10 禁忌にして・2


 館雪瓜タチ セツリ……。

 彼女は、館恵の叔母である。


 前世、そして現世の、どちらにおいても。




 濃い藍色の髪は、肩にかからない程度に切り揃えられている。寝ぐせなのか跳ねたクセ毛は、毛先がくるりと巻いていた。

 光沢のある藍色のゴーグルを頭にかぶり、高級感の溢れるミニタイプのドレスと、ロングコートのようにも見える白衣という組み合わせ。


 薄い青色の瞳が、私を射抜く。


「どう、して。叔母さんが」

「ノン、ノン、ノン♪ ここでは叔母様、よ?」


 ぷっくりとした肉感的な唇に、自身の人差し指を当て、注意する。

 大した動きはしていないはずなのに、小さな子供には見せたくないような何かを放っていた。


 はっ! 今は私も小さい子供だよ! 目を塞がなきゃ!


「……ちょっと、そこまで拒絶されると、お姉さん悲しーにゃー」

「あ、ご、ごめんなさい」


 本を読むために座り込んでいる私を、態々下から目線で覗き込むために寝そべる。その上、語尾がおかしな事になっている。


 ……どうしよう。

 記憶にある叔母さんそのまんまだ。


「と、とりあえず、その。座りませんか」

「ふふ、いいよ。座ろうか。あ、美味しいお茶菓子持ってきてあげたわよー。紅茶にベストマッチのケーキ」

「じゃあ、マクシスに紅茶を淹れてもらおうかな」


 薄茶色の、紙でできた手提げの箱から、カップに入ったスイーツを取り出してみせる叔母……様。ケーキがとても、キラキラとして見えた。

 透明なカップに、スポンジやクリーム、イチゴのジャムなどが層となっているスイーツだ。上には飾り切りされたイチゴが乗っている。


「んふふ~、美味しい美味しいお菓子なのですよー。この日のためにあれこれ試して、ようやく完成したのにゃ~」


 とても楽しそうに鼻歌を交えながら、彼女はお茶会用にと部屋に用意された白いテーブルへと迷い無く向かって行った。

 私は部屋の外にいるマクシスに紅茶を用意するように伝えてから、席につく。


 マクシスが戻ってくるまで、時間があった。


「1つお聞きしたいのですが」

「ん、にゃにかにゃ、めぐたん?」

「叔母様、今年で何歳ですか?」

「めぐたんの10歳上だよぉ~? 前世も現世もめぐたんの叔母。お父さんの妹という点まで同じな事は偶然だし、前世と何故か姿まで一緒なのにゃ~!」


 今の私は6歳。つまり、叔母様は16歳という事か。

 『今は』歳相応の見た目らしい。


 美魔女もびっくり、前世で30歳を超えた彼女と、全く同じ容姿だったのだ。今の年齢が気になるのは当然と言えよう。


 何せ子供用のテーブルだけれど、叔母様は特に気にした様子も無い。

 やや持ち上がる膝の隙間から、見えてしまいそうだった。


「いやん、えっち」

「本当に美味しそうですね」

「スルースキルは相変わらずのようだねぇ。お姉さん、ちょっと寂しいにゃ~」


 小さく口を尖らせた叔母様。

 こう言っては何だが、彼女は、容姿は良いのだ。それ故に会話始めからドッと疲れるぶりっ子喋りと灰汁の強い性格にギャップがあり、多くの人間を良くも悪くも惑わせてきた。


 そう、良くも悪くも。


 かつて銀行強盗なんかに遭った時、人質となった際。自ら年齢をカミングアウトした上で、犯人を逆に人質にしてしまったほどに、癖が強い人なのだ。

 華奢な身体からは考えられないほどのバカ力は、運動部の助っ人に引っ張りだこになっていた。


「お待たせいたしました」

「うん、ありがとうね、マクシスくん。あ、マクシスくんにもこれ、あげるね」

「……ありがたくちょうだいします」

「うんうん。また遊びに行くにゃ~」

「それはお断りします」


 紅茶を用意して、さっさと出て行ってしまうマクシス。あれ? 何か違和感が。

 ……あ! 叔母様がマクシスの事を『マクシス』って呼んだ事だ! この人、すぐ人に妙な愛称を付けるのに!


