こうして時間が経ち、色々余裕が出た頃に思い出して、恐怖するのだ。



「そんなことより体は? 昨日あれからずっと寝てたでしょ?」

 と、冷蔵庫の中身も重要だが、美冬の体も重要だ。

 寝起きであっちの心配ばかりしていた進であるが、頭が回ってきてから気付いた。

 治療していた昼過ぎから、美冬は今朝までずっと寝ていたことになる。

 美冬は「大丈夫です」と端的に返事をして、腕を曲げたり伸ばしたりする。

「あの、ご主人様は、怒ってないですか? 昨日のこと」

「こう見えて実はめちゃくちゃ怒ってるけど」

「ごめんなさい」

「とりあえず、で、どうなの、気分的には。あんだけ一方的にボッコボコにされて」

 実際は、寸止めで終わらせてもらっていたが。むしろ美冬の自爆に近いが。

「よかったんだと思います。多分」

「そっか」

 格好つけて言うならば、己の弱さの証明。

 実際はただの八つ当たりだったろう。

 だがそれでも、決して適わぬ相手にも果敢に立ち向かって、ちゃんと最後まで戦いぬこうとした姿勢。

 進には、決して真似出来ない事だった。

 そんな彼の自己嫌悪を知らない美冬は、ふと何かを堪えた。



 進は、美冬の頭に手を伸ばした。しゅんと垂れた耳が妙に悲しくて、触りたくなった。

 だが、彼が触れる前に、美冬の頭が動いた。

 美冬の体重が軽く乗っかってきて、きゅっと腕が回されえる。進の硬い胸に、美冬の頭がコツんと当たり、すりすりと押し付けられた。

「この甘えん坊さんめ」

「にゃぁぁ」

 これは狐の鳴き方として正しいのか。だが、実際の狐がこうやって鳴くのだから仕方ない。

 だが、鼻をすする音は、これはまた別か。

 この甘え上手も、美冬の美徳。



 進も、背中を軽く抱き返し、耳を撫でる。



「この姿勢ちょっと辛いです」

 途中、美冬の文句が入った。仕方ない。お互い座っている状態で、美冬が頑張って背中を伸ばして抱き合っている状態だ。

「辞める?」

「や゛です」

 すると、美冬が無理やり進の胡座の上に乗っかて、そのまま体重をかけて押し倒す。

 布団の上だから問題ない。

 そのまま覆いかぶさるようにして、進に体を委ねた。





「あんたら朝から何してるの?」

 ここで、みふママ登場だ。

 勝手に開けられた引戸から、ジト目で2人を見ている。

 ここは美冬の実家で、あいにく二人きりのプライベート空間ではない。

 だが美冬は強かった。

「邪魔です。あと3時間は放っておいてください」



 それは流石に進が嫌がって、その場で終了となった。

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