第13話 パンツ丸見えだけど

 毛玉ボール。

 猫や犬のブラッシングで取れた毛をとにかく丸めて出来たものである。

 もふもふして……るのかは猫種犬種季節による。

 テレビ番組の猫特集でその存在を知ってしまったからには、進がどうしてもやりたくなって、乗り気ではない美冬を無理やり捕まえて尻尾をブラッシングして作ってみたのである。


 プラチナキツネは、名前の通りプラチナと同じ色の毛と真っ白な毛が混ざった狐である。

「これが、毛玉ボール……?」

 よって、灰色のなんか残念な毛玉ボールが出来上がったのだった。

「みふ、やっぱダメだ」

 イメージしていたのと違っていて進はため息を吐いてがっかりしていた。

「ほんとにぶっ叩きますよ!?」

 だが1番の被害者は、無理やり尻尾をブラッシングされ、なおかつため息まで吐かれた美冬である。


「まったく、なんなんですかご主人様は。人の毛を毟っといて、挙句にため息ついて!! 最低ですよ!」

「でも巷のワンコはブラッシングされると喜ぶらしいじゃん」

「その犬はブラッシングが嬉しいのではなく、単純に飼い主に相手されてるのが嬉しいだけですから?? 美冬は犬じゃないですし?? 狐ですから!」

「でも抜け毛とれてスッキリしない?」

「……。ええ、まあ……それはそうですけど」

 そこは素直なのが美冬のいいところ。

「じゃあ、もっかいやる?」

 と、ペットショップで買ってきたブラシを掲げると、美冬はため息をついてブツブツ文句を言いながらも、寝転がって進に尻尾を差し出した。

 なんだかんだ言って、乗り気ではなくとも嫌な気はしない。


「みふ? パンツ丸見えだけど良いの?」

「今更何言ってるんですか」

 美冬は尻尾を出すためにスカートを履いているが、進に尻尾を差し出しているおかげで盛大にめくれてしまっている。しかし美冬も今更全く気にしなくなってしまった。

「見て良いのは、ご主人様だけですよ」

「なに可愛いこと言ってんの」

 言ってる本人も言われている本人も、残念な恥ずかしさを感じながら、テレビを流し見してブラッシングをする。

 何となく平和な時間が流れている。

 ただそんなものは一瞬で壊されるのだが。


 そんなとき、美冬が獣耳を立てた。

 狐は耳が良い。

「宅急便来ましたね。いつものトラックの音します」

 と、車の音すら遠くからでも聞き分けられるという、一部の人には羨ましい絶対音感の持ち主である。

「どこ宛かな」

 と会話中、チャイムが鳴った。

「うちだったね……。みふ、通販か何かたのんだ?」

 進が訊くが、美冬は首を横に振って否定する。

 進は立ち上がって、玄関まで行って荷物を受け取りに行った。


 宛先は進と美冬に両方で、なかなか大きなく重い箱だった。

 差出人は

「月岡って、みふの家じゃん」

 美冬の苗字は月岡なので、彼女の実家からだとすぐにわかる。

 美冬もカッターをもって、進が荷物を置くと、ガムテープを切る。そしてそれを開けて、「ああ……」と微妙な反応を見せた。

 野菜とか、インスタント食品とか、正に実家からの贈り物が届いた状況である。

「この量、使い切るの大変ですね」

 と、漁ってみると、大量の揖保乃糸と麺つゆと、野菜の類が枝豆やナス、ピーマンと、実家近くの月岡家本家の畑で収穫したのであろうものがたんまりと。

「これ野菜室はいりきらなさそうなんですけど」

 進の家の冷蔵庫は美冬が管理している。その彼女が「さっきお買い物行ったばかり……」と渋い顔をしているのだから、状況としては好ましくないのは一目瞭然。食べる前に腐りそうだ、と。


 そして、ちょうどいいところに、美冬のスマホに電話がかかった。当然美冬の母親だった。

「冷蔵庫入り切らないんですけど」

 と、初っ端から文句をぶちかます娘。

 そして電話の向こうからは『ならご近所さんに配りなさい』と。

「それで、いきなりなんです??」

『そら豆入れるの忘れたから取りに来なさ

い』

「嫌です」

 拒否までが一瞬で、隣で進が鼻で笑った。電話の向こうでも、美冬の母親が笑いを堪えている。

『ダメです。着替え4日分もって、そら豆取りに来なさい』

 笑いそうな声で鬼畜なことを言う。

「お盆には帰るって言ったじゃないですか」

『お盆なんか新幹線激混みなんだから』

「それもそうですけど」

 一理あって美冬も口ごたえ出来なかった。

 進を見ると、彼も「行ってきな」と言うから尚更悩んだ。

 別に実家に帰るのが嫌なのではない。実家に帰るために、まずここから東京駅に行き、そこから新幹線で仙台まで行き、そこからまた鈍行に乗り、降りたらバスに乗り換え、とめんどくさすぎる。

「仙台遠いです〜、ご主人様ぁ、仙台召喚してください〜」

「契約結んでないから無理だなー」

 電話の向こうで、美冬の母親が大笑いしている。

『すぅ君も一緒に来れば??』

「え、いや゛です」

 それは進ではなく美冬が拒否った。

「あのバカ妹のいるところにご主人様連れてきたくないです」

『気持ちはわかる』

「わかるなら誘わないでください」

『強制』

「仙台から立川の美冬に強制出来るならどーぞ」

『言うと思った。あれあれ、神戸牛あるわよ』


 ──神戸牛──


 †


「ねえ、みふ??」

「はひ?」

 東京駅で、新幹線はやぶさを待っている最中。

「なんで仙台に神戸牛食べに行かないといけないの?? 方角逆じゃない? むしろ東京で良くない??」

「何言ってるんですかご主人様。そんなの場所に関係無いじゃないですか」

 神戸牛とは、説明すら不要な、日本三大和牛/日本四大和牛の一つで、とても高級な和牛である。

 そして、高級ではあるが全国に流通しており、東京でも高級レストランに行けば食べれないことは無い。高級レストランに行けば。

「あれですよ。佐世保バーガーを東京で食べるようなものですよ」

「なんか違う気がする」


 雑な話をしていたら、グリーン塗装の新幹線がやってきた。


 お盆前でも中はやはり混んでいて、席が取れたのは奇跡か。

 さすがは時速300km/hを出す新幹線だけあって景色は猛スピードで流れていく。一方で揺れを感じず乗り心地が良いのが技術のすごさを感じる。

「これロボットに変身するんだって」

 と、ふと進が口に出す。

「馬鹿なんですか」

 肉食うためだけに仙台まで行くお前にだけはいわれたくない! なんて絶対に口に出せないので、ちょっとしたユーモアに対して返された美冬のさり気ない暴言にイライラを堪える進であった。


 進は窓の景色を眺めながら、何となく美冬の実家のことを思い出していた。

 最後に行ったのは一昨年で、去年は周りが高校受験を気にして、誘われなかった。

 悪い思い出はないが良い思い出は割と多いことを思い出す。

 美冬の両親は狐の妖怪だが優しいく、進は「みふママ」「みふパパ」と慕っている。

 あとは、美冬の妹が居る。

 名前は美夏みなつと言う。彼女は、進の従弟を主とする使い魔で、そしていろいろ問題児だ。進は従弟とそれなりに仲が良く、故に彼を色々可哀想に思ってしまうほど。

 ふと隣を見たら、表情には出ていないがしかし見た感じに絶対に和牛を楽しみにしている美冬の姿がある。

 仙台に着くまで、少し寝ることにした。

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