2章 姉の実力
第7話 暇なのね?
万国共通、おそらく満場一致でうんざりすることと言えば、昼過ぎ辺りにゆったりまったりしている時に電話が鳴ることだと思われる。
そしてまさに今現在そういった状況である。
進のスマホが鳴って、画面には「日戸朝乃」という実姉の名前が表示されている。進はそれを見てかなり気が滅入ってしまっている。また買い物に付き合わされるか、魔術研究の出汁にされるか。最悪なのは「家に戻ってこい」と言われること。
進は恐る恐る、電話に出てみた。
『帰ってこないの?』
出て、その瞬間に死刑宣告が下された。
「いきなりそれ?」
『んー? だっていつもはぐらかすでしょう?』
確かに、進は引っ越してからゴールデンウィークとか、夏休み直前とか、なんなら会うたびに「帰ってこい」とか言われてるが進は毎回適当に流している。
理由は簡単で、両親の顔すら見たくないから。
「今忙しいから今度」
『なんで忙しいの? 教授にはさっき、研究室には来てないって聞いてるよ?」
姉の朝乃という人物は、弟の予想をはるかに超える程に計算高い人物である。
進はその教授という人物の下で研究室に通いそこで魔法やら妖術やらの研究を手伝っていて、彼はそれを盾に実家帰りを阻止しようとしたのだが、その盾は守備範囲が小さすぎた。
「べつに研究室にいなくても忙しいし」
『どして?』
「いろいろ」
『いろいろ?』
「そう。いろいろ」
『暇なのね?』
「……。」
進は答えに詰まって、美冬を見た。彼女は視線はテレビに向けていたものの、ピンと立った耳は完全に進の方へ向けていた。狐の聴覚はかなり良いから会話の内容だってまる聞こえ。だからと言って美冬は何も言わない。「行け」とも「行くな」とも。それでも、むしろ何も言わないからこそ彼女が不安がっていることは進にもすぐに分かった。
進は両親と会いたくないし、それに関して美冬が責任を感じている。
美冬は葛藤のようなものを抱えている。進と両親の亀裂は自分が生み出したようなものであり、それを修復してほしい気は確かにある。だがそこで自分はでしゃばるべきではないとも思っている。それに、第一として、美冬は彼の母親に憎悪までされている。
「みふ? どうする?」
決めかねた進が訊くのだが、そんなもの美冬だって困る。
「ご主人様に任せます」
「じゃあ、姉さんがうるさいから俺は行くけど、みふは留守番する?」
美冬は悩んだ。確かに、家にいれば何もない。本当に何もない。なら行ったら? 行って何になる? 何もない。結局、どっちにしようが何もない。
気持ちとしては、主人の両親に遭遇する確率が極めて高くなる現状として、あまり行きたくはない。
そんな若干の沈黙を破ったのは電話のスピーカーから『みふちゃんも居るの?』という朝乃の声だった。
『実は、田舎から比内地鶏が届いてるんだけど』
──比内地鶏──
†
さて、比内地鶏とは秋田県で比内鶏を元に品種改良された地鶏であるが、かの名古屋コーチン、薩摩地鶏とならぶ日本三大地鶏のひとつ。
一言で言ってしまえば美味い鶏なわけで、ようは美冬はその他もろもろの感情の一切を払い除けてその食欲の為に家を出て、主人の実家へと向かったのだ。
だって比内地鶏だもの、食べなければ人(狐)生損する。
実家まで電車で一時間程度かかる。
そして、最寄り駅からも歩きで20分近くの時間がかかる。
家は、昔から続く家なので敷地だけは広く、魔法使い、ないし魔術師の家だけあって道場まで構えている。といっても、魔法使いなんて現代では少なくなり、使うことも最近になっては週に2、3回程度なのだが。
さて、2人はそこに到着し、朝乃の手厚い歓迎を受けた。
本当に手厚い歓迎。
まず2人がドアを開けて家に入る。そして玄関で靴を脱ぐ。
その間に朝乃が廊下をほぼ瞬間移動してきて、最終的に進をヘッドロックするという流れ。ヘッドロックといっても腕でシメるやつではなく、一般的には傍から見てそれは抱き締めている様なものだがしかし、その腕力と胸の圧力によって最早苦しくなっているという状況。
「ただいまは?」
と、声音は優しいがほかの力は反比例している。
「くるしい……」
進がもがいている間、隣の美冬は、何が起こったのか、思考が追いつかず固まっているだけだった。
「みふちゃんも、久しぶり」
朝乃は弟をシメたまま美冬に挨拶を送るのだが、こんな状況では彼女も「は、はい」と微妙な返事をするしかなかった。
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