第22話 やっぱり、バカ……?
手を出すなと言われ、進は見守ることに徹した。
他が練習している中、庭に出た姉妹はお互いに竹刀を持って睨み合う。
姉からは白い魔力、妹からは黄色い魔力が漏れだし、準備が整ったことを示唆する。
「抜刀」
「抜刀」
ほぼ同時に詠唱開始。
月岡家は代々より降霊術を得意としてきた。何を呼び出すかは、本人達の趣味嗜好による。
「姫鶴一文字」
美冬の竹刀が白く光り、背中は白と黒の羽毛が特徴の鶴翼が出現する。
「菊一文字則宗」
そして美夏の竹刀は黄色く輝き、足元は魔法の花が咲き誇る。
それぞれの伝説が、それぞれの竹刀と体に憑依する。
よりによって、お互いに1番得意なものだった。
ただただ美しい刀と、一度しか主に抜かれなかった刀。
双方の主も、上杉謙信と沖田総司。時代は違えど歴史に名を刻む、偉大な人物。
妙な戦いだ。
美夏は竹刀の刃を水平に構えた。
瞬間、美冬も警戒する。魔力をフル回転させて、いつ何が来ても対処出来るように──
遅かった。
一瞬で間合いを詰められ、切っ先が頭、喉、鳩尾、を“同時”に襲いかかろうとして来る。どれを捌ききれなくても、急所は持っていかれる。
だが、幸運にも美夏が場所に正確すぎた。動物の急所は、体の中心線、直線上にあり過ぎる。
竹刀に、回転させていた魔力全てを注ぎ込み、そして己の中心線に重ねて構えた。
竹刀と竹刀が強烈にぶつかり、エネルギーは美冬の体へ直に伝わる。だが、急所をやられるよりはましで、そのエネルギーを使って後方まで吹っ飛ばされてやった。
美夏は頭がいい。突きを躱されても間髪入れず反撃できるように、刀を水平にしていた。そのまま後方に回転切りできるように。
だが、それは伝説で語られる沖田総司の三段突きそのものだ。
美冬だってそれを心得ている。
衝撃を利用し、もっと後方へ逃げ切ってしまえば回り込まれる心配はない。
それでも、衝撃は衝撃に変わりない。痛みは伴い、体が軋む。
だが、見切れる。
魔法は下手でも、純粋な剣術や反射神経なら絶対に勝てる。
なら、パワーも勝ればいい。
「抜刀!」
主から昔教わったことがある。
抜刀は、瞬時に刀を変えられると言う利点がある。だったら、臨機応変に変えまくった方がいい。
わざわざ、姫鶴一文字を抜刀した意味なんて無かったが、仕方ない。
「骨喰っ!」
対面して素振りをしただけで、相手の骨を砕いてしまう刀。
そんなことがありえるわけない、というか、そのくらい切れ味が良いという例えだが、伝説は伝説。魔法を使えば余裕で再現出来る。
背中に生えた翼は消え去って、竹刀の光だけが残った。
邪魔な翼が消えたから、身軽でいい。
そしてもうひとつ。
「抜刀!」
竹刀以外に、刀がもう一振ある。
「童子切!!」
もふもふの尻尾が、殺気を帯びる。
──竹刀に出来て、尻尾にできないわけが無い──
理屈っぽい主が、頓珍漢なことを言ったことがあった。
だがその通りだ。刀じゃない竹刀に刀剣が憑依できるなら、ある程度長細いに尻尾だって出来ていい。
下手だ何だと言われるが、これくらいの魔法なら出来る。
汗と鼻血が鬱陶しい。
近付いてみろ、2方向から挟み斬ってやる。遠のいてみろ、素振りで骨を砕いてやる。
威勢の良い空元気で、まともに動かない身体で相手の出方を待つ。
一方の美夏は、黙って腰に竹刀を構えた。
居合の構えだ。
あくまで、距離を詰めに来るか。
美冬に油断は許されない。今にも、少しでも気を緩めたら魔力が暴走しそうだし、集中が途切れれば憑依が解けてしまいそう。
魔力の回転を丁寧に留めるのにも精一杯。
下手なりの頑張りで、あの余裕をもった天才の妹にどこまで通用できるか。
動いた。
決して目で追えない速度ではないが、速い。
逆に言えば、捕捉出来る。
近付かれる前に、竹刀を振るう。骨喰の伝説が衝撃となり、空間を歪め引き裂きながら、美夏へ果敢に向かっていく。
その時、美夏の竹刀が〝変わった〟
無詠唱での抜刀術。複雑な降霊術を、無言で成せてしまう実力。
それに加え、何を憑依させたのかわからない。
瞬間、雷鳴と共に眩い光が美夏の竹刀から発せられた。
視界が真っ白にまり、目が眩む。
だが、視界が無くなっても狐には聴覚と嗅覚がある。些細なことだ。
だが、そんな些細なことでも、ひとつの感覚が一瞬失われ、それにつられあらゆる集中が途切れた事が命取りだった。
美夏が背後に回り込んでいた。
骨喰の衝撃は不発に終わったか。
だが、尻尾の童子切がまだ宿っている。背後に回られたならば、なお好都合。
酒呑童子を斬った刀と、語呂の良さ。
迫る美夏の刀を尻尾で受け止め、見えない同時切りを彼女の背後から突き立てる。
だが、それが甘かった。
その見えない刃は、美夏の尻尾でもって受け止められた。
そして、その瞬間、彼女の目に殺気が宿る。
美冬が気付くのに一瞬遅れた。
その一瞬で勝負はついてしまっていた。
後方にばかり集中していたから、美夏の魔力が切り替わったのに気づかなかったから。
美夏が、童子切を抜刀していた。
「っ──!?」
鈍く弱い痛みが、左あばら骨を叩いた。
限りなく手加減した突きが、丁度心臓の場所を打つ。
勝負は終わった。
美冬に出来ることが、美夏にできないはずが無い。
背後から切りかかり、正面を突く。つまり同時切り。
美夏が加減しなければ、確実に死んでいた。
そして、美冬と同じ戦い方。
完全に、美冬の負けだった。
美冬は一気に力が抜けて、その場でくずおれた。
魔力が暴走しかけていたおかげで、体は既にボロボロ。
四肢の筋肉は酷く痛み、骨は軋み、内蔵がやられて口から血反吐が出る。
一方の美夏は、魔力の回転を止めてから竹刀を収め、姉から距離を置く。
そして汗ひとつ垂らさず、平然として姉を睨んだ。
「やっぱり、バカ……?」
呟いたが、それに反応する者は誰もいない。
終わったか、と傍観していた進が一歩歩き出して、美冬の元へ向かった。
咳き込む彼女の背中をさすってから、抱き上げた。
「みな、流石にお前は強いな」
進はそれだけ言って、庭から家の縁側に上がり、美冬の部屋に向かう。
取り残されただけの美夏は、妙な後味の悪さを感じつつ、置き去りにされた姉の竹刀も持って道場に向かった。
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