06 恵の家族
ドレスが決まってから、10分もしないうちの事だった。
ガランガラン、と、遠くで鐘の音が響く。
先程時を知らせる鐘が鳴ったばかりなので、何かな、と耳を済ませる。
すると、屋敷内が騒がしくなって……。
―― もしかして!
「リリエラ!」
「はい、お嬢様! 奥様方が帰っていらっしゃったようです!」
どこから出したのか、望遠鏡を片手に遠くを眺めるリリエラが、欲しかった言葉を叫んだ。
胸の辺りが熱くなる。
動悸が激しくなって、苦しいような、それでいてこそばゆいような。
じっとしていられない。
そわそわと落ち着かなくて、チラチラとリリエラへ視線を送る。
「お嬢様、馬車はゆっくり動いておりますので、今から向かうととても待たされますよ?」
「っ、それでもいいの。遅れたくないわ」
「リリエラさん、せっかく張り切っているのですもの。早く行っていらして?」
「……そのぅ、私が判断できる事ではないのです……」
「「えぇ~……」」
何でも言う事を聞いてくれる、というイメージが強いリリエラ。私の身分はお嬢様だから、メイドが言う事を聞くのはある意味当然だからね。
けど、不満げにぶーぶー言う私とリュナから、私と同じくらいそわそわしながら目を逸らす。その様子は隠し事をしているみたいな印象があった。
その証拠に、後ろで扉の開く音が聞こえる。
「リリエラを責めないでやってくれ、恵、リュナ」
聞き覚えのある、優しい声がした。
振り向くと、そこにいたのは扉によりかかるお父様。
気付くと、私の身体はお父様の方へと走り出していた。
「お父様!」
「やあ、恵」
走って来た私を軽く持ち上げて、勢いを殺さずに1回転してみせる。
わ、わ! 凄い! 一瞬だけだけど、お父様より高いところの景色が見えた!
「リリエラには、私が恵を連れて行くと伝えておいたからね。勝手に行かれたら、お父様は寂しい。どうだろう、一緒に行ってくれるかい?」
「もちろんよ、お父様!」
お父様の太い腕に座るような姿勢になった私は、お父様を力いっぱい抱きしめた。
子供の小さな身体では、弱く挟み込む程度の力だけれど。お父様は、とても嬉しそうに、私の頭を撫でてくれた。
はわ、なでなで、気持ちいいかも……。
「おめかししたのかい? そのドレス、とても良く似合っているよ」
「うん! リュナが用意してくれたの」
「ああ、リュナが? やはり君は、過度に暴走しなければ腕はいいね」
「ふふ、お褒めのお言葉だけ戴きますわ、旦那様」
くすくすと嬉しそうに微笑むリュナ。
彼は綺麗にお辞儀をして、手を2回叩いた。
「「はいただいまァ!」」
「にゃーーーーッ!?」
突如として、あの筋肉ゴリラメイドさん達が入ってくる。野性味の強い見た目と野太い声が一致しているために、先程よりも強く嫌悪感が全身を駆け巡った。
思わず、お父様に抱きついてしまうほどの……!
「ああ、大丈夫だよ、恵。……恵は病み上がりだ。せめて、大声はやめてくれるかな、ジュスティーノ、フォイブォン?」
「「はい! だん……――」」
あぅ、反省の色が無いよ、この2人。急に大声を出されると、思わず反応してしまうのに。
私は仕方なく、耳を手で塞ごうとする。
……しかし、彼等の言葉は、最後まで続かなかった。
何故なら。
「―― やめて、くれるかな?」
お父様が、とても、とっても優しく、問いかけたから。
ッ!? 寒ぅっ!?
あれ? この部屋ってこんなに寒かったっけ!?
