第4話 は? 浮気ですか?

 進は敷きっぱなしの布団の上に胡座をかいて、キッチンで食器を洗っている美冬の背中を眺めていた。

 小柄でなんだか頼りない背中。長めのスカートからは全体的に白銀色で先っぽが白い尻尾が伸びている。

 美冬はプラチナキツネと言って、白に近い白銀色の毛の狐。一方で獣耳の裏の毛は狐らしく黒い。

 見ていると触りたくなるモフり具合。

 

 ふと視線を変えると、部屋には彼女が持ってきたミドルサイズのスーツケースが目についた。あまり荷物は多く無く、これからこっちで暮らしていくなら色々不足しているであろう事は、何となく察せた。

 そもそも、彼女の布団すらない。

 進は、美冬が洗い物を終え水を止めて手を拭いたところで話しかけた。

「みふ、後で買い出し行こう。色々足りないもの有るだろうし」

 美冬は一瞬呆けて、すぐ気付く。 

「そう⋯⋯ですね。シャンプーもすーすーするのしか無いですし、服も最低限しか持ってきて無いですし」

 言い出せば足りないものなんかいくらでも出てきた。

「あと、あの、ほら、ブラ買わないとですし」

 そしてなにか期待の眼差し。

 さて、それをわざわざ彼女の方から言い出した理由を、進は首をかしげて理解出来ずに黙ってしまった。

「へ?」

「そこ、『するほど有るのか』とか言いましょうよ」

 結局美冬がすぐに下手な真似を交えてネタばらし。

「え、それ言うべきだった?」

「だっていつもなら言うじゃないですか」

「夜中ので反省したし」

 なぞの理不尽感を感じる進であった。


 †


 駅まで家から長いこと歩き、モノレールに乗って大きなショッピングモールに到着する。

 今どきの洒落た商業施設で、客層もそれらしく、夏休み突入直後の女子高生とかリア充とかリア充とかリア充とかリア充とかリア充とかが多くて、二人とも殺意を魔力で描き消すのに忙しくなっている。


「それで? 何から見る?」

「お洋服が見たいです」

 と言うことで、まずはそこから。名前くらいは知っているブランドの店があちらこちらにあって、気になればそっちに行ってみる。

 行く先々で周りが女性ばかりで進の居心地はかなり悪い。

 店員の目が生暖く、大抵第一声が「デートですか〜?」で恐ろしい。そして、あながち間違いでもなく否定出来ないのもおぞましい。種族の違いはあれど男女で2人、しかも買い物。傍から見れば完全にデートか。

 目ざとい。こうして日本の経済は回される。

 

 進は4歩分ほど離れて美冬を見ているのだが、心なしか彼女は楽しそうに見えていた。

 狐は群れ行動をしないから尻尾を使って感情表現という事はあまりしない。だから尻尾の動きで感情を読むことは難しい。

 極度に興奮すれば、振り回したりすることもあるが、その時は尻尾を見なくてもわかる。

 そもそも、美冬の狐の種は、人間と行動を共にしやすいように品種改良をされてきた。そのため、尻尾や耳も、隠したり格納したり出来るはずだ。

 だが彼女は、何かの拘りがある訳でもないが、殆ど出したままにしている。

 ワンピースの裾から伸びるその白銀色の尻尾は、今は若干揺れ動くのみ。


 少し良さそうな服を見つけると「どうです??」と体に合わせてすぐ訊いてくる。

 夏に合いそうな、白地で細かな水色ドットのブラウス。

「真っ白」

 髪も服も合わせて真っ白

「スカートで色調整します。っていうか、普段ダッサいご主人様に言われるとなんかむっかつくんですけどっ」

 彼女は、普段から基本的に主に対してアタリがキツい。

 そして当の進は、否定出来ない事を辛辣に言われたことに加え、なら訊くんじゃねえよ、という理不尽さの二重でイラッときたのであった。


 †


 服は結構値が張るが、美冬のホクホク顔でそのくらいの出費は許せてしまっている。

 結局ただの買い出しだったはずが、買い物を満喫してしまった。夏休み初日を午前から充実させ始めたところで時計もてっぺんを回り、そろそろ腹も鳴りそうになってくる。歩き疲れてきたのもあって、休むのには丁度よさそうな頃合だ。

 2人は昼食にしようと思い立ち、場所を探すことにした。

「何食べる?」

 と、進は案内地図の前に立って良さげなものを探す。だがショッピングモールは大きく、故に食べれる場所もたくさんあるから、2人は選択肢が多すぎて悩んでいる状況。

「ご主人様は何食べたいんですか?」

「なんでもいいや。みふは?」

「何でもいいです」

 残念かな、こういう時、人はその言葉を使ってより泥沼に落ちていくのだ。  

「いつもこういう所に来る時は結局ファストフードになってるんだけど」

「え、来るんですか? 誰と? ご主人様、友達いましたか?」 

 居ねえよ、と心の中で毒を吐いてやった。

「姉さんに付き合わされて」 

「は? 浮気ですか?」

 彼女の目が深遠なる闇へと成り果てた。 

「滅相も無い。って浮気ってなんだよ浮気っ。実姉なのに」

「冗談です」 

「人聞き悪い冗談だな」

「半分だけ」 

「え」

 つまり半分は本気。

「い、以後気をつけます」

 一体何を気をつければいいのか。なんとなく、冷や汗をかいた瞬間だった。

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