第8話 骨の一本や二本、覚悟してくださいね?

 実家に帰っても、やっぱり両親は不在だった。進の場合、むしろそれに安心感さえ覚えているのだが。


 ただ帰ってきたところで、やることなんて特になく、真っ先に向かったのは道場だった。

 築数十年は経っているらしいこの建物は、造りに古さは感じても掃除と整備は行き届いていて汚くはない。

 今現在でも、ここで魔術や妖術の鍛錬に使われている。


 進は木の床に手を触れた。道場の真ん中、何となく「ここだったっけ」と思い出す。

 あの時、5年前、雷がうるさかった時、ここに姉が倒れていた。

 側には自分がいた。目の前にはもう一人の女が立っていた。隣で、美冬が返り血を浴びて震えていた。

 最悪な記憶。

 そこに対して胸糞悪さはあれど、憎悪嫌悪は特に無い。現に姉がそれで死んだりとかしてないし、後遺症が残ったわけではない。「あの時こうしていれば」という後悔の自責も多分にあるわけでもない。


 それでも、治癒系魔術の勉強を始めたのはそれが皮切りだったか。これが理由で、と言う意味ではないが。


 美冬は道場に置いてある竹刀を持って構えてみたりしている。彼女は刀を使った妖術を得意としているから、そういうのを見たら触りたくなってしまう。

 最近は暴れてないから、フラストレーションが溜まっているのだろう。


「みふ? ちょっとやる?」

 進だって多少の剣術は心得ているから、美冬くらいの相手ならできる。むしろ自信がある。


 だが当然、美冬にも同じようなものがあった。

「あら、いいですよ? 骨の一本や二本、覚悟してくださいね?」

 と口角を上げて進を睨む。同時に竹刀へ魔力を流し込み白い光を籠らせる。

「それはこっちのセリフ」

 同様に、進も腕から赤い魔力を放出させながら威嚇。美冬のもとへ、竹刀を取りに行った。


 †


 進は、どちらかと言うと戦闘用の魔法よりも支援用の魔法の方が得意だったりする。

 その代表的なもので治癒系の魔法だ。使う回数が多いから、自然と得意になっていく。

 今回も、先程美冬のことを竹刀でコテンパンにしてやったので、その時についてしまった打撲痕や切り傷を治療している最中。

 場所は風呂場で。

 治療には肌を見せないといけないし、汗をかいたから丁度いいと、そのまま2人で一緒に入っている。

 美冬の肌は白くすべすべとしていてとても綺麗。何かあったら進が文字通り跡形もなく綺麗に治しているからこそ、このモチモチすべすべの最強美肌は維持されている。


「みふは魔力の回転が雑なんだよね」

 治療と同時にレクチャーをする。戦うときはいつも進が後方から彼女の体と魔力を制御しているが、いざ1人となると、たしかに剣の腕はあれど一気に劣化してしまう。

「わかってますよぉ うぅぅ……」

 美冬にも自覚はある。

 ただ、戦うと言ってもそんな場面はほとんど今はもうやってこない。道場で稽古をする時とか、誰かの鍛錬に付き合う時くらいなもので、魔法使いとして妖退治の家業をやめてしまった今、普段の需要は全くない。

「でも、良くなってきてるよ」

 最後には良いところは褒めておかないと可哀想。

 だから、この話はここでおしまいにした。

 傷を治したなら、汗を流したい。


 進はシャワーを取って、水がお湯に変わるのを待ってから美冬にかけた。

 長い銀髪がペタリと濡れ、尻尾が一気に細くなる。ポメラニアンを風呂に入れたら残念になる現象が彼女にも適用された。

 かなり髪を濯いだら、すーすーしないシャンプーをとって美冬の髪を洗う。美冬の髪は長いから洗うのが大変。

 美冬はその間嫌がる様子など一切無い。こんなものはとうに慣れたと言う風に、むしろ楽しんですらいる。

「ご主人様も、洗うの上手になってきてますね」

「回数こなしてるからね」

「美容師とか向いてるかもですよ?」

「切れないからシャンプー専門じゃん」

「意外とウケるかもしれませんよ? シャンプー専門店とか」

「ええ? 需要あるのか、それ」

 腕の使い方がコツだ。

 そのあとはトリートメントと、あとは体を洗ってと、最後にやっと湯船に浸かれた。夏でも、風呂は心地良い。

 それでも民家の風呂だから、2人で浸かるには手狭で、面積を分け合う。

 とても平和な時間。静かな空間に、温かい風呂。狭いのは仕方ないから、今度は銭湯にでも行って風呂リベンジしたいと思った。

 本当に平和だ。

 ……。

 否、そう簡単に事が運べるハズがない。

 大前提として、ここはどこなのか。それは実家だ。一応の両親が住んでいるのと同時に、実姉も住んでいる場所だ。そして今、姉は居るのだ。すぐそこに。

 そして姉とはどんな人物か。

 何を考えているのかわからない。掴みどころがない。


 本当に、何を考えているのかわからない。


 風呂の扉がひとりでに開いたと思ったら、そこにはタオル1枚だけ体に巻いた日戸朝乃、姉本人が立っていたのであった。

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