【八話】AEG・上

「センダツと会ったそうだな。解放教団は、エスパーを中心とした勢力拡大を目論む反政府組織だ。拠点は都心にもあるようだが、国内に留まらず世界全体に拠点とその信徒が広がっている」


 ヒゲタバコはアイスコーヒーを啜りながらそう切り出した。

 AEG本署、一階の食堂横に併設されたカフェテリア。施設内はやや強すぎる冷房が効いているが、昼下がりの陽光が心地良く丁度良い塩梅だ。


「反政府組織? 宗教じゃないのか?」


 僕は自分の分のレモンティーに添えられた輪切りレモンを舐めながら、返答した。

 センダツに強烈な幻覚を見せられた翌日、ヒゲタバコに話があるとカフェテリアに誘われた。カフェと言っても民間の店舗が入っている訳ではなく、食堂横に並べられた椅子とテーブルに食堂で売っているドリンクを持って行くだけであるが。


「届け出がされていないからな。この国じゃ宗教法人として登録されていない宗教集団は、団体あるいは組織なんだよ」


「よく許されているな、そんなものが」


 ヒゲタバコはコーヒーをぐいっと煽る。冷めているようには見えないが熱くはないのだろうか。


「許されている訳ないだろう。扱いは武装集団・テロ組織。信教の自由すらブッ飛ばす妄想教義だ。そんな物、どうして認められる。海外じゃ一部認められる国もあれば、そもそも申請自体が必要としない所もあるらしいが。あいつにしてみれば、国の認可なんぞ興味もないだろうが」


 小柄な体躯に似合わない凶暴な超能力。丁寧な口調と豹変するエキセントリックな性格。頭に三つくらいドがつく危険人物なのは明白だ。


「その、センダツって奴は何なんだ?」


「ラスボスだよ」


「なんだよ、ラスボスって……」


「ん? なんだ、ビデオゲームじゃそう言う言い方をするんじゃあないのか? 子供は好きだと思ったんだがなぁ」


 若者に寄せた発言だったのか。余計なお世話である。ジジ臭い。


「……子供が全員そうだって訳でもないだろう。それに俺はもう二十歳だ」


「二十歳なんぞまだまだガキさ」


「話が脱線している。あの女がなんだって?」


 彼は軽く息を吸って吐く。


「解放教団のリーダー、自ら聖女や救世主と名乗っているらしい。その活動理念は、世間で虐げられているエスパーの救済だそうだ」

 彼女の事を語るヒゲタバコには疲れの表情が浮かんでいる。


「……それが事実なら、俺やアマヶサキの主義とそう離れてはなさそうだが」


 誇大妄想じみた主張はあるものの、共通する部分はある。歩み寄れば妥協点を見つけられないだろうか。


「弱者救済が悪いなんて俺も思っちゃいないさ。例えそれが普通ではないエスパーだとしてもな。問題はやり方とその先にある、奴の自己利益やイカレた妄想だ。エスパーを救済するのも良いだろう。だがその集めたエスパーに、犯罪行為を行わせているとしたらどうだ。地元のヤクザや暴力団とパイプを繋げて武器や戦力を集めているとしたら。薬物をやり取りしてアンダーグラウンドの版図を広げているとしたら。その挙句にAEGに襲撃を繰り返していたら」


 表面上はおどけて見える。歳の甲なのか、真意は掴めない。ただ、目の奥底で苛立ちが時折垣間見えた。


「襲撃されるのか? ここが」


「……たまにな」


「先人がどうとか言っていた」


「エスパーの事をそう呼んでいるらしい。要約すれば、エスパーこそより進化し優れた生物であるから、現人類に代わって世界を統制する義務があるとか」


「義務だと? 誰が頼んだんだ、そんなもん」


「聖女だろう? お告げでもあったんじゃないか。頭の中で。前頭葉の中か海馬の中か知らんがな。エスパーの救済なんて副次目的に過ぎない。詰まるところ奴のやりたい事ってのは、自分の思想を実現するだけなんだよ。よく口にする変革ってのは良く分からん。神秘に染まりすぎてて、考えるだけで頭が痛くなってくる」


 紅茶を啜る。気分のせいか何だか苦い味がする。どうも、幻覚を見せられてから五感の調子がおかしい。


「昨日、俺の部屋に来たのも襲撃だったのか? ヘッドハンティングされたぞ」


 ヒゲタバコが苦笑いを浮かべる。口の内側で小さく笑った。


「ありゃ挨拶だよ。ここに新人が入るといつもそうしている。うちに取っても通過儀礼みたいなもんだな。運動部で先輩にボコられたり刑務所でケツ掘られたり、そんくらいの話だ」