「失礼な事を考えている時の顔をしているね? まぁ、マクシスくんはね。うん、愛称で呼ぶと気付いてくれなくてさ~。酷くにゃい?」


 お手上げとジェスチャーで表す叔母様。顔も彼女にしては珍しく、諦めが多分に含まれている。

 叔母様はしつこい。前世の記憶で嫌と言うほどそれを味わっている私からすると、してやったり、という状況である。


 紅茶とケーキを並べて、ようやく一息つく。


「……それで、叔母様にアレを預けるというのは」

「ああうん。それはね、こっちの不手際もあったから、そのお詫びも兼ねて、かにゃ」

「それは、どういう?」

「簡単に言うと、あの試練場にあなた達が入れる事をすっかり忘れていた、私の責任って事よ」

「「……?」」


 試練場、というのは、まぁ幼き青の試練の事だろう。


「めぐたんなら、もうあの本の中身を大体把握しているでしょ? あそこに何気無く書かれていた、試練場の責任者。実は今、私がその責任者にゃのです!」

「ええ!?」


 叔母様が、あの試練場の管理者?

 私は驚きに目を見開く。

 紅音も目を白黒させていたけれど、前世とかの話がよく分からないだろうし、途中から付いて来られていないのではなかろうか。


「それでねぇ。今回はめぐたん達が、既に試練場へ行っちゃっていた事が分かったから、思い切って事情説明に来ました! いやぁ、本当なら来年度の試験で言うつもりだったのにー!」

「つ、つまり、予定が早まった、と?」

「うんうん。ま、予定が早くなる分にはいいのよ。最近どちらかというと暇だったからにゃー」

「はぁ」

「で、説明の方だけど。ぶっちゃけていかにゃあ?」

「良い予感が全くしませんけど、どうぞ」


 この人の「ぶっちゃけ」で良い思いでは無いと言って良い。

 それに、質問形式で確認を取ってきてくれたけれど、ここでたとえ「聞きたくない」と言った所で彼女の口が閉じる事はないのだ。

 であれば、最初から観念して話を聞き、最低限の労力で最短の対応をするのが最善。


 前世で培った経験が、その道を示唆し、気付けば私の口を動かしていた。


「じゃあぶっちゃけちゃうよ~? なんと。……めぐたんは転生者にゃのです!」

「……それで?」

「笑顔が怖いよめぐたん!?」


 だって、それ、もう知っていますし。

 むしろ前世とか現世とか言っている時点で、そうだと教えているようなものだよね? という事は他に言うべき事があるって事じゃないのかな?


 私はお父様達にも向けない、練習中の『完璧スマイル』を向ける。

 監修はリリエラだ。


「「……ッ!」」


 私の笑顔に、叔母様と紅音の2人が全身を強張らせた。

 って、何で紅音まで反応したのかな!?


「あ、うんうん。えっと。まぁ見ての通り、私も転生者でね? めぐたん達に、現状の説明をするために、今ここにいるわけです」

「で?」

「だからその笑顔やめようよ! うぅ……自業自得でも辛いにゃあ……」


 あ、自覚あったんだ?


「それでね。前世において非業の死を遂げた君達には、勇者候補生として、特典付きで転生してもらう事になったのよ。前世の記憶を引き継いだり、超能力を宿したり、魔法の威力に補正が付いたり。人によって得点は様々だけど、まぁ全員何らかの補正はあるわけです」

「君、達? そ、それって、紅音も転生者って事?」

「うん。と言っても、彼の場合、知識はともかく記憶のほぼ全てが無くなっているけどね~」


 恐ろしく軽い口調で、叔母様は言い放つ。

 ……え? 紅音が、転生者? 本当に!?


「記憶が無いって、何で!?」

「そんなの知らないよ。めぐたんの方が知っているんじゃないかにゃあ?」

「私の、方が……?」


 言われて、頭痛が襲ってくる。

 紅音が前世持ちで、でも記憶が無い。そこから考えて、思い当たる「人」が、いた。

 前世がありながら、記憶を引き継がなかった……いや、引き継げなかった人物。


 なら、さっき私が感じた「懐かしさ」は……!


