13 前世と天使と癒しの話
前世で生きた世界が、既に滅んでいる。
そんな衝撃の事実を知ってから、1ヶ月が経った。
どうしても踏ん切りがつかなくて、ずっと足踏みしていたけれど……逃げてばかりではいけない、と、ようやく1歩、踏み出した。
「雪瓜様。前の世界の事、話してくださいませんか?」
「ん、いーよー」
やはりというか、今日も遊びに来ていた彼女は、非常に軽快な様子で快諾した。
今日の紅茶は日雀のもの。お茶菓子は雪瓜様の持ってきたスコーンだ。美味しい。
さすがに他人に聞かれるのはまずいだろうから、ずっといた日雀にも退室するよう伝える。日雀は素直に従ってくれた。
彼と会ってからまだ5日と経っていないけれど、彼の忠誠心は何だか、その。
怖い。
無表情が多い所がマクシスに似ているのだけれど、クールと言うには少々視線が熱っぽいというか底冷えがするというか。
慣れるのに時間のかかりそうな人だという認識である。
「さて、どこから話そうかにゃー」
「どこ?」
「そうだねぇ。1、家族がどうなったのか。2、親友がどうなったのか。3、どうして世界が崩壊したのか。4、誰がこの世界に来ているのか。5、何で私がここにいるのか、だにゃあ」
……当然だけど、気になる項目しかない。
「順番で」
「了解だよぉ。1は家族だねぇ。まず言っちゃうと、世界が崩壊した時点で家族は全員死んでいるから、そこはオーケー?」
「うん」
「世界にちょっとした事件が起こってね。そのせいでそれはもう、たくさんの人が死んじゃって……それに巻き込まれて、世界崩壊前に死亡しました」
「……相変わらず、トンでも無い事をサラッと言う……」
「それが取り柄にゃので!」
雪瓜様は片目をウィンクさせつつ、舌をペロリと出して見せた。
一応言っておくと、仕草はかわいいけどシチュエーションのせいでかわいくは見えない。
私にとっても雪瓜様にとっても家族の事なのだから、もう少し詳しく説明してくれても良いと思うのに、何でそんなアッサリ言うかな……。
けど、雪瓜様が死んでこちらに来ている時点で、私と同じくザ・平凡だった彼等が生き残るとは、初めから考えていない。
むしろ、死んでいないと聞いたら気絶するぐらいだよ。
「2は親友だね……えー、確か」
「
「そうそう、しーちゃん。めぐたんってお友達多いけど、親友は少なかったよねぇ」
「それは普通だと思うよ?」
友達よりも親友の方が多い人っているのだろうか? いるかもしれないけど、絶対少数派だよね。
平凡以外の何者でもない私は、その少数派に入るはずが無い。
「しーちゃんはね、そうだなぁ。あれはどう言うべきかにゃあ」
「……?」
あまり見た事の無い真剣な表情に、私は思わず身構えた。
けれど雪瓜様はそんな私を見て、慌てて笑顔を作る。
「あ、嫌な意味じゃないよ? うん、適当なのは生存者、じゃにゃいかにゃあ。結局世界で最後まで生き残っていたから」
「……最後って」
「うん。いやぁまさか神様より後に死ぬとは、誰も予想していにゃかったんじゃにゃいかにゃあ」
「……!」
神様? 神様って、あの神様だよね?
生まれてくる人間に、役割を示唆する文様を与えていた、あの神様だよね!
見た事無いけど!
「そんな神様の話だけどにゃー。3の答えは、その神様が死んで、神様と命をリンクさせていた世界諸共崩壊したのにゃー」
「えええ!?」
語尾と同じく猫のように、テーブルへ頬を擦り付ける雪瓜様。だらしない笑顔が緊張感を台無しにしている。
けれど、話の内容はどう考えても、そんな気だるげに言うような事じゃないよね?
もうちょっとシリアスに伝えるべき事だよね!?
「え、あの。何で神様が死んで」
「で、4だけどー」
「一番重要なところをスルー!?」
「いやいや、神様の死因くらい、この世界にどのくらい、めぐたんの知っている子が来ているのかの方が重要でしょぉ?」
能天気な笑い声を発して、悪戯っぽく笑う。
本当にこの人は、性質が悪い……!
