09 禁忌にして・1
私がこちらに転生したあの日から、約1年が経ちました。
この1年で、結構身長も伸びました。平均程度だと思うけど。
加えてやっぱり、前世の私らしさの増した顔つきになってきた。
いわゆる庶民顔です。
ああ嬉しくない!
「成長したら……」
ここのところ、毎日鏡を見ている。
正直、現世における両親のどちらともに似ていないのだ。見事なまでに前世に近いのに、色だけは親のものを受け継いでいるため、違和感が半端無い。
桜お姉様は、色はお父様ともお母様とも似つかないけれど、顔つきはお母様の物なのだ。
美形家族の中で、私だけが浮いている。
「はぁ」
「今日も憂いげですね。何かございましたか?」
「……リリエラ」
リリエラは私の心配をしてくれる、とてもいい人だ。心配させたくない。
前世では、ここで頬を思いっきり引っぱたいていたのだけれど、現世ではそんな事、しちゃいけない。頬が赤くなるし、はしたないからね。
少しの間目を閉じて、1回だけ深呼吸をする。
そうして、笑顔を浮かべる。
―― よし!
「大丈夫よ、リリエラ。ありがとう」
「……ご無理はなさいませんよう」
「わかっているわ。あ、今日はこのバレッタを使いたいの。いいかな」
「かしこまりました」
綺麗な青い蝶のバレッタを手に取り、リリエラに差し出すと、彼女はすぐ髪に付けてくれた。仕事が速いね。
うーん、でも、やっぱり最近元気が無い事は気付かれているから、ちゃんと元気だって所を見せないと! 今日はお客様が来るから、チャンスだよ!
お客様というのは、ぶっちゃけ紅音である。
実は意外と気が合う事がわかって、身分差を気にする事もないため、よくお互いの家へ遊びに行っているのだ。
もちろん、私も兄妹同伴で行って来ましたとも。
紅音の家は、和風だった。中華風でも何でも無く、ちゃんとした和風だった!
私が今いる国だと、かなり目立つ類の建築様式だけどね。和風という単語は、きちんとこの世界にあってよかった。つい前世の日本っぽいものを見たら、和風と叫んでもおかしくないもの。
「お嬢様、紅音様が参りました」
「早いね! つれてきて!」
「は」
この1年で、マクシスは護衛兼傍仕えになった。
無愛想が玉に瑕だけど、気が利く上に淹れる紅茶が美味しいという不思議な人なのだ。
護衛の人って、剣術とかが強くて他には無頓着、ってイメージがあった。実際多いとマクシスから聞いたけれど、そのイメージが拭えないのはマクシスのおかげだね!
「前回はマクシスのお茶を飲んでもらえなかったから、今日こそ飲んでもらいましょう!」
「……お嬢様。私はあくまで護衛です。お忘れなきよう」
「ふふっ、うん。大丈夫。忘れていないから」
でもね、マクシス。紅茶を淹れられる護衛って、とても好感度高いと思うの。人を守るその手で、とても美味しい紅茶が注がれる。これって素晴らしい事だと私は思うの!
世の人々は、運動が得意な人を常に汗臭いだとか、泥臭いだとかって言うのよ?
そう思う人が多くなかったとしても、決して少なくないはずなの!
それが、貴族の嗜みとして知られる紅茶を、メイド達が悔しがるほど美味しく淹れられる。これは凄い事なのですよ!
もう、紅茶を淹れる大会があったら、優勝できると思うの!
いっそ開催したいな。館家だったら出来ないかな。
……お願いしたら、本当に開催されちゃうだろうからやらないけど。
「ニヤつくか難しい顔をするか、どっちかにしろよ」
「ひゃっ!? ……あぁ何だ、紅音か。もう来たのね」
「リリエラさんが『お早く』とか言うから、早足で来たんだが?」
「ちょっとリリエラ!?」
「申し訳ございません、お嬢様」
ぺこりとお辞儀するけれど、その表情は誰が見ても良い笑顔だ。うぬぬ……嵌めたね? 今の私が貴族子女としてははしたない顔になっていると知って、あえて来させたね?
