第17話 あたしそんな安い女じゃないもん

 進には勝算があった。

 ただの線香花火であるが、彼はただの人間に非ず。魔法使いである。

 魔力をうまく使い、得意の熱魔法で花火の燃焼をうまくコントロールすればどうにかなると高を括っていた。

 実際に上手くいった。

 最初は。


 3人ともほぼ同じタイミングで花火に点火して、あとは魔法というイカサマでどうにかするのみ。

 美冬はそんな器用な事は出来ないから運に任せるしかない。だが美夏と進は存分に発揮した。

 熱を操り、燃焼をうまくコントロール


 している時に落ちた。


 なぞの微妙な風が吹き、美冬のがまず落ち、次に進のものが落ち、美夏のが残った。

 美夏の嬉しそうな「やった」と言う小さな声。それはどういう意味のやった、なのか。

 おま、それ今絶対風起こしたろ! 反則だろ!! なんてことを進は言えず、結局ずる賢い狐には勝てないのであった。


 †


「みなぁ〜 暑い」

 と進は文句を垂れた。

 決して近くはないコンビニへアイスを買いに行く訳だが、「選びたいの!」と言って美夏がそれに着いてきて、そして美冬が居ないからココぞとばかりにベタベタとひっついているのである。

 そして今、進の腕に抱きついて歩いている。

 当然真夏にコレは暑い。

 だが美夏はそんなもの知らぬ存ぜぬで「照れないの〜」と言っている。

「いや照れてないし。まじで暑いから」

「えへへ」

 ダメだこいつ、と諦めた。


 なおこの間、見事に大敗を喫した美冬は家に留守番。酔っ払いの大人達に変わって片付けをしている。哀れにも程があった。


 そして歩くこと10分ほど、やっとコンビニへ到着。

 品揃えは微妙だが、ない事は無い。


 美夏はアイスのケースを覗き込み、悩んでいる。

「んー」

「モウ美味しいよ。ラクトアイスじゃないし。120円アイスのレベルを超えてる」

 と、進は己のイチオシアイスを勧める。

「あたしそんな安い女じゃないもん」

「いやモウはまじで美味しいからね? 安いとかじゃなくて」

 バニラもチョコも抹茶も期間限定も、モウにはハズレが無い。

「すぅ様はいつも何食べるの?」

「モウ」

「じゃあこれにする」

 結局美夏も120円の安い女に成り下がった。彼女はそれのチョコ味を取る。

 じゃあ、と進はバニラと抹茶もとってレジへ向かった。

「それは?」

「俺とみふの分」

「結局全員分買うんじゃん」

「みふが可哀想だしね」

 ちなみに美冬は抹茶が好き。

 レジに向かえど並ぶこと無く会計を済ませて、コンビニを出る。

 コンビニを出れば、本当に真っ暗な道。普段、夜でも街頭で明るい住宅街に住んでいる進は、この田舎ならではの暗闇に若干の恐怖すら感じている。

 いきなり横から猪が出てきそうとか。


「ねえ、すぅ様?」

 美夏が話しかけた。

「なんで辞めたの?」

「なに、いきなり」

 まさしく藪から棒だ。美冬が居ないタイミングを狙ってか。

 そのお仕事というのも、妖怪退治というものだ。魔導庁なる組織に属してその仕事をやっていた。日戸家に生まれた魔法使いなら、そこに属して戦うのが普通という感じだ。

 だが進は半年前に辞めた。いきなり「辞める」とだけ言って。

「だって、すぅ様は才能あったのに」

「いっやそんなことないけど……。なんていうかいろいろあったって言うかさ」

 進はすこし笑いながら答えた。

「色々って?」

「あの組織みたいなのが嫌になったって言うか」

「それだけ? みふ姉ぇは関係無いの?」

「あまり関係ないよ」

「じゃあ少しは関係あるんだ」

 裏の意味を取ればそうなるか。

「やっぱ、みふ姉ぇが魔法下手だから?」

「そのせいってことはないけど」

「あたしはみふ姉ぇよりもうまく戦える。あたしと契約して復帰すればいいのに」

「もう今の平和な生活が気に入っちゃってるし」

 進は笑った。そもそも、もう戦うとかそういう前提すら無くなっている。

「なにそれ」

 呆れて何も言えなくなって、美夏はこれ以上の詮索を辞めた。進のTシャツの裾を軽く引っ張って早く帰ろうと促す。


 飽きた。

 邪魔者が居ないから面白そうな話とかでも引き出してやろうかと思っていたが、本人が何を隠しているのかすらわからなくなったし、話す気もなさそうだった。

「なんか馬鹿みたい。使えもしない獣をずっと引き連れて」

 言って吐き捨てる。


 進は特に何も言わない。否定するにも正論だから出来ない。

 たしかに馬鹿だ。ただ魔法が使えるだけで他は何も無い人間が、大した能力も無い狐を従えている。それで何か特別な事はしない。妖怪退治も辞めた。魔法を使って何かをすることなんて、精々教授の研究を手伝うくらい。

 そもそも、異種族で理由もなく馴れ合っている状況。

 ただ、その理由がわからないうちは、まだ美夏も子供だ。

 いや、わかっているからこそ、そんな事を言ったのか。そういう意味ではある意味で大人だし、余計にガキだ。


 気がづいた頃には、2人は家に到着していた。潜在意識とは驚異的なもので、足は勝手に家に向かっているのだ。

 進と美夏は無言になりながら戸を開けて、家に入った。

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