第6話 どうしたの? 何をそんな自分の匂い嗅いでるの

 嫌な夢で目が覚めるなんてよくある話で、まさに今現在、日戸進という男はそれを体験した。と言っても、かなり頻繁に起きる現象ではあるが。


 実家の道場で、血を流して倒れる姉と、そこに突っ立っている“ある少女”と、返り血を浴びて呆然としている美冬。その幼い頃の3人の姿を、自分が眺めている。


 そんな、やけに焼き付いて離れない記憶がこうして決まったような日に蘇る。

 大抵、大雨の日か、雷の日だ。

 その記憶の中も外は思いっきり大雨と雷。典型的な悪夢にも程がある。


 額の汗が気持ち悪い。

 ただそれとは別でちょっとした問題があった。

 昨日届いた美冬の布団、それは進の隣に敷いてあるのだが、そこに美冬の姿は無い。

 進は起き上がると押し入れの方に向い、容赦なく開ける。


 押し入れの布団をしまうスペースは当然空いているわけだが、そこにはプラチナキツネの姿になった美冬が丸くなっていた。


 美冬は狐だから色々な感覚器官が発達しており、雷とかには敏感で、特に彼女の場合は雷恐怖症も併せ持っているのでタチが悪い。

 彼女はビビると狐になってしまうというのは無いが、本人曰く狐になって丸くなっている方が精神衛生上良いらしい。


 進はその完全なるプラチナキツネを抱きかかえ、そのまま移動して布団の上に座ってあぐらの上に乗せる。美冬は本能的に狭いところに逃げ込むのだが、こんな真夏には危険だ。以前、同じ様に押し入れの中に逃げ込んで、朝になって気付かれたが、その中で胃液を吐きながらぐったりして熱中症で死にかけていたと言うことがある。


 あの惨劇を繰り返す前に、こうして美冬を押し入れから引っ張り出して、再度入れないようにする。

 夜中に目が覚めて本当によかったと安堵した。皮肉にも進は悪夢に感謝して、気持ちの中で苦笑いした。


 膝の上に動物が乗っていれば触ってしまうのは人間の性ではあるが、夏毛故に触っていてもあまりもふもふ感が無いのが残念なところ。それに暑い。


 雷の何がそこまで怖いのだろうか、と、鈍い人間である進は思ってしまう。犬猫の場合は音とか光、静電気、オゾンの匂い⋯⋯と色々ある。狐も同様なのか。ただ、精神的には人間の美冬がそれで恐怖を感じるのか。人間にも雷恐怖症は多く居るが、その理由はよくわからない。

 可愛げはあるのだが、そろそろ大人なんだからこのくらいは克服して欲しいと思った。


 ただ、どうしても眠い。中途半端に起きてしまったが故、瞼は重いまま。

 もういいや、寝てしまえ、と進は美冬を抱きかかえたまま布団に横たわって本能のまま意識を消していく。狐を撫でる手だけは最後まで止めずに。


 †


 起きた瞬間、早速酷い蒸し暑さにうんざりしていた。

 やけに暑い。当然、その原因は美冬だった。

 進が抱いているのは1人のれっきとした美少女。そんな美少女は進の腕を枕にして、寝ているのかそれとも起きているのかわからない。

 美冬は狐の姿があり人間の姿もある。

 そもそもがあやかし、妖怪。狐の状態の時なんてただの動物だから何の気もなく抱いたりモフったりしてしまうのだが。


 そして、決して離すまいと、彼女の指が進の服を掴んでいる。

 構図と仕草としては堪らなく可愛らしいものだが、やられている進からしたら暑すぎる。

 今はいいから冬になったらやって欲しい、と。

 それに腕が痛い。

 とりあえず動く片腕で枕元のスマホを取る。画面右上に映る時刻は7時を過ぎたあたりで、休日にしてはなかなかに健康的な早起き。

 進は半ば無理矢理に美冬から離れ、起き上がる。

 同時に美冬もそれに気付いて目を覚ます。

 そして、寝ぼけた目で進を見上げて色々気付く。夜中、雷で怯えてからの進に抱かれ、そのまま寝落ちされ、美冬自身、ヒトの姿になった後も一緒に寝たままという。

 今更になって恥ずかしいという感情は無いにせよ、そろそろ雷を克服したいという気持ちは彼女にもある。

 体に、主人の匂いがベッタリと着いている。べつにいい匂いでもなく、臭いわけでもないが、ただついつい嗅いでしまう。


「え、みふ、どうしたの? 何をそんな自分の匂い嗅いでるの」

 だが見ている側からすると奇妙な姿だ。傍から見れば、美冬は執拗に自分の体の匂いを嗅いでいる変な人ということになる。

 それに気づいた美冬は、それこそ恥ずかしくなって「なんでもないです」と答えるしかない。

 誰の匂いを嗅いでたか、なんか言えるわけも無く。

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