紅音はとても呆れたような、それでいて「仕方無い」とでも言うような苦笑を浮かべている。
うぅ、居た堪れない。
「にしても、やっぱり本、多いな」
「だよね。紅音の家に行った時、そんなに本が無くてこっちが驚いちゃった」
「俺の方は普通だからな?」
「うん。よくよく考えると、騎士の家に、しかも文字も読めないくらい幼い子供の部屋に、何でこんなに本が置いてあるのか謎だよね」
この1年で、私はほとんどの文字の解読に成功していた。
文字をちゃんと理解すると、驚いた事にその文字だけが日本語に置き換わるのだ。もちろん、知らない文字は翻訳されないし、理解の度合いによっては再度翻訳しなおさないといけなかったけど。
けどここにある本のほとんどは、日本語で言うひらがなに当たる文字で構成されたもの。今の私でも内容を把握出来るものがほとんどなのだ。
ちなみに、難しい内容の本は虫食い状態である。
「騎士爵って言っても、館家だからだろ」
「?」
(わかっていないって顔だな、これは)
私が首を傾げると、紅音は今度こそ呆れたような表情になってしまう。
え、何で。
「いいか? 館家って、本来なら公爵家になってもおかしくない家だぞ?」
「……そうなの?」
「王家の血を色濃く継いでいるからな」
「……そうなの!?」
「やっぱ知らなかったな……」
王家、ってあれだよね? 王様の血筋って事だよね? え、そうだったの? お父様達ったら何も言っていなかったけど、そうなの!?
ただ、その時。私の思考は、自分が王族の血を引いているという事に大して驚いていなかった。
厳密には、それ以上に自分の興味を引くものが、自分の知識にあったからだ。
一種の現実逃避というものだろう。
だって、イキナリ自分が王様だとか天皇陛下だとかの血を引いているって言われても、すぐに信じる事ができますか? って話だよ。
私の場合は、現実逃避を選択したわけです。はい。
「あ、じゃあ、あの表記ってそういう事なのかも」
「何の話だよ」
「ほら幼き蒼の試練だよ。絵本にもあるでしょ?」
「……ああ、アリスか。前に言っていた奴だな」
「そう!」
私は本棚から、一冊の本を抜き取り、持ってくる。私が勝手に『アリス』と呼んでいる本で、内容はほとんど不思議の国のアリスだ。
そして、我が館家の庭にある、試練場の名前でもある。
実は私の部屋の本棚には、2冊の『幼き蒼の試練』があった。
片方はアリスと同じような内容の童話。
もう片方は、どうやら試練場に関するものだったらしい。
「ほら、ここ」
「……読めないからな、俺は」
「あ、そうだっけ。えっとね、ここに『王より賜りし試練の儀式』って文章があるの」
試練場の方の本を開き、ある一文を差す。紅音は文字が読めないようなので、ちゃんと声に出して訳しながら説明した。
この本の内容を簡単に説明すると。
1、試練場の管理は、王の信頼を得た騎士に一任する。
2、試練場に入る者は、必ず7歳以上とする。
3、管理人の一族には、どのような災禍が訪れようと、王族の庇護下に置かれる。
という事になる。
この王の信頼というのは、王族の血を引いている事と深く結びついているのだろう。他にも細かくて難しい言い回しの部分があったけど、そこは、今は良いや。
とりあえず、内容はこんな感じなので。
「必ず7歳以上、か。何でだろうな?」
「あ、そういえば。えっと、たしかこっちにそれっぽい記述があった気がする」
「へー?」
本のページをパラパラと捲り、目的のページを探し出す。横で紅音が、じぃっと私の手元を見つめていて、少しくすぐったい。
意外だな。紅音って、見た目からして不真面目そうというか。運動大好きっ子で、本なんか読みそうにないのに。
それも、物珍しそうに見ているわけじゃない。
ちゃんと文字を読もうとしている。
ちゃんと言葉を理解しようと、目を忙しなく動かしている。
……ああ、前世で似たような光景を見た覚えがあるなぁ。図書館で、親友と一緒にいた時だ。彼もこうして、文字を目で追っていた。
あの目の輝きを、思い出させる。
「あ、あった」
けれど、つい見惚れてしまいそうになったその時、目当ての記述を見つけた。
幸か不幸かで言うと、幸だろうね。
二度手間になって、何度も読み返す、なんて事が無かったのだもの。
「えっと、魔法は7歳以下、特に時が形成の成される5歳前後の子供には負担が大きく、最悪の場合死に至る。そのため、魔力形成期として、7歳まで子供に魔法を教えてはならないと共に、試練場への立ち入りを固く禁ずる事とする」
「……思ったよか重い話?」
「み、みたいだね。って、あ」
「どうした!」
私は、年齢制限について書かれてあった隣のページに、見覚えのある物が描かれたページを見つけた。見つけて、しまった。
そこには、美しいブレスレットの絵が、でかでかと掲載されていたのである。
注意書きの次のページに書かれているのだ。……私はもちろん、注意書きの内容を知った紅音も、胸の辺りが不安できゅう、と締め付けられた。
「これって」
「あれだよな」
私達はお互いを見合わせ、目を逸らす。2人揃って、やってはならない事をしてしまったような、重い空気を感じ取った。
けど、何の記述か確かめない事には、この不安感は拭えないだろう。
私はおそるおそる、内容を確かめた。
「……選定具?」
拍子抜けな事に、内容は虫食いで、読める部分は非常に少ない。
けれど、そこに描かれた物が、何かを選ぶためのものだという事は理解した。もしこれが年齢測定用の物だったら、ちょっと怖いけど。
だって、試練場にあった物だし。
もしこれが、私達の持っている物以外に無かったら? ああいや、だったら無事に今年の試練が行われるわけが無いか。
それと、あの試練を受けた全員が、これを生涯に一度だけ受け取るとしたら?
