1章 押しかけ女房

第1話 しばらくこちらに居ようかと思いまして

「ご主人様。まだ7時ですよ……」

 美冬の口からため息が出て呆れた言葉が出るのも仕方のない状況であった。

 その美冬の主人である進は、まだ午後7時だと言うのに部屋に敷きっぱなしの布団にダイブしていていたのだ。

 仙台の実家から真夏の暑い中、長い時間をかけて来たのに、彼が住んでいるボロいアパートに合鍵を使って忍び込んだらこの始末。

 堕落した主の姿を見て、美冬はガッカリといったところだ。

 

 そして一方で、美冬の声が聞こえて、彼女のあるじである進の方は妙な安心感を覚えていた。

 

 ……。だがなぜ安心感を感じたのかを少し考えた。

 それはおかしい。よく聴く声が聞こえたから? それが好きな声だったから? 全て当てはまる。だがおかしい点というのはもっと違う所にある。


 彼は胡坐をかいて美冬に向き直り、何となく状況を頭の中で整理しつつ、頭を軽く掻いて、とうとう訊いた。

「……、……。みふ? なんで居るの……?」

「それは、美冬がご主人さまの召喚獣……だからでしょうか?」 

 見事なまでの即答。

「召喚してないんだけど……」

 つまり、これが最大のおかしいところなのだ。


「細かいことはぁ、気にしちゃいけないんですよ?」

「いやいや。普通気にするから」


 進は頭を掻いた。どうしたものか、と。

とりあえず座って、と美冬を座らせる。


「どうやってここまで?」 

「新幹線で」

 妙に現実味があった。

「仙台からわざわざ······」


 彼女は召喚獣。召喚獣とは文字通り召喚術により呼び出される使い魔の類い。

 召喚術とは便利なもの。召喚は契約者同士がどれだけ離れていてもほぼ一瞬で呼び出せる。

 召喚術という相対性理論適応外の魔法で、その性質上、帰す時も召喚と同様に一瞬で召喚獣を元居た場所に帰すことも出来る。

 

 にも関わらず。


 さて、今回の場合、彼女は召喚術で来たのではなく、新幹線を使って1時間程度、鈍行の時間を合わせて3時間近く……と言う普通に移動をして来た。

 つまり、帰る時も同様に、電車でもバスでも飛行機でも、そういった物理的な交通手段を強いられる。 

 だが彼女がそうまでして往復する意味があるだろうか。否、無い。

 往復ではなく、一方通行だったら? 


「……。なんでわざわざ?」

 意を決して、訊いてみた。あらかた予想が出来ているがしかし、それを確認すべく……と。

 そして美冬は、彼が何を言っているのかわからないといいたけな表情をしてからきょとんとして答えたのだ。

「しばらくこちらに居ようかと思いまして」

 あたかもこれが当然の如く言い草で。


「そう、ですか」

 綺麗に予想通りすぎて、まともな反応が出来なかった。

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