第11話 あぁ、高いお肉って美味しい

 酷い目に遭った、と進はリビングのソファで一人で消沈していた。片や、隣に座る美冬は特別上機嫌でも無ければ不機嫌でもなく、淡々としてテレビに映るニュース番組を流し見ている。

 向かいには朝乃も座っていて、その2人の微妙な温度差を若干気にしつつ、一応気にしてない風を装った。


 そんなことよりも、だ。


「お腹すいたね〜」

 と、時間的にも6時を過ぎたあたりで良い頃合だった。

 そして美冬が耳を立てる。

「あ、比内地鶏」

 そうだ、本当はこのために来たのだった、と。今更ながらに思い出したのだ。


「では、早速作りましょ」

 1人でテンションが上がった美冬は早速台所へ移動し、勝手に冷蔵庫を開ける。

 そしてその比内地鶏を見つけ出し、キッチン台に乗せたら手際よくフライパン、まな板、包丁、その他調味料を取り出し、そして気付く。

 炊飯器の蓋を開けると、何も入っていない。

「あ、ご飯たかなきゃですね」

 と、基本的に感情表現には使わない尻尾を心做しかしゅんとさせた。


「焦んないの〜」

 と、朝乃がお姉さんの余裕をかましながら、美冬と同じく台所にたって、本当に必要な準備を始めて行くのであった。


 †


 そして7時になる前くらいにはご飯も炊けて、夕飯も出来上がった。

 美冬と朝乃の2人で作って、進は何もしていない。

 進も少し「手伝う??」と気を使おうとするも「来ないで」と2人からストップを食らったのだ。おめえは手を出すな、と。「テーブル拭いてて」とか「お箸だして」とか「ご飯よそっといて」とか、「もう座ってて」と、とにかく雑用アンド全力を以て待機を命じられた。


 例の比内地鶏は無難にチキンステーキへこんがり焼き上がり、鶏皮はスープへと変身した。

 良い匂いが充満している。


 リビングには、人間2人と狐っ娘妖怪1人の計3人。

 姉弟の両親は仕事から未だ帰宅せず。ある意味運が良かったと言えよう。朝乃が言うには、最近は9時くらいに帰ってくる。


 だから、しばらくは安心か。


 とにかく、美冬が「あぁ、高いお肉って美味しい」と発言し、進が内心で「いつもスーパーの安いのしか買わせてあげられなくてごめん……」と学生故の収入の少なさからくる庶民生活を愁いていたのだった。

「高いって言っても、お母さんの実家からタダで送られてきたものだけどね」

 朝乃が笑いながら言った。

 いつもは嫌いな母親でも、とりあえず今は感謝しておこうと切に思う進であった。母親の実家が秋田で良かった、と。


 ただ、嫌ってるくせに頼っている、という状況には己の虫の良さに嫌気がさしたのも事実。

 そう考えた瞬間、美味いはずの料理が途端に不味くなった。


 †


 進はやけに時計を気にした。9時までには帰ろうと思いつつ、美冬が朝乃と楽しそうに喋っているから、「帰ろう」とも言い出せないでいる。

 もう8時半過ぎだから、そろそろ危険だ。

 親と鉢合わせる前にさっさと帰りたい。


「みふ、そろそろ」

 やっと切り出した。

 だが残念な事に、それでは10分遅かった。

 世の中には引き寄せの法則というものが有るが、それは悪いことでも引き寄せる。

 親に会いたくないと考えてしまったら、会ってしまったらどうしよう、まで考え、それを引き寄せた。

 朝乃は両親は「最近は9時くらいに帰ってくる」、と言ったが、それが前後するなんて十分にありえることなのだ。


 つまり、玄関が開く音がリビングにまで響いてきたら、若干のブランクがあった後に、両親が部屋まで来る。

 母親は、進を見て「帰ってたの」と淡々と言い、父親は一瞬だけ顔を見て何も言わずに自室へ去っていった。

 そして残った母親は、美冬を一瞥し、そして進を睨む。

「まだその子居るの」

 と。

 そして進も睨み返し、黙る。文句あるか、と。

 いや、文句なんかいくらでも出てくるだろう。両親、特に母親は美冬を嫌っていて、その美冬が未だに息子の使い魔でいて、そしてここに居るのだから。


「みふ、帰るよ」

 オロオロしている美冬にむかって言い放ち、進は1人で勝手に荷物をまとめ出す。長居は無用。お互いに嫌なら、消えるべき方が消えればそれで解決だ、と。

 朝乃は母親を睨み、母親は何も見ていない。

 進はさっさと軽い斜めがけバックを肩にかけ、扉に向かう。

「姉さん、じゃあ、また」

 と、姉にだけ挨拶して出ていく。

 美冬はいそいそと主人を追いかけ、リビングを出る時にぺこりと頭を下げてから出ていく。


 †


 夜でも街灯で明るくなってしまっている夜道。駅に向かっている途中。進は、姉さんもしばらくは静かだろ、と嫌な気分を誤魔化すために今回のメリットを考えながら歩く。


「ご主人様?」

 美冬が隣に付いて、顔を覗き込む。

 両親に会うのがそんなに嫌だったのか。

「みふ、さっきのなんも気にしなくていいから」

 進は吐き捨てるように言った。

 だが、気にするも何も、美冬としては最早慣れてしまっていたから今更何も感じなくなっていた。

 彼女が嫌がっているのは、自分自身が嫌われていることなどではなく、自分のせいで主人とその両親が擦れ違ってしまうこと。

 それこそ、自分が消えればどうにかなるのではないか、とさえ考えてしまうほど。

 いや、進はそのことを「気にしなくていい」と言ったのか。先程言質とったばかりだから、まあまあの信ぴょう性は有りそうだと言える。

 そもそも、彼女が消えて終わるほどの事だったら、顔合わせただけで険悪になるほどまで泥沼化してなかったわけで、それだって馬鹿な考え方だったわけだ。そろそろ美冬もそれに気付いている。

 ただ、気付いていても、嫌なものは嫌なのだが。


 美冬はこれ以上何も言えなくなって、とにかく進の隣について歩いた。

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