第23話 何の取り柄もないゴミ狐

 治癒魔法が何よりも得意な進にとっては、たかが魔力が暴走しかけて体が痛んだくらいの損傷など簡単に治せた……という体で美冬に説明したが、実はかなり必死に頑張って治した。

 治癒の魔法とやらは、かすり傷程度なら余裕だが、本格的なものになってくると結構大変になってくる。


 美冬は治療し終わった後に眠ってしまった。眠ったと言うよりは、気絶に近いが。


「あんなことしてたら、みなにバカって言われても文句言えないからな」

 寝ている美冬の頬をつついた。

 なにがどうして、いきなり喧嘩なんか売ったのか。自分が美夏に勝てないことなんかわかりきっていたろうに。

 むしろ、傍から見ればただの逆ギレ。

 それで、自分の体を壊しながら喧嘩するなんてバカにも程がある。

 美冬はそこまでプライドが高かっただろうか。


 いや、考えればそのくらいの理由すぐわかるのだが。

 なんとなく、それを認めるのが嫌で美冬に申し訳なくなったから、進はとりあえずピンと立ったケモ耳を触った。

 魔法は下手でも、耳の触り心地は最高なので、彼女に対する評価はプラマイゼロというかむしろプラス。


「すぅ? 大丈夫?」

 と、いきなり部屋の戸が開いた。

 そこに居たのはみふママで、娘の様子を見に来たのだりう。

「とりあえず、あとは寝て食べて体力戻せば──」

「そうじゃなくて、あなたね」

 ついでにか、進を心配してきた。

 嫌なものを見て、聞かされて。

 進だって、多少疲れた。

 だが、それだけだ。別に何も気にしていない。


「どうだったの、この子」

 あの姉妹喧嘩を見ていたのは進だけ。みふパパもみふママも見ていない。

 姉妹喧嘩の末に姉が負けて、血反吐を吐いてぶっ倒れた。それで終了の話。

「すごかったよ。同時に2つも憑依させてた。美冬のくせに、1人ですごく頑張ったと思う」

「そう。美夏のほうは?」

「あいつもあいつで、相変わらず天才だった。抜刀を詠唱しないで瞬時に切り替えられるから、大したもの」

「そう…… 」


 進は立ち上がった。

 寝てる美冬の耳をモフってたって、退屈なだけ。

 美冬に背を向けて、「水飲んでくる」とだけみふママに言って、部屋を出た。


 †


 庭に面した縁側に座って、ぼーっとしていた。

 庭に面白いものなんて特にない。本当に何となくそこに座っていた。


 稽古が終わったらしく、生徒達が庭を通って帰っていく。

 いつの間にそんな時間か、とスマホの時計を見た。


「──っ?」

 気付いたら、隣に美夏が座っていた。相変わらずの隠密スキル。気配を消すことに関しても美夏はかなり上手い。

 まるで映画の特殊部隊、アサシン。いや、幽霊か。

「まじで驚かさないでよ」

「すぅ様が鈍いの」

「えー?」

 相変わらず辛辣である。そこは姉妹で似てるか。


「ねえ、あれでもみふ姉えと一緒にいるの?」

「え、まだ諦めてなかったのそれ」

 こっちの方が進にとっては驚きである。

「そりゃ、お互いに飽きるまで一緒にいるんじゃないの?」

「なんで?」

「なんでだともう?」


「……好きだから?」


「わかってんじゃん」


 美夏も子供じゃないし、というか情報メディア発達してテレビつければ恋愛ドラマやってるこのご時世、気づかないほうが無理という話。

「なんで好きなの? あんな何の取り柄もないゴミ狐」

「うっわっすっごい辛辣」

 姉に一切容赦がない妹。

「いいか? みな? 好きだ何だに、理屈は要らないんだからな?」

「きもい」

 女子って怖い。


 だが、美夏も気になるところだ。彼女も、誰かの使い魔であり、使い魔が主にどう思われてるかは重要な事であるし、だからこそ、他所の関係がどうなのかも気になる。

 とりあえず、進は辺りを見回した。これから言うことを美冬に聞かれたら恥ずかしすぎて自殺のレベルだ。

 先程気絶したばかりだから、おそらくは大丈夫、という生ぬるい確証の下、話を続けた。

「みふは、なんかあっても結局はずっと俺の傍に居てくれるから、大事にしないとなって思った」

「それだけ?」

「もっといっぱいあるけど、1番大きな理由はこれかな」

「なにそれ」

「ふとした時に隣にいてくれるとかさ。精神的に辛い時とか、いざって時に頼れる唯一の相手だったり」

 以前、何度か助けられたことがあった。

 最近で言うなら、高校受験の時、1人暮らしを始めてすぐの時、ただ彼女の存在しているという事実だけで大抵助かってきた。

 そして言ってやはり恥ずかしくなった。

「一緒に居るって、大事だなって話でした。以上、終了」


 進は立ち上がって、台所へ逃げた。そうだ。当初は水を飲むと言ってこっちまで来たのだ。それをすっかり忘れ美夏と喋りこんでいたわけだ。

 今日だけで、2回も愛の告白をしているという惨状。しかも、いずれも本人が居ないところで、そして本人の父親と妹の前で、だ。


 ところで、縁側に置いてきた美夏はと言うと、まだそこに居る。

 進の言葉を彼女なりに咀嚼しようとしているのか。


 進は、他人の心境を察せないほど馬鹿ではない。

 なぜ美夏が自分を主にしたがるのか。それは姉に対する対抗心と、また別の方向からくる嫉妬に似た感情から来ている。

 美夏は、進の従弟の使い魔だ。

 だが、残念なことに、2人の仲は進と美冬ほど良くはない。

 2人は喧嘩ばかりしていた。

 だが、もっと昔の記憶では、美夏は従弟をとても良く慕っていた。

 2人はお互い微妙に大人になってしまった故に、距離感を掴めなくなった。

 心の奥底では、美夏は彼女の主を慕っているのだろう。


 それが叶わないから、姉を羨んだ。


 大した実力も無い、出来損ないの姉が、自分には与えられていないを与えられているという状況に。


 短絡的だがわかりやすい。


 進は冷凍庫を開けた。

 昨日買ったアイスが、また食べずに残っている。

 その中の、美夏が選んだチョコ味を取って、スプーンも持って縁側に向かった。

 そして、縁側に座ってボケっとしている美夏の頬に、アイスを当ててやった。

「ひゃっ」

「さっきのお返しな」

 先程驚かされたので。

 美夏は進からそれとスプーンを受け取って、早速蓋を開けた。

 まだアイスの表面はカチカチに硬い。少し時間が経てば、ちょうど良く柔らかくなって、美味しくなる。


「さっきの話だけど」

 それまで、もう少し喋ろうと思った。

「喧嘩するほど仲がいいって話も有るよね。みなと、みなのご主人みたいに」

「うっさい」

 マジで睨まれた。

 やっぱり、女子って怖い。

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