第20話 炎の魔法から電気の魔法がすぐに完成する、っていう話でした

 月岡家は妖の名家である。

 代々より、人間に仕える為の使い魔としての品種改良をしてきた狐の家だ。歴史は古く、それは江戸時代初期まで遡る。

 だが、時代は移りゆき、木の枝のごとく広がった月岡家も消滅していき、れっきとした家として残っているのは、美冬のところも併せて3軒ほどとなってしまった。

 だがこんな時代ではそれでも名家だ。


 田舎といえど、人が居るし、魔法使いも少人数居る。

 進の実家と同様、無駄に広い敷地内に道場も備えた月岡家では週に何日か魔術、妖術、それに派生した剣術などの稽古を開いている。

 これに、近所の魔法使いの子供たちや霊術士、陰陽師などが通っている。


 当然、進も魔法使い、現在でも魔術や妖術は研究しているから師範役として稽古を手伝っている。

 だが、アプローチがおかしい

「魔法は、自然科学を応用するとかなり可能性が広がる」

 と、実戦で学ぶはずの稽古に座学を入れてしまっているのだ。

 6人ほどの生徒達は硬い床に正座させられ退屈そうにしているが、進はちょっとした面白い話を用意しているので気にせず続けた。


「普段なんの理屈も考えずイメージだけで使えてた魔法だけど、そこに理屈を加えるとエグい改変ができる。たしか、こんなかで火の魔法使えた子居たよな」


 基本的に、魔力に着火していると解釈される魔法だ。魔力と空気中の酸素を結合させた際に、エネルギーを熱として放出する。酸化した魔力はすぐに霧散し、酸素は空気に戻り魔力は空間に漂う。

「じゃあ、まず、火って何って話からね」

 子供たちはポカンとしている。

「物体は化合する時にエネルギーを放出する事があって、そのエネルギーを光として放出する。これが火の光の正体だって言っても差し支え無いんだけど、じゃあ火そのものって何かって話。最近だとプラズマが正体だって言われてて、じゃあそれって何かって言うと、物体が電子とイオンに別れてる状態で」

 子供たちは、何人か寝始めた。


「もっと簡単に言うと。炎の中は電気が流れる」

 それも、魔法であれば雷のように。


 進は片手を前に突き出して、魔力と空気中の酸素を反応させることで手のひらに炎を作り出す。そして、進の場合はそれが赤い。基本的に、純粋な炎の魔法は赤くはない。個人差で魔力の色と同じ色を放つ。

 ガスコンロの炎が、根元が青く上がオレンジなのは、根元はプロパンが反応した際に発するエネルギーの色が青で、上は煤が、熱せられた鉄が発光するのと同じ理屈でオレンジに発光しているに過ぎないのだ。

 だから、炎がオレンジ色と言うのは間違い。

 炎は、燃やしたもので色が変わる。

 予め道場の端に置いておいたレンガまでその真っ赤な炎を伸ばし、近づける。

 基本的に、レンガは炎程度の熱ではどうにもならない。

「炎の魔法だけだと、こうやって火力不足になる時がある。そこで、炎がプラズマで、この中にイオンがウヨウヨ動いてるって状況を使うと」

 その炎の中に魔力を少量、だが勢いをつけて流し込み、電子を動かす。

「電気が流れる」

 瞬間、超高電圧かつ凄まじい量の電流が流れレンガを粉砕し吹き飛ばした。

「炎の魔法から電気の魔法がすぐに完成する、っていう話でした」

 寝ていた子供たちも、流石にあの破裂音で目を覚まし、目を丸くしていた。


 だが、進はいまかなり酷いいじわるをしているのだ。

 電気は電子の流れのことで、つまり流れ着く先が必要だ。それを用意してあげなければ電気は流れない。そして、魔力で電荷を動かしてあげる時に、大量のエネルギーを使うということ。電子を動かすには、それなりの運動エネルギーの元を魔力で与えなくてはならない。

