第18話 一緒に居たかっただけです
家では、美冬が台所で食器を洗っていた。
ついでに外の机や椅子も畳まれていて、つまり進たちがコンビニへ行っている往復20分間で、片付けという片付けは美冬がほとんど終わらせていたのだ。
進は買ってきたアイスを冷凍庫へ入れるべく、台所に向かう。
「全部やってくれてたんだ」
「待ってたらキリがないので」
美冬は素っ気なく返した。
進は少し気まずくなりながら、冷蔵庫を開けてアイスを入れる。
「みふの分も買ってきたから」
「……ありがとうございます」
これもまた素っ気なく返した。
怒っているのかいじけているのか疲れているのか。
「手伝う?」
「台所狭いので、大丈夫です」
いうほど狭くはない。
つまり手出しは無用ということか。
美冬は完全に「放っておいて」のスタンスに入っている。
だが、ここは進の経験則から、放っておくと後で面倒な状況になることは明らか。
以前、本当に放っておいたら美冬のストレス係数が上がった後に大喧嘩になった事があった。ただ、ここでどんな事をすれば良いかは未だにわかっていない。
進は、冷凍庫にもたれ掛かって美冬の後ろ姿を眺める。
相も変わらず、頼りない背中だと思った。
半年前まで、凶悪な妖怪達を相手に戦ってた狐の背中だ。いまや台所に立って食器を洗っているから、人(狐)生どう転ぶかわからないものだ、と。
そんなこと言ったら、進も半年前まで妖怪相手に一線張ってたのだが、今ではただのニートみたいな学生だ。
「さっき、みなに何で妖怪退治の仕事辞めたのかって訊かれた」
その時、美冬は手を止めた。1秒ほど固まって、またすぐに動かす。
「何て答えたんですか」
そして訊く。
「あの組織が嫌になったって」
「微妙なこと言うんですね」
「微妙?」
「嘘じゃないんでしょうけど、わかりやすい誤魔化しですよ」
「まあ」
「美冬も、ご主人様の口から1回も聞いたことないですよ。辞めた理由」
「気になる?」
「ええ、とても」
「ええ……」
進は考えた。別に今更言うことでもないし、だからといって隠すことでもない。ただ言うのもなんとなく忍びない。
「己の実力に限界を感じたというか」
「限界?」
「脳の処理能力が足りなかった」
「どういう意味です?」
「そのまんまの意味」
美冬の魔力をコントロールしながら、自分も魔法を使う、というマルチタスクをこなせる程、進の脳のCPUは上手くできていなかった。
そんな事は美冬に言えない。自分がもっとうまくやれば良かった話だし、美冬のせいじゃない。だがこれを言ってしまったら、まるで美冬が悪いみたいな言い方になってしまう。だから、これ以上は言わないことにした。
美冬が魔力制御が下手で、それを補えなかった主の力量不足。
それを痛感した時、己の魔法使いとしての、主としての限界を感じ、辞めた。
それだけの事だった。
美冬は、やはり意味がわからなくて少し考えた。
どうして、主人の能力のせいなのか。
魔法が下手な自分のせいだ、と言われた方がしっくりくる。魔力制御なんか習得せず、自分の魔法だけに集中すれば、彼はもっと良い魔法使いになれたはずだった。それを捨ててまで、美冬を使った。美冬の制御と支援魔法に力を注いだ。
そこに、その能力だけではあの世界での限界があると感じたのだとすれば、それは、主のサポート抜きでは戦えない、自分のせいなのだ、と。
ずっと、そう思っている。去年あたりからずっとだ。
ただ、そんな事を言ったって、優しい主はきっと否定するだけ。
美冬は洗い終わった食器の泡を水で落とし、水切りラックの上に載せていく。
進は、背後から彼女の頭に手を乗せた。
ケモ耳がすべすべしている。
「なんですか?」
「なんでも」
「なんか変ですよ、さっきから」
「んなことない」
美冬は大人しく撫でられながら黙々と作業をこなしていく。
尻尾が足にあたってくすぐったい。
「なにやってんの」
と、突如美夏がやって来た。しかもものすごいジト目で。
だが進は美冬を撫でる手を止めず、美夏の方を向いて若干勝ち誇った顔をしてやった。
そして片手で撫でていたのを両手に変え、撫でるのではなく耳をモフりだす。
