第3話 お、お嫁さん?
美冬は少し機嫌が良い。主人より早く、6時半には起きて、彼が起きる前に髪を整え顔を洗ってと簡単に身支度を済ませてから朝食の準備に掛かる。
この人は放っておくと「めんどくさい」とか言ってカップ麺しか食べないから見ていて心配になる。
日戸進という人はほとんど何も出来ないダメ人間だから、こうして使い魔である彼女が世話を焼かないとどうにも出来ない。
昨日の夜に炊飯器のタイマーをかけ忘れていたから、すぐに無洗米を軽く濯いだ後に釜に2合入れてその分水を入れ、セットしたら炊飯器の早炊スイッチを押す。とりあえずこれで2人分を2食分。
あとは味噌汁を作って、他にも付け合せを考えたところで、朝食には少し早すぎる事も気付た。
とりあえず、進が起きてからにしようと思い、起こしに行く。
1Kと言う狭い部屋だから、キッチンから居間に入ると未だに進が寝ているのがすぐわかる。
覗き込んでほっぺたをつついてみても起きる気配無し。
「ご主人様ぁ〜休みだからってお寝坊さんはだめですよ〜」
今度は耳元で声を掛けるのと体を揺するのも追加。
「あと五分……」
と、主は模範的なセリフをほざきやがるので、美冬もだんだんと面白くなってきた。
一応というか完全に彼女は妖怪、しかも狐だから、こうして無防備な人間相手には何かしらイタズラでもしてやりたい気分になる。ただ、突然やれば怒られそうだし引かれそうで、少し予防線を張っておく。
「ご主人様? 美冬は狐ですので舐めたり噛んだりするのに一切の抵抗が無いのですがどう致しましょうか?」
「わかったわかった。起きる……」
予防線、張らなければ良かった、と後悔しても仕方ない。
一方の進は宣言通り起き上がって、一瞬ぼーっとしてから立ち上がる。
何の面白味も無かった。
†
ローテーブルの上には朝食にしては豪勢なものが広がっていた。炊きたてのご飯、ほうれん草とベーコンのスクランブルエッグ、味噌汁。
進が顔を洗っているあいだに美冬が全部支度していたから、進は居間に入ったときそれなりに驚いていた。
「みふ、作ってくれたんだ」
「そうでもしないとご主人様は不健康まっしぐらですので」
「そんな気を使わなくて良いのに」
「いいえ。ご主人様の胃袋と健康は美冬の手の中に有ると覚えておいて下さい」
美冬は少し自信満々に張り切って、「早く座ってください」と急かした。
「俺のお母さんかよ」
進は座りながら文句の様な何かを言ってみる。まさか健康まで『使い魔』に牛耳られていたとは。
「はぃ? もっと別の例えがあると思うんですけど?」
そしてその文句が気に入らなかったらしく、顔は笑っているけど目は笑っていない表情が美冬から向けられる。
「……」
そしてその別の例えと言うものを察したが、それを言うには少し度胸が必要。
「お、お嫁さん?」
振り絞って言ってみた。
言って、美冬の顔を覗く。そうしたら、少し思いがけない顔になっていた。
驚いた風で、そして少し顔が赤い。完全に照れている表情だった。
彼女自身、いざ言われるとなると恥ずかしかったという。
「────っ」
声になっていない声を出している。まさか、そこまで効くとは思いもしなかった。
「本当……ですか……?」
そのように上目遣いで確かめてくる姿は、お嫁さんと言うよりは、もっと乙女らしい、可愛らしい佇まい。
少なくとも、狐の嫁入りにはまだ早い。
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