だとすると、私達が一度、あそこに行ってしまった事がばれる。
厳重に管理されていなかったとはいえ。私達があそこに入り込んだ事が罪だったら……。
って、それだとあの乙って子が来るのもおかしい気がする。
絶対にダメな事で、神様的な人に背く行為だったなら、私達は既に断罪されていてもおかしくないはずだよね。
……あれ? これってもしかして、そんな不安にならなくて良い感じ?
「うん、忘れよう」
「いやいやいや、切り替え早すぎだろ!」
「そうかな。あ、じゃあ、もうちょっと……何を考えようか」
「ったく。じゃ、あれだ。このブレスレットをどうするかって話だ」
「今までどおりでいいと思うよ? 見つかっていないし」
「館家と在守河家に仕える優秀な探偵を知っているか」
「何それ知らない」
そんなのいたの? 護身術を教えてくれる人なら知っているけど、あんな感じのザ・プロフェッショナルがうちと紅音の家にいちゃうの?
まさか、見た目が子供とか、そういうSF系のお話じゃないよね!
……さすがに漫画の読みすぎかな。
「上手い隠し場所を探さなきゃいけないって話だよ」
「うーん、7歳になった子供は、全員あの試験を受けるでしょ? 何日かに分けて」
「そうなる」
「じゃ、リリエラに任せるのはダメかぁ。試練の事、知っているだろうし」
「俺達くらいしか知らない隠し場所。うぁ、言葉にしたら急に無理ゲーに思えてきた」
「そんなに優秀な探偵さんがいるの!?」
齢6歳の行動範囲は、大人にしてみれば狭いだろう。私達くらいしか知らないような場所なんて、たしかに思い当たらないけれど。
「でも、私だけが持っている鍵の宝箱の中身なんて、誰も見ないと思うけどな」
そう楽観した言葉を、つい漏らしてしまう。だってさ、とてもじゃないけど超プライベートな子供の秘密を暴こうとする人がいるなんて。
「大人を、嘗めるな」
……思っていた時期が、私にもありました。
そうだった。大人に子供の行動が読めない事が多いように、子供にとって大人の考える事は未知の塊だった。
「じゃあ、どうするの?」
「んぅ」
この1年、見つからなかったのは奇跡だ。
優秀で綺麗好きのメイドや、超優秀で着飾るのが好きなデザイナーの興味を引かなかった。
これは本当、奇跡と言えるだろう。
じゃあ、どうする?
今は見つかっていない。
あと1年、確実に隠しとおせる場所を、一刻も早く見つけ出さなければならない。
もし見つかったら、どうなる? わからない。だから、怖い。
どうなるか分からないのに、いやだからこそだろうか。
私も紅音も、目が潤んでいた。
こんな話をしているのだ。もちろん私達以外誰もいないし、こんな顔面蒼白で震えている姿を目撃される事は無い。
けど、転生直後の不安とは別種の、それでいてあの時以上の不安感に、押し潰されそうになる。
それも今回は、リリエラのような人が傍にいない状態で。
「だ、誰かに預かってもらうとかは? ほら、乙さんとか」
「あいつは下位の貴族の血筋だ。上位貴族の俺達が呼び出したら、変に勘ぐられる」
「うぅ、じゃ、どうすれば」
「―― じゃ、私に預けてみない?」
……ッ!
私達以外、誰もいないはずの室内に、声が響く。
落ち着き払った、艶を滲ませる女性の声だ。
私と紅音は、ゆっくりと声のした方へ顔を向ける。
そこには……!
「……叔母さん?」
「はぁい♪ 『こっち』では初めましてだね、めぐたん♪」
『めぐみ』の、叔母が、いた。
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