「というか、勇者候補生って何」


 私の様子を見かねたのか、あるいは単に話題を変えようとしたのか、紅音が叔母様に尋ねる。おば様はニコニコと笑いながら、言葉を並べて行く。

 紅音の『正体』に気付き始めた私に、彼女はほくそ笑んでいた。


「簡単に言えば、勇者の候補生って事。要するに、この世界を救う者を育てるって事だね。更にぶっちゃけた話、この世界はあと100年と経たずに崩壊するし」

「「……は?」」


 思考が、止まる。


 ずっと同じような調子で紡がれた、転生よりも、魔法よりも、非現実的な話だ。

 耳を疑う事しか、出来ない。


「――……どういう、こと?」


 散々間を置いて、ようやく搾り出した声は震えていた。

 いっそキャパシティオーバーで気絶でも出来たら、少しは情報を整理する間が出来たのだろうけれども。私の本能とでも言うべき部分が、それを許してくれなかった。


「どうもこうも。この世界の寿命は、あと一世紀保つかどうかって所に差し迫っているの。ま、この国のある大陸は、世間一般で言うところの『浮遊大陸』だから、影響は最小限だけど。地上は世界の寿命が諸に表面へ出ちゃっているにゃー」


 ふー、と。いつの間に食べ終えたのか、ケーキの入っていたカップに僅かに残るクリームを、スプーンでかき集める。

 集め終わったそれは、少ないけれど、美味しそうに見えた。


「おかげで地上では年がら年中戦争勃発。食糧難はどこも同じ。エネルギー不足も深刻化。つまり、世界の崩壊が間近に迫っているのです。で、も。かつてこの世界を作り出したという勇者がいれば、何とかなるかも? ってわけで、色んな世界から勇者っぽいのを呼び寄せたわけ」

「……それが、勇者候補生」

「ノン、ノン、ノン。ところがそう簡単に事は進まにゃい!」


 最後の最後まで味わいつくし終わったスプーンを、私に向ける。危ないし汚いし、やめさせたいけれど、そこまでの精神的余裕は、私には無かった。


「候補生は、あくまで候補生。世界中にその候補自体はたくさんいる」

「世界中……」

「そう! 世界の一大事だから世界中手を取り合って~なんていう理想論はやめてね? それが出来ないから、この世界の外から魂を呼び寄せる、なんて真似をしたんだから!」

「!」


 それはつまるところ、この世界の人間じゃダメだって、この世界の人が諦めちゃったという事だろうか。

 だから、私達みたいな、非業の死を遂げた魂を呼び寄せて……。


「非業の死を遂げるのが条件じゃないよ? 一定の強さを持った魂じゃないと」

「……私達は、その力を持っていたと?」

「そうだにゃあ。異世界に行くのってね、意外と力を使うのさ。たとえ神様と呼べる力を持っていても、生身の人間だろうと死んだ亡霊だろうと強さがいる。その強さが君達にはあった。だからこちらへ飛ばされた」


 一気に言い終えて、叔母様は紅茶を飲み干す。

 まるでお酒でも飲んでいるかのように、思い切り息を吐き出し、幸せそうに頬を紅潮させた。


「めぐたんもくおにゃんも、強い魂を持っていた。だからこちらへ呼ばれた。一方は記憶を消去し、一方は特典を携えて」


 ニヤリ、と。叔母様は怪しげな笑みを浮かべる。

 でも、その勇者候補になるための試練も、ある程度精密さがいるはず。どのように選出しているのだろうか。


 ん? 選出?


「……選定具って、まさか」


 私は、大切にブレスレットをしまってある宝石箱を一瞥する。

 おば様の目が、これまで以上に輝いた。


「そうそのまさか! 勇者候補生の中でも、本命となる者を見出すための装置なのです! 一定以上の潜在能力を持っていれば反応するように作られているのにゃー!」


 反応とは何を指すのか。それは、彼女がやってきた経緯から考えて、あのブレスレットが温かかった事に関係しているのかもしれないとあたりをつける。

 あのブレスレット自体も才能が無いと出てこないみたいだけれど、それだけなら、叔母様がこれに気付いた時点で、アポイントも無しに訪問するなんておかしいと思ったから。


 まぁ、血縁だし、違うかもしれないけれど。


「さてさて、あのブレスレットだけど。これまでも他の世界から来た転生者はいるけどにゃー、実は5歳の時点でブレスレットが熱を帯びるほど反応したのは、めぐたん達が初めてにゃのです!」

「え……」

「実はね、これ、判明した時点で報告しないといけないのよ。マジで。でもまだ報告していないの。もちろん独断と偏見で」

「な、何で」

「何で? そりゃもちろん、大事で大切で愛しいめぐたん達を守るためだよぉ~」

「「……は?」」


 これまでとは、ちょっと違う、恍惚とした笑みを浮かべる叔母様。

 え? は? どういう事?


