3章 ヒロインの妹はヤケに強い
第12話 【挿話】魔法と量子力学は何かしら関係があるはず
進と美冬の2人は、とある大学のとある研究室に来ている。
夏休み中の大学は殆ど人が居ないが、とある「自他ともに認める変態」の教授は今日も研究室に篭っていて、進はその研究を手伝っている。
研究室の扉を開けて、美冬が「しつれいしまぁす」と声を小さくしながら挨拶する。
理由は簡単で、集中している最中に雑音が入ると教授という変態は発狂するのだ。
「ひゃあああうわ くぁwせdrftgyふじこlp!!!!」
そして椅子から転げ落ち、コーヒーと色々書いてあったらしい書類をぶちまけ、ノートPCを放り投げた。
それを見ていた進は無表情のまま傍観し、美冬は口を手で抑えて若干反省。
2人はとりあえず近づいて、床に突っ伏す教授を見下ろす。側にはメガネが落ちていて、若干白髪が混ざったボサボサな髪が清潔感の皆無さを表している。
「あの、大丈夫ですか??」
美冬が恐る恐る声をかける
「あ、ああ、美冬ちゃんか」
と、教授はヨレヨレしながら起き上がる。それに顔には無精髭が。色々だらしないことが伺える。
「いま、いろんな状態方程式を魔力に応用できるんじゃないかってやってみてたんだけど、あはは」
こう見えてもその教授は魔法研究の第一人者で、魔導庁からたんまりと研究費を貰っているので色々楽しそうにしている。
「で、どうなんですか?」
進が訊いてみる。
「いやー、魔力が粒子かどうかすらわからないのに難しいねえ」
気体定数にすら適応できないのに、何を血迷ったのだろうか。
†
魔力とは、粒子でもありそうだし、波でもありそうで、その二面性も持っていそうでもある。
ただ、それを確定できない。
なぜなら、魔力の存在はわかっていても、そこまで詳しく観測しきれないからだ。
普通の人間なら魔法を信じないし、魔法を使える人間とか、魔法を司る妖の類でも、存在は直感的にわかってもしっかりと目に捉えることは難しい。
とりあえず、魔力を『原子番号±n、質量数±2n、1モルあたりの質量0、これらを満たす原子』と矛盾した何かであると仮定するとなんとなくうまく行きそう⋯⋯という話まではなっているが実際は上手くいったことがない。
だが、魔力による発光現象は何故か発生する。
空気もしくは空気中の物質が魔力によって励起されて、それがエネルギーを光として放出するという現象が起きる、と言われている。簡略的に「魔力の色」とか「魔力の光」などと言われるが、実際は魔力は光っていない、らしい……が、それもあまりわかっていない。
だが、つまりこれは魔力による物質への干渉を意味している証拠にもなり得る。
その色が魔力の発生源によって変わることも不思議の要素であるが、原因は不明だ。
炎色反応のように、本来なら励起された物質の原子や分子、その電子配置の特性で色──エネルギーの波長──が変わるのだが、そういう意味では物理的に破綻している仮定だ。
今回、進達2人がやってきた理由は正にそれだった。
進は赤い光、美冬は白い光を放つ。
その光をうまく観測できれば、つまり物質に干渉する魔力を観測できれば、何かがわかるかもしれないので、教授は美冬までも呼んだのである。
カメラや、レーザー投射機などなど、いろいろな機械に囲まれた場所に彼らは立たされ、教授に「じゃ、魔力だして〜」と言われるのである。
そして、進と美冬の2人は、それぞれ人間の魔力と妖怪の魔力を出し、その魔力にむかってレーザーをぶつけてみたり何もせず観察してみたり、色々やって数時間が経過した。
魔力が量子であるなら、量子デコヒーレンスでもなんでも起こすであろうと思われていたのだが、結局それも無く、今日の実験の成果は「うん、わかんねえ」だった。
†