「えっと、後から追加されたのを足すとぉ。あー何人か数えるの忘れちゃった」
「え、そんなに多いの?」
「うーん、重要そうなのは、しーちゃんともう1人は、確実にこっちへきていることかにゃあ」
「……紅音、だよね」
確信に近いそれを言葉にすると、雪瓜様は笑顔で頷いた。
無意識に、握った手に力が入る。
在守河紅音。前世の記憶は無いものの、雪瓜様によって転生者であると公言された男の子。
その正体はおそらく、前世で私の親友だった子だ。
雫じゃない。
あの子は女の子だし、生き残ったのなら記憶を消す理由が無い。
対して、もう1人ならしっくり来るのだ。死に様は私と、私達を誘拐した犯人くらいしか知らないだろうけど、思い出したくないほど凄惨だった。
攫われた24人の中で最初に殺された「彼」は、忘れたくても忘れられない。
「5は、私が何でここにいるか、かぁ」
「話しにくいの?」
「うんにゃ。ただ、信じられるか不安にゃだけだよぉ」
不安といいつつ、満面の笑みだけどね?
むしろ話したいオーラが出まくっているけどね!?
コホン、と咳払いをした彼女は――
「天使だから」
キラキラした笑顔で、そう言った。
「天使だから」
何の反応も返さない私が、聞こえていないのかと感じたらしい。彼女はキラキラした笑顔のまま、もう一度同じように言った。
……え?
…………は?
………………ん?
「はぁああぁぁああ!?」
「しーっ、めぐたん、警戒されちゃうよぉ? まぁ、この部屋には防音の魔法を張っておいたから、大丈夫だけどにゃー」
「ちょ、え、はい!?」
「うんうん。私が嘘を吐かない事を知っているからこそ、嘘だと思いたくても拒否せざるを得なくて信じようとするけど、それも簡単には受け入れられなくて身悶えしているんだねぇ」
「……的確な考察のおかげで、少しは落ち着けたけれどね」
「あにゃ」
自分で自分の額を小突く彼女は、相変わらず飄々としている。
反対に、口調とは裏腹に、私の心の中はぐっちゃぐちゃだよ! 何なの天使って!
というか、いつ魔法発動したの? 予備動作とかの無い魔法ってあるの?
色々と気になる事が多すぎて、混乱を極める頭を押さえる。その動作だけで雪瓜様は喋るのをやめて、ニヤニヤと笑いながらこちらを前のめりで見てきた。
私が雪瓜様のクセなんかを知っているように、彼女もまた、私のクセを熟知しているのだ。それこそ、私が彼女の事を見ている時間よりも長く、私の事を見てきているのだから。
イキナリ天使がどうとか言われて混乱した頭を、彼女の笑顔へのイラつきで抑える。
それを感じ取った彼女は、再び口を開いた。
「神様に仕える者。あ、前世の神様とかの次元じゃないよぉ? なんと、あらゆる世界を生み出した創造主とも言うべきお方。それが私の使える神様さっ!」
「ますます意味がワカラナイ」
「え、そぉ? 残念だにゃあ……」
本当に残念そうに、彼女は目を伏せる。うっすらと涙ぐんでいるようにも見えた。
「まぁ要するに、転生する魂を見守ったり、運んだり、記憶の処理をする感じだね。あ、私以外にも何人かいるし、くおにゃんの記憶を消したのは私じゃないけど」
「……え、雪瓜様みたいのが何人もいるの?」
「ガチトーンで引かにゃいでよ!? さすがに傷付くよ? 前世でめぐたんに何を言われても傷付かなかった強化ガラスの心が、幾ら何でも傷付くよ!?」
「傷付く程度なら良いと思う」
むしろそのままマトモな人間というものを学び直すために、一度壊しても大丈夫そうな雰囲気さえあるのだ。
強化ガラスなら、一度溶かしてもう一度形成すれば良いし。
あ、それだと同じ形になりそう。
「まぁ冗談はこのくらいにしようかにゃあ」
「え、冗談だったの?」
「……ごめん、今、正に、本当に傷付いた」
私の言葉をいつもみたいな冗談混じりだと思っていたみたいだね。割とガチで雪瓜様の更生を考えていたのに、この熱意が伝わらなくて残念である。
それまで笑顔だった彼女の表情が、死んだ。
「質問の答えを言ってしまいますと、私と同じ性格や、私と気の合う天使はいませんでした」
敬語になった。ほ、本気で傷付いたらしい。
「私達天使は、本来任務を全うする上で不必要な感情は本能的に抑制されます。ただ天使にも個性がありまして。私の場合、知識欲や感情の起伏が、他の天使よりも大きかった。まぁその成れの果てが私というわけですね」
「……今は?」
「そうですね。元の性格と言えば良いのでしょうか。あ、しばらくしたらおそらく、多分、勝手に元に戻りますので、心配は要りません」
これまでと違う、聖母のような優しい微笑を浮かべ、姿勢を正す雪瓜様。
今までも邪気は感じなかった。けれど、これはあれだ。後光が差しているように見えるほど、神秘的な微笑である。
思わず見惚れるほどに、美しい人に見えた。