「いやね、ここまで才能を見せ付けちゃうと、まだ転生直後でこっちの常識も何も学ぶ前に『戦場』に送られる可能性があって」

「「……ッ!」」


 戦場……? 何、それ。

 さっき、地上では年中戦争ばかりって言っていたけど、まさか、そこに?

 このブレスレットは、私達がお互いに触れても温かかった。その熱こそが、私達の『才能』の証だと彼女は言う。


 軽い調子で放たれた爆弾発言は、魔法があるこの世界の常識を理解し始めていた私達に、重くのしかかる。

 思わず、息が止まった。


「あなた達に用意された選択肢は2つ。

 1つ。今日から次の試練が開催される約1年先まで、そのブレスレットを自力で隠し通す。

 2つ、私に預けて、今の内からとある特別待遇を受ける。

 ……このどちらかよん。加えて言うと、私以外にそれが見つかった場合。問答無用でどこか知らない施設にでも送られるかも?」


 どちらか、と言いつつ、あからさまに一択を迫ってくる。

 彼女は前世でも見た覚えが無いほどに、悪い笑みを浮かべていた。


「ちなみに2つめを選んだ際の特典といたしましてー……めぐたんの世界が、その後どうなったのかを特別に大公開しちゃうよ?」

「っ」

「というか、1つめを選んだところでメリットは無いよ? どうせ私、女神様には報告するし」

「女神、様?」

「この大陸を管理するお方だよ。世間知らずの恵は知らないみたいだけど」

「うぅう、うるさいなっ」


 既に紅音は話を理解するのをやめたらしい。私に決定権を丸投げして、目を逸らしていた。


 むぅ、ずるい。


 というか、この世界には女神様がいるのか……。


 大陸を管理する、って事は、大陸ごとに別の神様がいるとか? 前世でも神様がいたけれど、あの神様と同系列の人だろうか?


「女神様は話がわかる上、平和主義者だからね。めぐたんの意思を尊重するでしょ」

「な、なら」

「でも、あくまで尊重するだけ。最終的なゴール地点は同じになる。問題はその過程。下手をすると齢10歳にも満たないのに戦場へ駆り出されるか。束の間の平和を約束されて戦場へ行く義務を背負うか。2つに1つ♪」


 頬杖をつき、前のめりになる叔母様。

 ……ああ、もう。


 何度も言わなくても、途中で理解しましたよ。

 たとえどれだけ抵抗したところで、叔母様は、ブレスレットを強制的にでも預かるつもりだって。気付いてしまったのだ。


 この人曰く。

 私達の事は、大事で、大切で、愛しいらしいから。

 けど形としては、私から預けた、という事にしたいのだ。聞こえが良いし、彼女の言う「お詫び」が帳消しになるだろうから。


 いや、色々教えてもらっているし、むしろ借りになるかもしれない。


「……わかった。預ける」

「にゃあ、いい子だよぉ。うちのめぐたん良い子だよー。はぁ、誰かに自慢したい。そうだ、女神様に自慢しよう! 写真撮れないのが辛い!」

「……」


 どうしよう。理性と本能がブレスレットを預けてはいけないと叫んでいるのだけれど。


「ふふ、冗談だよぉ。くおにゃんのは、後でおうちに取りにいこっか?」

「いや、持ってきているから。ほら」

「わぉ、準備いいねぇー。何、私が来る事とか、知っていたのかにゃ?」

「んなわけ無いだろ。恵と会う時はいつも持ってんだよ」

「そうだったの!?」

「……まぁな」


 何故かそっぽを向いてしまう紅音。

 そんな紅音を、ニマニマとしている叔母様が見つめるけれど、紅音が睨みつけると私に視線がむいた。そしてハッとなって再び前のめりになる。


「決断しためぐたんには、特典をあげなきゃだったね!」

「え、あ」


 そういえば、私がいた世界のことを教えてくれるとか、言われたね。


 この分だと、最初から教える気満々だったと思われる。

 私は無意識に溜め息をついていたけれど、叔母様もそれを無意識で無視して、話は進む。


「じゃあ『ぶっちゃけ』るけどぉ」

「……っ!」


 叔母様の声のトーンが、一段階ほど下がった。

 前世から引き継いだ勘が泣き叫ぶ。


 叔母様の『ぶっちゃけ』は――



「めぐたんのいた世界だけどね……とっくの昔に崩壊しちゃっていまぁす!」



「 ―― ………………えっ? 」



 やはり何でも無いかのように、絶望的な事実が、突きつけられた。


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