声も表情も優しいのに、雰囲気だけがブリザードのように凍りつく。
お父様にくっ付いている所が、異様に冷たく感じてしまう。
一瞬にして、室温が10度以上も下がったような気がしたのは、私だけではないらしい。
先程、お父様にジュスティーノ、フォイブォンと呼ばれた筋肉ゴリラの2人も、しおらしく声をすぼめて、こう言った。
「「……はい、旦那様」」
先程言おうとしていた言葉を、今度は小さな声で繰り返す2人は、何故だろう。今の私より、ずっと小さく見えた。
「はいはい、反省は後で。急いで片付けてくださる? この部屋にいるのが居た堪れないなら、なおさら早く、スピーディーに!」
「「は、はい」」
見るからに落ち込んだ2人だけれど、仕事は速い。部屋に大量に置かれていたハンガーラックが、みるみる無くなっていった。
仕事面では、有能のようだ。
「さぁ恵。そろそろいい頃合だ。行こうか」
「あ、はい」
この時、お父様を絶対に怒らせてはいけないと、魂に深く刻み付けられた。
気が、する。
玄関には、出迎えるために集まったメイドさんと執事さんがたくさんいた。
というか、このお屋敷広すぎませんか?
私の部屋からここまで、結構時間がかかったよ?
それに、玄関も広い。とにかく広い。
部屋の時点でかなり広かったから、何と無く予想は出来ていたけど……広すぎだと思うの。
もう、体育館がまるごと入りそうな広さの玄関なのだ。
幅も奥行きも、壁の高さだって。追いかけっこをしても何の支障も無いくらい、広い。
ただ、中央の道に沿って水の流れる溝があったり、溝の途中で噴水があったり、高級そうな壷とか絵画が飾られているけれど。それを差し引いても、広い。
どこのお城かと勘違いしてしまいそうになる。
玄関から真っ直ぐ歩いた先には、2階奥のホールと3階の廊下へ通じる大きな階段が。
天井は弧を描いていて、豪華な絵が描かれている。
壁にも同じように花や小鳥の絵が描かれていて、とても綺麗。
玄関の扉は大きく、漆黒の金属で出来ている。獅子のような動物と鷲のような鳥を模した、金色の細工が施され、力強さの中に優美さが混じっている。
「旦那様、恵お嬢様。奥様方がご到着いたしました」
「分かった。さぁ恵、あの扉が完全に開ききるまでは、動いてはいけないよ」
「は、はい!」
元気良く返事をすると、お父様は優しく微笑んで、私を丁寧に下ろす。
ちょうど階段下にいる私は、青いカーペットに足を付けた。
すると遠くで、重苦しい音が響く。
見ると、見るからに重そうな扉が、ひとりでに開いていく。
外の自然の光が差し込み、部屋の仲が一段階ほど暗く感じてしまった。
そうして開ききった扉の奥から、ゆっくりと、誰かが入ってくる。
「―― ただいま帰りましたわ」
遠すぎて聞こえないはずの声が、ハッキリと届く。
この、懐かしく、甲高い声は。
「お母様!」
思わず、駆け出してしまった。
扉は、もう開ききったから良いよね!
「恵ちゃん、走ると転んでしまいますよ!」
「そうですわ! 病み上がりでしょう?」
お母様の声よりも、一段階ほど高く、明るい声が聞こえてくる。
その人は、薄い桃色の髪に緩いウェーブのかかった女性。私より年上だね。7歳くらいだろうか。プリンセスラインのドレスを着こなした少女だった。
桃色のドレスを翻して、少女は部屋の半分まで来た私を抱きとめる。
「お姉様、お帰りなさい」
「ええ、ただいま、恵。ずっと寝込んでいたと聞いたわ。今はどう? どこも痛くない?」
「はい、大丈夫です、お姉様!」
実際どこも痛くないので、元気に答えてみせる。けど、お姉様は心配なようで、彼女の濃い金色の瞳に私が映った。
私の頬をふにふにと揉んで、強く抱きしめてくれるお姉様。
苦しいほどではなくて、とても心地よいぬくもりにほっとした。
「あ、ずるい。俺にもやらせてくれ」
「嫌よ。お兄様は力が強すぎるもの。病み上がりの恵はあげないわ」
お姉様が振り返った先にいたのは、やや濃い青色の髪をしたお兄様。
緩いウェーブのかかった髪は所々跳ねていて、薄い青色の瞳はつり目だ。見た目だけで言うなら、やんちゃ坊主、という感じ。年齢は10歳、くらい?