 ただ、魔法とは自然科学を使えばたった一つのことから多くの派生を作り出すことが出来る。それだけ解ればいいか、ということだった。

 子供たちは絶対わかってないようだが。


「ねえ、すぅ様? そんなのより、もっとぱぱっと使える魔法ってないの?」

 ここで、進の隣で聴いていた美夏が退屈そうに訊いた。

「いっやそんなものは無いから」

 魔法とは、術者の個性と鍛錬によって成されるものなので、簡単に使えるようにはならない。

「それに関しては美夏だってよくわかってるでしょ?」

「でもでも、すぅ様って、人が得意そうな魔法教えるの上手じゃん。そういうのないの」

「……。こんなかで教わりたい人」

 6人全員がスっと手を挙げた。子供たち、ヤル気はある模様。


「じゃあ、そこのメガネの子」

 と進は手招きをし、すこしひ弱そうな男児の姿をマジマジと眺める。

「得意な魔法は?」

「重力操作です」

 彼はきっぱりと答えた。

 だが、その返答には進はかなり感心した。重力を操作出来るということは、まず地球が持っている万有引力は絶対に操作出来ないにせよ、例えば地球よりも重い物質を魔法で作り出せれば、そこには重力が生じることが出来る。

 だが、現実的にそんな大量の魔力をたかが生物如きが用意出来るはずがない。

 そもそも、重力の正体自体が、一般人の理解の域を超えている。アインシュタインやホーキングが魔法を使えたら、それこそ、正真正銘、重力操作が出来ただろうが。


 つまり、この少年は完全に無知と未知を扱っていることになる。

「重力を操作する時って、どんな風に使ってる?」

「あそこらへんに重力を──って」

「じゃあ、頭上に重力を出したり、もしくは重力という概念ごととっぱらって力場そのものを操作するっていう考え方に変えたら面白いことが出来るかも」

 魔法は、まず先入観が大事だ。

 下手な理屈を考えていると自然科学に負ける。その自然科学に負けず、世界の理をひっくり返してしまうくらいの勢いでモノを考える。

 つまり、自然科学をひっくり返す勢いで、自然科学を利用する。

 だから、魔法を使う時はテキトーに考えるくらいが丁度良い。


「じゃあ、試しにさっきのレンガの上に重力出してみて」

 少年は頷き、視線を落ちたレンガに向ける。

 集中。


 するとレンガ浮き上がり、ある一点で静止した。

「すごい」

「重力操作と言うよりも、今度からは力場操作だね」

 これで、この少年は新たな魔法を覚えることなく、新たな魔法を習得した。


「さて、次は──」


 †


 きっちり6人に教え終わった頃には正午を過ぎていた。

 稽古は午前と午後で別れており、午後までは昼休憩となる。

 進と美夏が家のリビングまで戻ると、既にローテーブルには美冬とみふママの手料理、そして大量の素麺が並べられていた。


 進は地味な疲労を感じつつ、座布団に座りピッチャーから麦茶をコップに入れ、一口飲む。


「で、どうよ。コッチのガキ共は」

 と既に昼休憩に入っていたみふパパが若干自慢げに訊いてくる。

 だが、それに対する進の返答は辛辣なものだった。

「まあ、良くて普通……。俺よりはマシじゃないのかな」

 と、ここで美冬がつっこむ。

「いやいや、ご主人様は目が肥えてるんですって。アサノさんとか人間離れした人たちしか見てないんですから」

 その言い分はまさに正論で進も「う、うん」としか答えられなかった。

 美冬も進の隣に座る。

 そして、丁度良くトイレから帰ってきた美夏に向ってドヤる。一足遅かったな、愚妹よ、と。


 そしてみふママがキッチンから来て、昼食となった。


 †


「ああ、午後、剣技やるから美冬とスゥも手伝え」

 と、なんの前触れもなくみふパパが言い出した。

 美冬は刀剣を用いた魔法が得意で、つまり美冬にぴったり。

 だが美冬は乗り気ではない。確かに剣術は得意だが、魔力コントロールなどの剣術魔法そのものは壊滅的だということの自覚はある。

 彼女は困って、進の方を向いた。

「魔力制御はこっちで請け負うよ」

 つまり、進からのゴーサインだ。

 下手な部分はこっちでやるから、得意な方だけそっちがやれ、と。

 美冬の体内と魔力に“直接ねじれ込んで”無理やり“弄くり回す”と言う本来危険な行為だが、主と使い魔という信頼の上でのみ安定して行える荒業。

 進が現役だった頃は、進が美冬のコントロールをし、美冬が戦闘に専門で当たっていた。その時と同じやり方。


 美冬は出そうになる溜息を飲み込んで、「わかりました」と了承した。

 あからさまに興味なさげな妹の姿がふと視界に映り、余計に不穏な感覚を覚えた。

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