元の容姿が整っているのだ。性格が残念なだけで。
それを確信した瞬間であった。
「……変わりすぎじゃないかな?」
「ふふ、そうでしょうか。ですが、人の持つ感情の起伏というモノは、いくら理解しようとしても、その深遠が見えてこない……探求のし甲斐があるテーマですよ?」
何だろう、微妙に会話の歯車が噛み合っていない気がする。
「私の場合、空気が読めない、マイペース、人の話しを聞かない、といった方々を観察するのが非常に興味深いのです。彼等の行動自体は予測が可能なのですが、その心理には理解不能の行動原理と、意味不明な基準が存在しています。これは――」
……。
前言撤回。
綺麗な容姿はわかったけれど、性格を把握する事で台無しになるのだ。
容姿は容姿。中身は中身。
「お話、ありがとうございました、雪瓜様」
「……あれ、もうよろしいのですか? そうですか」
私が作り笑顔で話を強制的に打ち切ると、雪瓜様は素直に話を切った。
表情こそ笑顔だけれど、寂しそうに眉がハの字を描く。
申し訳ない気分になった。
「そういえば、なのですが」
私は、しばらく聖女モードのままらしい雪瓜様と、世間話をしていた。こんな風に、話題によってはマトモな彼女と話せる機会を逃したくなかったからだ。
そんなお話の最中に、彼女はニコニコと微笑みながら、こう切り出した。
「恵様は、私と容姿が似ておいでですね」
「そんな事ありません」
にこりと笑って、断言しておいた。
「……え、あの」
「冗談でも、そんな自分を貶めるような事は言わないでください」
「て、天使は嘘を吐けないようになっているのですが……」
「まっさかー」
こんな綺麗な人と、平凡で地味顔の私が似ているわけが無い。一度ご自分の顔を確認してはどうだろうか? あなた、絶世の美女ですよ?
そりゃ、私も鏡を見るまでは期待した。
転生しているかもしれないと、重い身体を引き摺ってまで見たのだ。最初に見たあの姿、そしてあれからほぼ毎日見る事になる鏡の中の自分は、前世と同じで平凡なのだ。
子供でも、将来絶対綺麗になるとか分かるじゃないですか。それが無い時点で、私がこんなに綺麗な人と似ているわけが無い。
前世で嫌というほど、それは実感させられている。
「……あの」
「……」
何でだろう。雪瓜様の私を見る目が、売られていく子牛を見るものに変わった。
というか、私から目を逸らして涙ぐんだ。
「え、何で?」
「……無自覚、天然、勘違い。理解し難いですが、これもまた試練……」
「?」
「こちらの話です。ええ、こちらの話ですとも……!」
映画の号泣シーン並みにボロボロと涙を零す雪瓜様。
え? 何で?
「決めました!」
「え、何を」
「私はこれから、恵様の世話係を見つけます!!」
「はい?」
突然声を張り上げた彼女は、どこを見ているのか、サムズアップを決める。
「今のあなたに必要なのは、護衛でも、執事でもありません。専属の世話係にして、心のケアを担当する、癒しの申し子なのです……!!!」
「……はい?」
またもやよく分からない話題に転換されたらしい。
癒しって何の事だろう。別に疲れていないし、お世話係ならリリエラで足りていると――
「雪瓜様! 私もその考えに賛同いたします!」
「リリエラ!?」
いつの間に防音魔法とやらを切ったのだろうか。
駆けつけたリリエラが、扉を勢い良く開けて入ってきた。
あああ、扉の向こうでマクシスが所在なさげにしている……! とりあえず扉を閉めるよう、ハンドサインを出しておこう。
「雪瓜様! 癒しとはどういったものがよろしいのでしょうか!」
「無難なものをあげれば、もふもふとした従順な、それでいてかわいらしいペット。要するに愛玩系の動物! 恵様に似合う動物から調べ上げなければ」
「お手伝いいたします!」
バァン!
「あ」
雪瓜様が、リリエラを伴い、部屋から急いで出て行ってしまう。
扉を閉めたばかりのマクシスが、再び所在なさげに目を白黒させていた。
「えっと……ごめんね、マクシス」
「……いえ。お嬢様のせいでは」
「ううん。何か、私のせいみたいだから。今度お父様に頼んで、お休みを増やしてもらうね」
「むしろ増やさなければならないかと……」
「そうなの?」
「……未知の動物や魔獣が、運び込まれる恐れがあります」
「ああ……」
たしかに、さっき動物がどうこう言っていたね。
雪瓜様のことだから、たしかに変な生物を連れてきてもおかしくなさそうだ。
「わかった。じゃあ、事態が落ち着いた頃に、纏まったお休みがもらえるように交渉しておくよ」
「は」
頼もしい返事だったけれど、無表情に疲れの色が見えたのは気のせいじゃないと思う。
なるべく早く見つかるといいな、癒し。
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