膨らんだ袖のドレスシャツに、光沢のある濃い緑のベスト。黒い半ズボンに白いハイソックスと、茶色い革のローファーをはいた少年だ。
彼はお姉さまの制止を振り切って、私をひょいと持ち上げた。凄い。力持ち。
でも、頬は弄らないみたい。
ただ、その。今の私には、お兄様って2人いるのだけれど。
「……」
いわゆる上のお兄様は、黙ったまま、私を見下ろしていた。
年齢は12歳とか、そのくらい。ちょっと背が高いです。
私と同じ、薄い緑の髪に淡い青色の瞳をした美少年。顔立ちが中性的で、ドレスを着たら男の子だって分からないのではないでしょうか。とても美人さんです。
……色彩的には同じなのに、顔のパーツでこうも違うものなのか!
この美男美女軍団で写真を撮ったら、私だけ浮くよ、きっと!
「……私とは、初めまして、に、なるのか」
あ、そうなの?
無表情の少年は、静かに私へ手を乗せて、撫でてくれた。
「私は、希。
おぉ、お姉様達の名前まで分かった!
希お兄様、か。ちゃんと覚えておこう。
襟に金色の縁取りがされた薄緑のワイシャツ、黒のベスト。焦げ茶色のズボンは、脛を覆うブーツにしまいこまれている。
やけに不安そうな顔をする人だな。
私はそんな事を考えながら、にこりと笑ってみせる。
希お兄様は、終始無表情だった。
けど、表情ではない所で分かりやすい人って、いるんだね。私が少しでも近付くと、無表情なのに身体が固まって、緊張しているのが一目で分かった。
何でそこまで緊張しているのか分からないけれど、多分妹と接するのに慣れていないだけだよね。
私を心配して来てくれたのだ。とりあえず、妹に厳しい人ではないのだろう。
「ふふ、子供達に先を越されてしまったわね」
「お母様!」
ゆっくりと優雅な所作で歩いてきたお母様は、美しいというよりも、愛らしい女性だった。
凛々しい顔つきだけれど、笑顔が温かくて柔らかく、綺麗なのだ。
葵波お兄様と同じつり目だけれど、濃い青色の瞳は海を思い起こさせる。
薄い水色の髪は桜お姉様のように緩いウェーブがかかっていて、これもまた海を連想させる。
笑顔でなければ勝気なように見える顔をしているのに、ずっと笑顔で、綺麗。金色の髪飾りも人魚を思わせる竜泉的なデザインで、ステキ。
ドレスはすっきりとしたシルエットで、淡い青色のもの。ストールも柔らかな生地が使われ、スタイルの良さを全面に押し出しつつ、素肌をあまり晒さないデザイン。
お母様も騎士だと、情報では知っていた。でも、写真とかでしか見ていなかったから、当然の如く実感は沸かなくて。
でも、思わず、見惚れてしまった。
多すぎず、少なすぎない筋肉は、女性としての美しさを最大限に高めていた。
ドレスの端々から見え隠れするそれは、力強くありながら、とても、美しかった。
「綺麗です、お母様」
「あら、うふふ。聞きました、貴方? 恵に褒められましたよ」
「ああ、こちらも子供達に先を越されてしまった。おかえり、今日も美しく、愛らしい、私のフレグラシア」
「ええ、只今戻りました。かわいらしくも逞しい、わたくしの奏真」
……あ、お母様の名前だけ、カタカナだね。
今、脳内で勝手に漢字に変換していたけれど、そっか。お母様だけ名前の響きが違うなら、お母様は嫁入りしたのかな? うち、館家だし。
ハーフとかでカタカナの名前になる日本人とか、いたよね。あれみたいな。
というか、子供の目の前でいちゃつき始めたね、お父様とお母様。
ああいや、別に何か、見せちゃいけないような事は何もしていないけれど。その、雰囲気がとても甘くて、見ているだけで胸焼けを起こしそうになる。