量子力学において、有名なもので二重スリット実験がある。量子を2つのスリットに通すと干渉縞が発生、つまり波と同じ性質が現れるが、それを観測した瞬間に干渉縞は発生しなくなる、というものだ。何故そのような現象が起きるのか、諸説ある中で『量子の観測には電磁波などを使って量子に干渉して行う。そしてその干渉によって量子が波の性質を失うため』とか『観測しようとする意識が量子に干渉しているから』などがあるが、それは「既知の事象を使って無理やり結論づけよう」としているのであって、どれも無粋なものである。
要は、科学の根幹である「未知の探求」をしてないのである。
つまり、この実験の結果を表す最適な言葉は「うん(今のところ)わかんねえ」なのである。
そして、魔法もそれにあたる。
およそ1000年以上前から存在したはずの魔法は、「それは全てフィクションであり、存在しない」と言われ続けていた。
使える者だけで歴史を積み上げてきたもの。
どおりで、科学が発達し、いまやマクロの世界は多少網羅されつつあり、ミクロの世界に没頭しつつある状況でも、魔法は基本公式すら成り立っていないオカルトの域でしかない。
さて、そんなことをつらつらと語っているのは、なにも理由がない訳では無い。
今この場所は大学である。たとえ夏休みでも、大学には部活やサークルがある。
つまり、その学生の為に学食は今日も営業中である。
カツカレー350円。ハンバーグと竜田揚げ定食450円。
安い。
そして、少なくとも不味くはない。
来ない理由はない。
当然、実験に付き合わされ空腹の食べ盛り約2名の人間と狐っ娘はここに来たわけで、そして何故か変態教授も付いてきて、最近量子力学にも触る程度に手を出してしまった教授は、参考書で読んだ程度しかない量子力学の知識を高校生と妖怪相手に語っていた。
もとい実験結果が「うん、わかんねえ」だった言い訳をしているのだ。
教授曰く「魔法と量子力学は何かしら関係があるはずだ!!」とのことである。
なお、教授は元々農学の博士だ。
「あ、魔法って力場そのものナンジャ」
と、味噌汁を啜っていた教授が突然言い出す。
「教授、それだとみふの召喚獣としての理屈がおかしくなりません??」
「ほら、未知のワープホール」
だとしたら召喚術の『召喚する前の場所に戻せる』という性質と噛み合わない。
ただ、使っている召喚術士と召喚獣はそんなこと一切気にしたことないのだが。
美冬は男達の残念な理系トークに飽き飽きして尻尾の枝毛探しをし始めた具合だ。キューティクルの痛みが気になるお年頃である。だが、夏の季節、尻尾の毛はつまんだ瞬間に抜ける。そして抜けてしまった毛のやり場に困って、結局尻尾に戻すという謎のルーティン。
それを見た進が「帰ったらブラシね」と美冬の尻尾をつまみ、抜け毛をもち、また尻尾に戻したのであった。
進も、教授の話には飽き飽きしていたのである。
「いや、あの、ビニール袋あるよ??」
と、教授に言われる、売店で先程コーヒーを買ったときのその袋を美冬は教授からもらい、もう一度抜け毛をビニール袋に詰めていくのである。
「いま換毛期だっけ」
と、進も抜け毛処理を手伝いながら訊いてみるが、美冬は首を傾げた。
「多分、冷房のあたりすぎで体がおかしくなっちゃってるんじゃないですか?」
「ストレスは?? 引っ越してからまだあんまり経ってないし」
「通ってたので引っ越した感覚しないですし」
動物の抜け毛は抜いても抜いても無くならないのが辛いところである。他愛もない会話をしながら、毛をビニール袋に詰めていく。
「あ、その毛貰っていい??」
そしてここで教授の衝撃的な一言が発せられた。
なぜ、動物ないし妖の抜け毛を。たしかにプラチナキツネの毛は白銀色で綺麗ではあるが、それでも獣の抜け毛である。
美冬と進はドン引きした。
変態教授は、本当に変態だったと。
「いや研究用だからね!?」
ちょっと信じられない感じだった。
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