第16話 そういうのは中村悠一になってからほざいてください

 肉がなくなれば、残るはシメのみか、余韻のみか、酒のみか。

 コンロの上はグリルから鉄板に代わり、その上にはスーパーの安い肉ともやしミックス野菜。野菜炒めでは無い。料理担当の美冬の手には焼きそばの袋がある。つまりソレである。

 野菜と肉に火が通るのを待ってから、麺を投入する。それに付属の粉末ソースをぶっかけ、そして隠し味も投下する。

「ご主人様、お父さんのハイボール奪ってきて下さい」

 これが隠し味だ。いや、みふパパのハイボールである必要は無い。ハイボールじゃなくてもウィスキーでも良い。

 加熱してしまえば、酒用アルコールもといエタノールの沸点はセ氏78度前後なので比較的すぐに飛んで行ってしまう。残るのはウィスキー本来の甘みのみ。

 中にはビールを入れる人も居るが、美冬が今と同じように焼きそばを作る時、ビールが無かったのでとりあえずハイボールを入れてみたら案外甘みが出て美味しくなってしまった。それ以来これが隠し味というか標準の調味料となっている。

 それを知っている進も、はいはい、とみふパパの今飲もうとしていたハイボール缶をひったくり美冬に渡す。

 美冬はそれを適量、というかそれなりの量を注ぎもう一度炒め直す。アルコールをしっかり飛ばさないと雑味が残る。

「あ、ご主人様、火力増強お願いします」

 と、焼きそばから手が離せない美冬は団扇を進に渡す。

 先程から2連続で主人を顎で使っている召喚獣兼使い魔。

 進もホイホイ言うことをきいて、団扇を扇いでコンロの中の炭に空気を送る。

 炎の魔法を使わないのは「それだと愛情が籠らないじゃないですか!!」と美冬にキレられるから。

 そしてやること2、3分ほど。

「ご主人様、味見してください」

 と美冬が数本の麺を菜箸で摘んで進の口元まで運ぶ。進もそれをすぐに口に放り込んでもらう。

「あと15秒」

「りょーかい」

 そして本当に15秒後。

「出来ましたっ」

 美冬は鉄板を一旦コンロから上げて、そして火から遠ざけるためにそれを縦向きに置き直す。その直後にテーブルから大皿を持ってきて、それを進に持たせて彼女は菜箸で鉄板から焼きそばを移す。

 そしてそれをテーブルに輸送し、黒毛和牛で若干腹を膨らましつつ微妙に待っていた美夏と、それから酔っ払い夫婦の前に置く。

 ただ美冬が一言。

「炭水化物です。食え」

 と。


 †


 炭水化物の摂取後は、全員がそこそこ腹いっぱいとなり、大人はあとは呑むだけ。子供は遊ぶしかないとなった。

 もとより家にあった花火を広げて、バーベキューの残り火を使って点火する。

 美夏が両手に二本ずつ花火を持ち振り回す。

「我が名は邪王真眼! 我が手にはシュバルツゼクスプロトタイプMk.Ⅱ 行くぞプリーステス! 爆ぜろリアル! 弾けろシナプス!! Van!shment Th!s World!」

 どこかで聞いたことがあるようなセリフを吐きながら、セルフサービスで魔力を放出し、魔法陣を描き、狐色の尻尾から狐火を顕現させた。

 かたや進は、ロケット花火を両手で4本ずつ指に挟んでいた。

「甘い! 黒より黒く闇より暗き漆黒に我が深紅の混淆を望みたもう。覚醒のとき来たれり。無謬の境界に落ちし理。無行の歪みとなりて現出せよ! 踊れ踊れ踊れ、我が力の奔流に望むは崩壊なり。並ぶ者なき崩壊なり。万象等しく灰塵に帰し、深淵より来たれ! これが人類最大の威力の攻撃手段、これこそが究極の攻撃魔法、エクスプロージョン!」

 そしてこちらもよろしく、自前で魔法陣を用意し魔法でロケット花火に点火する。同時に爆裂魔法を付与し、直進安定性も付与すれば、安定してまっすぐ美夏の元へ飛んでいく榴弾の出来上がり。

 そして受けてたった美夏は、燃え盛る花火を進に向かって掲げ、防御魔法を展開する。

 そしてロケット花火が障壁に着弾し、まるで爆弾の如く火炎と閃光が空中で炸裂し轟音が響く。

 そして美夏もやられているだけでもなかった。

 花火から散る火花に魔力を付与し、火力を上げ巨大な龍を作り出す。

「バオウ・ザケルガ!!」

 その龍は咆哮をあげながら進へ直進し、喰らいつかんとする。


「よっしゃあ、受けて立とうじゃねえか」

 すでに手持ちに花火がなくなった進は、手に魔力を集中させる。右手を広げ、左手の拳をそれに合わせる。あたりの熱を一気に吸収し、その吸収した熱は背後の浮遊魔力に隠し込み、手の周辺を-270℃近くまで熱を奪っていく。

 そして、周りの湿気を集め氷を形成していく。

「アイスメイク……!!」


 †


「やり過ぎです」

 そして、なにかする前に美冬に殴られ、進と美夏は共々硬い地面に正座させられている。

「そもそも適当な魔法に詠唱は要らないじゃないですか。馬鹿なんですか??」

「雰囲気というか」

 進はしゅんとして答える。

「そういうのは中村悠一になってからほざいてください」

 そして美冬に物の見事に返され、余計にしゅんとしたのだった。


「っていうか、みふ姉え空気読めなさすぎ。せっかく楽しかったのに」

 だが、やはりそこで妹は噛み付くのだ。

 それは子供の性か、それとも姉への対抗心か。とにかく気に食わなければ突っかかる。

「楽しいこととやっていいことは別です。あなたもそろそろ子供じゃないんだからわかるべきです」

 少し大人な美冬は、そうやって大人みたいに言う。

「あんな大きな魔法、下手したら周りが大変なことになりますからね??」

「あたしはちゃんと制御できるし。それにすぅ様ならあの程度簡単に消せるし」

「そういう問題でなくて、あのですね──」

「みふ姉えみたいに暴走しないし」

「は?」

 その一言で、美冬の目が険しくなると同時に、微かに魔力を放出し始める。

「あー! わかったわかった!!」

 それを察知して、進が止めに入った。下手したら大喧嘩が始まる。それこそ、極大魔法の応酬のマジの大喧嘩が。

「ほ、ほら、まだ花火残ってるしそれ片付けちゃおう??」

「……。」

「──。」

 美冬も美夏も睨み合ったまま。

「線香花火で俺より長く持ったら、俺の奢りでアイスってのはどう」

 この悪くなった雰囲気を己の身を削ってどうにかしようとする進の心意気は評価に値するか。

「やります」

「やる!」

 そして、2匹の狐の目の色が一気に変わった。

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