 あれが挨拶だと。一歩間違えば精神崩壊を起こしそうな幻覚を見せられて、それがジャブだとするならたまったものではない。

 嫌みの一つでも言いたくなる。


「そんなに簡単に侵入されるのか、たかが女性二人に。大口叩いておきながら、大した組織でもないらしいなAEGってのは」


「いじめるなよ、おじさん泣いちゃうぞ。センダツの精神感応能力は、現在確認されているエスパーの中でもトップクラスだ。特に幻覚と洗脳に関しちゃ、うちの最上級のBCI(脳波介在装置)でやっと解除できる有様。奴の半径数メートル圏内にいれば数秒で悪夢に放り込まれる」


 やはりあれはイレギュラーとでも言うべき異質の中の異質、文字通り桁外れだったのだ。僕などよりも遥かに人間の枠組みから外れていたに違いない。誇大妄想同然の持論を展開するに値する程、半端でない実力に裏打ちされた自身を持っているのだろう。人間に毛が生えた程度の力ですら人を暴走させる。それが圧倒的なまでに強力な能力を手にしているとしたら、人一人を狂気の思想に走らせても不思議ではない。


「幻覚を見せられてから調子がおかしい。味覚が働きにくい」


「そいつはマインドコントロールの副作用だな。甘味がするんだろう? あれは強引に脳信号に割り込んでジャミングする。人間の脳波は機械かそれ以上に精密に脳の機構が作用しあっている。短時間でも外から介入され続ければ異常が起こるのも無理はない。研究班の考えだと、空間を通して微弱な短波を奴が脳から飛ばしてるらしい。そんなもんで数メートル先の他人の脳に割り込めるってんだから、やっぱりバケモンだな」


「そんなのを野放しにしているのか。お役所仕事だな」


「身元や出身すら分かっていない。戸籍も日本人かどうかすら怪しい。殴り込みに来たのでもないなら、まともにどつき合わずに散歩くらいさせてやった方が、こちらも被害が少なくて済む」


 まともにと言うくらいなのだから、その気になれば防ぐ手立てもあるのだろう。自ら彼女をトップクラスと評しておいて、それに渡り合える方法とは何なのだろうか。

 思い返せば、オフィスビルでの悶着もこちらの動きや攻撃の殆どを読んでいたようだった。超能力者でもない常人が対等以上に戦える方法、そちらの方がセンダツなどより遥かに不気味である。

 ヒゲタバコは考えを読んだかのように、口の端を吊り上げて笑う。


「このAEGが創設されたのも、元々は社会の片隅で増加し始めたエスパーの存在を探知したからだ。彼ら……いや、お前らは世の中に取って危険な存在なのかそうでないのか。現時点では何とも言えない。だからこそ、より深く知り必要なら対策する。案の定、アマヶサキを含めてお前や何人かは、実際に反社会行動を起こしてしまっている」


 その言い分は不当である。埒外だからと迫害した周囲に責任はないのか。僕だって好きで普遍から逸脱したのではない。幼い頃から形成されたコンプレックスが今の自分を形作ったのだ。裁かれるのであれば、環境そのものを形成する社会にも平等な罰が与えられるべきではないのか。


「俺らの事情なんか、おかまいなしかよ。俺がこうなったのだって、自業自得ってだけじゃないはずだ」


「はは、いじめられっこの言い草だな」


 カチンときた。僕個人についてだけ言及すればその通りだろう。だがコトは一個人が気分を害した程度では済まない。例え猿真似だとしても、あのオフィスビルを占拠した僕の行動は本心からだ、と思いたい。


「センダツって奴が、何であんたらを敵視しているのか分かった気がするよ」


「むくれるなって。俺達は敵じゃない、むしろ味方さ。AEGの創設理念はエスパーの研究、対策、それに保護。お前らが街中で暴れ狂うのを止めるのも仕事だが、更生させて社会復帰させるのも仕事。ただの暗殺部隊だと思ったか?」


 脳裏をアユカワの顔がよぎる。ここに勤めているのであれば、自然とまったく知らないではいられないだろう。彼女だけではない。ごく普通の看護師に見える職員らが、ここでは当たり前のように働いて貴賤なく接してくる。

 仮にAEGが政府公認の単なる掃除屋であるなら、彼ら彼女らが加担するとは考えられない。考えたく、ない。


 ヒゲタバコが腕時計を確認する。何か用事があるのだろうか。

 AEG本署に連行された時に、携帯電話や腕時計の類は一切合切没収された。当初は戸惑ったものの、すぐ慣れた。時間を気にしなくなった分、今までより気が楽になったくらいだ。


「さて、俺達の話はこれくらいで十分だろう。今度はお前の気持ちを聞かせてほしい」


 彼は懐からタバコを取り出して咥え、火を付ける。

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