お兄様達もそうみたい。希お兄様なんかは、無表情ながら目線を顔ごとずらしていた。
私は、貴族の恋がどんなものか知らない。けれど、ここまでラブラブ新婚気分は、非常に珍しいのではなかろうか。
「恵、お母様達はこうなったら長い事は知っているわね?」
「はい」
どう見ても長そうなので、お姉様の問いには即答しておく。
「私達とお庭に行きましょう。ふふっ、いいものを見せてあげるわ!」
「おっ、あれを見せるのか、桜」
「ええ。お兄様達も見てくださいませ。ようやく人に見せられる程度には上達したのです」
「……それは楽しみだ」
あれ、が何かは分からないけれど、外に出るらしい。見覚えの無いメイドさんやリリエラが、一緒に動き始めた。
お兄様達も、楽しそうに移動し始めた。
希お兄様は未だ無表情……なのだけれど、頬が僅かに紅を帯びている。楽しみなのだろうか。
それにしても、外かぁ。
用意された外出用の靴は新品で、ピカピカ。
「森林近くには近寄りませんよう」
「分かっているわ。恵を危険に晒せないもの。屋敷の近くにしましょう」
「それと、雨雲が近いようでございます」
「あら、そうなの? 分かったわ」
私は髪色と同じ、薄緑色の布を手渡されて、見送られる。何の変哲も無い布だけど、きっとこれで雨を凌げ、って事だよね。
それよりどうしよう、外の記憶がほとんど無い。
あの写真に写っていたピクニックは、私が私になる前のもの。
実質、この屋敷の外に出るのは初めてなのだ。
ドキドキ、する。
開きっぱなしの扉の向こうへ、私は手を引かれた。
「こっちよ、恵」
お姉様は、私の歩幅に合わせて歩いてくれる。
一週間も眠っていた身体は、とても疲れやすくなっていた。
子供といえば、大人よりずっと体力があるように思う。けれど、本当に身体が美味く動いてくれないのだ。
そんな私に合わせて歩き、時にお兄様が私を抱きかかえてくれる。
おかげで、お姉様の目的地にすぐ着く事が出来た。
館家が所有している庭とやらは、私が思っているよりずっと広いらしい。
屋敷と家の門までの距離は、高い所から見ても見えないほど遠い。
あらゆる場所から水柱が立ち、噴水がある事が分かる。
館家は貴族だけど、貴族の位の中でも騎士爵ってかなり下だった気がする。
それがどうして、こんなに大きな屋敷と庭を持っているのだろう。
「ここで良いわね」
「だな、ちょうどいい広さだ!」
「……恵、一応、離れておきなさい。……あ、私からは離れなくて良いから」
お姉様達は周囲を確認し始め、希お兄様がお姉様からやや離れた位置に陣取る。
何をするのだろう? と考えていると、葵波お兄様もお姉様から離れた。
「お姉様は……」
「しぃ。恵。……見ていれば、分かるから」
聞こうとしても、こんな感じであしらわれ、分からないのだ。
大人しく待つと、お姉様が懐から何かを取り出した。
丸く整形された青い宝石のはめ込まれた、くすんだ銀の装飾が施されているペンダントだ。
月を模したと思われるそれは、デザインはシンプルだし、まるで子供のおもちゃのよう。
それを使って何かするのだろうか?
「むぅー……」
ペンダントの革紐を握り、集中していくお姉様。
やがて、ペンダントの宝石が、淡く輝きだした。
って、え?
「―― 【スプラッシュ】!」
そう、お姉様が叫んだ途端。
宝石はよりいっそう強い光を帯び、光はやがて、透明な物質へと変化する。
光が形をとり、光を反射する、透明な『水』へと変化したのだ―― !
水は丸く変形し、無数のシャボン玉を生み出した。
虹色に輝くそれらは、ふわふわと浮かび、空へと放たれていく……!
「……魔法!」
「そうだよ、恵。けど、ここからだ」
ここから?