「よぉ、みな。お姉ちゃんの耳最高だぜー」
「·……。」
美夏は自分の耳に触れる
「絶対あたしの方が触り心地良いし」
完全に対抗心むき出し。
「じゃあちと触らせて──」
「ダメですっ」
進がその対抗心に受けて立とうとしたとき、美冬に止められる。
「ご主人様は美冬のだけ触ってれば良いのです」
嫉妬が独占欲か。
「ていうか、なんで美夏がここに居るんですか。邪魔です。消えてください」
「は? 邪魔するために来てんじゃん。みふ姉ぇって魔法も出来なければモノも考えられないバカ?」
そして姉妹喧嘩が始まる。
「ほんとに、痛い目みないとわからないようですね。あなたは」
「出来るものならやってみれば?」
「出来ないとでも?」
「主人が居なきゃマトモに魔法使えない無能のくせに、やっぱりバカ?」
「……っ!」
美冬は頭に置かれていた進の手を振り払い、そして妹に迫らんとする。
だが気づいた進がすぐに腕を掴んで引き止めた。
「離してください」
それでも尚、止めようとしない。
「離したら何するの」
「馬鹿にお灸を据えるだけです」
その言葉は本気らしく、彼女の周りの空気が魔力により励起しはじめ、白く淡い薄らとした光を放ち始める。
「その程度でいちいち怒るな」
「ですが──」
「みな、お前も煽るな」
美冬が言い訳をしようとしたとき、それを遮りながら美夏に対して言った。
一方の美夏はやけに素直で、「はいはい」と生返事をして台所から出ていく。
切っぱくしていた空間が一気に静かになった。
魔力の残滓が若干浮いて、空気がピリピリと肌を刺激する。
まだ食器の泡を落とすのが途中だったから、美冬は未だ煮えているハラワタを誤魔化し、作業に戻った。
「弱い狐は不要ですか」
誤魔化すだけでは我慢がならなかった。
妹にバカだ無能だと罵られ、そして一切の反論の余地もない、「主が居なければマトモに戦えない使い魔」という事を見事に言われた。
怒りを通り越し、落ち込んだ。その怒りだってただの逆ギレと八つ当たりだと言うことにも気付き、更に落ち込んだ。
去年のことを思い出したら、あの時の寂しさとか恐怖がフラッシュバックした。
「まあ、別に今は戦わないし」
「じゃあ、なんのために美冬は居るのでしょうか」
「それ前にも聞かれた気がする」
以前の美冬との会話を思い出すと同時に、アイスを買いに行った際に美夏に言われたことも思い出す。
そして呆れるのだ。そんくらい言わなくてもわかんだろ、と。
若干、進もムカついた。
「じゃあ、なんでみふは俺のところに押しかけてきたんだよ」
「……。」
丁度、全ての食器の泡を落として、全部水切り台に載せ終わった。
黙って返事すらせず手を拭いて、シンクの縁に手を付き、そして「はぁぁぁ」と深いため息を吐く。
それを言わせるのか、と。
「ご主人様」
「なに」
「ちょっと、本気で泣いていいですか?」
「どうしたの」
「あれだけ妹にあれだけ言われて、ただでさえメンタル死んでるんです」
「だろうな」
美冬は振り返って、既に震えている瞳で進の目をじっと見た。
「去年のこととか、あったじゃないですか……」
「うん……」
「だから……もっと一緒に居たかっただけです」
「……。」
「……。」
「……ふっっ」
あまりにも真面目に言うから、進は我慢出来ずに吹き出した。
「なんで笑うんですか!!」
「だって、それまで、普通に会ってたじゃんか、それで、か、可愛すぎかよ!」
1人で馬鹿みたいに笑いながら言う。
一方の美冬は、恥ずかしさと怒りとでワナワナと震え、既に涙を流していた。
ひとしきり笑って、一方は泣いて、そして進がやっと落ち着いた頃。
進は美冬の頭に手を置いた。
「そっか。腐ってもケモノだしな〜」
狐は群れ行動しないから、一緒にいたいとか、一周回って寂しいなんて感情があるかは知らない。
ただ、狐でも妖だし、使い魔として品種改良されてきた妖だから、仕方ないと言えば仕方ないのか。
とりあえずそこに獣耳があったから、意味もなく耳をモフった。
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