第21話 抜刀
みふパパが言っていた“手伝え”とは、つまり組手の相手をやれということだった。
午後になると高校生や大人も稽古に参加してくる。美冬と進はそれらの相手だ。
地元の神社に務める、陰陽師の男子高校生が相手。
美冬は、彼の名前程度は知っているがどんな魔術、妖術を使うかまでは詳しくは覚えていない。
そこそこ強かったことは覚えている。
と、言うよりはそこそこ強そうな雰囲気は出している。自信に溢れ、そして見下してくるような雰囲気だ。
地元の中では敵無しなのだろう。
美冬は竹刀を軽く握りしめ、構えた。
挨拶なんかしない。お互い、いつ仕掛けるかの睨み合いだ。
実戦において、悠長に礼儀作法を重んずるものなど、極一部の者のみ。
それだって、心理戦に持ち込まれる。
美冬の背後にはしっかりと主が付き添い、魔力を流し込んでくる。
うっすらと漏れていた白い魔力は、進の赤い魔力と合わさり桜色へと輝きを変える。
彼女の魔力へ捻れこんで、干渉し、操る。
「────急急如律令!!」
「抜刀、童子切」
陰陽師と狐の声が重なる。
普通の魔法であれば詠唱は必要無い。だが複雑化した魔法や妖術となっていくと、言葉に魔法を添える言霊という意味で、簡単な詠唱を唱えた方が都合が良くなっていく。
陰陽師は五芒星の陣を構え、美冬はそれに突進していく。
最新の陰陽術と、伝統的な憑依魔法のぶつかり合い。
陰陽師が唱えたのは、相手への攻撃と自分の防御を同時に行う陰陽術。
対して美冬は、抜刀という憑依呪文に、その対象を唱えただけ。天下五剣に数えられる童子切安綱を、その伝承にある力をそのまま竹刀に憑依させる、単純ゆえに、詠唱を要する魔法の中でも比較的簡単な妖術、もしくは魔法。
かの大妖怪、酒呑童子を斬って捨てた刀であれば、大抵のものは斬れるだろう、語呂がちょっとかっこいい、くらいの適当な選択だ。
そう、語呂が大事だ。
近年流行りだした漫画なりゲームなりで、童子切の知名度が妙な方向で広まり、属性が付与された結果だ。
美冬の竹刀の剣先が陣に触れた瞬間、その陣からは彼女を穿かんと槍が飛び出す。
だが、残念ながら寸でで間に合わなかった。
陰陽師の脇腹には、もう一振の竹刀が叩きつけられ、そして吹き飛んだ。
前と横、同時に斬る、同時切り。
この適当さが魔法を強くする秘訣だ。
そして、その一撃で組手は終わり、脇腹を強打した陰陽師はしばらく動けなかった。
†
その後、美冬は暇になった。
実際に地域では最強らしい陰陽師を一撃で倒してしまった美冬に相手をしてもらいたがる命知らずは居なかった。
なので、道場の端っこに座り、退屈を満喫していた。
隣では、同じく進も暇人していた。
「ねえ、おれらだけで帰らない?」
「お父さんに怒られます」
「つら」
「それで、主の力で勝った勝利のお味は? ふだんは雑用しか手伝わないくせに」
と、ここで同じく暇そうにしていた美夏が挑発しにきた。
暇さえあればいがみ合っている、この姉妹。
「何が言いたいんですか」
「自分の力じゃ何も出来ないくせに、なんだか良いゴミブンだなあと」
「程度の低いシャレで挑発なんて、バカにされて終わりですよ」
そして美冬が今まさにバカにしている。
「まじでお前らやめろよ、みっともない」
そして隣に居る進が、ため息混じりに言った。周りに身内以外の人が大勢いると言うのに、まるで恥さらし。
と思いきや、周りにこれを気にする人は居なさそうだった。周りも慣れている、ということか。
間に立たされたもやし男にとっては、恐怖以外の何ものでもないのだが。
「やっぱり、すぅ様がお仕事辞めたの、みふ姉えのせいじゃん」
そして脈絡もなく、だが確信したように美夏が言い放った。それも、美冬を睨みつけながら。
どうして、そこまで姉を責め立てるのか。
進はそのわかりきった疑問を頭に浮かべながら、もう何も言わなかった。
美冬は妹を睨み返して、立ち上がる。
言い返しもせず、言い訳も出来ない。
いっそ言われてしまえば清々しい。
「ええ、そうですね。ご主人様が辞めたのは、美冬のせいでしょう。それで、だから何ですか?」
「なに開き直ってんの? そのせいで、すぅ様の立場がどれだけ悪くなったか知ってる?」
「は?」
「みふ、気にすんな」
別に、離れた組織であとから立場が悪くなろうが何ら害はない。
急に辞めて、周りに迷惑かければ多少なりとも立場は悪くなる。だがそれだって承知の上で辞めたのだ。それこそ、今更何だという話。
「ご主人様、止めないでくださいね」
その言葉で、美冬が今何をしたがっているのか進は理解した。
ため息が漏れる。
最早、説得不可能。
もう親族会議だとかなんだとか、勝手にしろ。
「ええ、ええ! わかりました!! もうわかってますよ!! 美夏、もうあなたに色々言われるのは飽きました」
「は?」
「剣を取りなさい。勝負です。あなたが勝てば、正真正銘美冬は弱いことになりますし、美冬が勝てばあなたが馬鹿だということが証明されます。今ここで、ハッキリさせましょう?」
「みふ姉え、バカにも程があるでしょ? 本気で言ってんの」
「ええ、本気です」
美夏はさらに姉を睨みつけた。
「わかった、相手になってあげる」
バカにするような視線はなく、単純に殺意を向けた目だ。
だが、対しての美冬は、目に涙すら浮かべていた。
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