葵波お兄様の言葉に、私は再度お姉様へと視線を移す。すると、お姉様はまだ集中していて、ペンダントも未だ光を放っていた。
「―― 【アクアランス】!」
シャボン玉が、全て弾ける。
弾け、水飛沫となったそれらは、一箇所に集束し、槍の形をとった。
「―― 【アクアミスト】!」
槍状になった水が、また弾ける。
今度は集束せず、弾けた水が更に細かく、霧状になって、私達の上を舞った。
「これで最後……―― 【ホーリーナイト】!」
霧状だった水が、ふわふわと落ちてきた。
それはとても冷たくて、でも、太陽の光を反射してキラキラと輝いている。
……雪だ。
「単一属性とはいえ、4連続で魔法を発動かぁ、魔法に才能のある者は違うね」
「……綺麗だった。これなら、あの、家庭教師の鼻を明かせるだろう」
「お褒めに預かり光栄ですわ。……恵、どうかしら?」
感心に頷くお兄様達に、笑顔で返すお姉様。
けれど、お兄様達の賛辞は当然のものなのか、あまり関心が無いらしい。お姉様の瞳は、すぐに私へと向けられた。
「とても……とっても綺麗です!」
とても期待の込められた瞳に、素直な感想を述べる。
それに、これほどゆっくりと魔法を見られたのは初めてだ。
美しく、幻想的な光景に、自然と口角が上がっていた。
「……っ!」
鏡が無いから見られないけれど、私の表情は何か変だったのだろうか? お姉様は私を見て、ふらりとよろめく。
ふらふらしながら、葵波お兄様に寄りかかる。
「どうしましょうお兄様、妹がとてもかわいいわ……!」
「あはは、異論無い」
「……右に同じ」
えっ。
一瞬、お姉様から鼻血が出ているように見えて、ギョッとしてしまう。
葵波お兄様はお姉様にハンカチを差し出して、苦笑を浮かべる。
希お兄様も目を伏せながら頷いた。
「……そういえば、もうすぐ雨が降ると言われていたね」
「あ、そうだったな。たしかに、空の端が黒い。俺の魔法も見せてやりたかったが、それはまた今度だ。帰ろう」
「……恵、一応、それを羽織っておきなさい」
「あ、はい」
それというのは、屋敷を出る前に持たされた布である。
つるつるとした感触の、薄緑一色の布である。
あ、これ。カッパみたいな布なのかも! 水を弾くあれだよ、多分!
縫製が一切されていないそれを頭から被って、準備は万端。
希お兄様がしゃがんでくれたので、それに甘えておぶさった。
途中でぱらつき始めた雨は、屋敷に着く頃には少し強まっていた。
夜。
入浴を済ませ、ふかふかのベッドに横になって、今日の事を考える。
魔法が存在する事は、リリエラのおかげで知っていた。
その法則も、少しだけ分かった気がする。
あの、赤ずきんのお話のように。魔法の杖や、お姉様のペンダントのような、触媒のような物がいるのだろう。
呪文を唱えて、ポンと出せるものではないらしい。
そして、某ゲームのように幾つかの属性に分かれている事も分かった。
加えて、魔法を使うには、年齢的な制限もある。とても面倒な力みたいだね。
お姉様達の魔法知識自慢大会が、おやつの時間に勃発したのだ。
桜お姉様と葵波お兄様は、いわゆる好敵手のような存在なのだろう。それぞれが知っている魔法の知識をペラペラと喋り続けていた。
魔法の事を知らない私は、ただ2人の言い合いを眺めているだけだったけれど。
ちなみに、希お兄様も黙ってお菓子を食べていたけれど、言い合う2人へ向ける視線は優しくて。とても、美しかった。
夕食の時も、お父様とお母様が知識自慢を始めてしまったから、もう手が付けられない。
貴族の食卓って、こう、縦長のテーブルに離れて座るイメージが強かった。映画とかでもそうだったしね。
けど、前世の一般家庭には無いくらい縦長のテーブルではあったけれど、使うスペースはそれほど広くは無かった。
身内で使う分には、カタカナの「コ」の字のように固まっていた。
やはり希お兄様だけが、輪から外れていたけれど。
でも、私の隣に座った希お兄様は、時折私を一瞥してきた。時々口周りに付いたソースやパンくずを拭き取るためだった。
「ちょっと困った事」もあったけれど、うん。
あー、楽しかった!
私はどうしても眠れなくて、日記帳にその記憶を叩きつけるように、したためた。
そうして深い眠りについた。
……絵心は、あまり気にしないでください。
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