三十六日目 再起

 ルライド・アトライヤ。

 平凡な中流家庭で生まれた彼は幼いころから機械いじりを得意とし、高校生になってからは魔素研究に没頭。卒業を待たずに「複合型魔包」を開発し、魔素開発に多大な貢献をする。現在は工学系の大学に通いつつ研究を続けている。


(すげぇ……)


 自分の名前を検索して出てきた来歴に驚く。

 彼が複合型魔包ハイパケを開発したのは、高校を卒業する以前。つまるところ、僕の体を動かしている『誰か』は一年足らずでこれまでの魔素研究を一変させたということになる。

 多分、こういう人間の事を天才と呼ぶのだろうな、と思いながらタブレットを隣にいるグロリィへと返す。


「……それで、あなたが人間だと証明できるものは?」


 目の前でコーヒーをすするサフィエさんは、その細い目をさらに細めて、品定めをするような視線をこちらに向けている。

 聞きなれないジャズの流れるカフェ。その端の円卓で、僕達三人はここから先の行動の話し合いを始めた。

 ……始めたつもりだった。


「それは……今から考えます……」

「……ま、いいですけどね。ただ、あまり猶予はないと思ってください。私もそこまで気が長くないので」

「具体的には……?」


 彼女は視線を壁の時計へと向けると、小さくつぶやいた。


「一週間です」

「いっ……はぁ!?」


 思わず大声を上げた僕に、店中の視線が集まる。

 だが、そんなことを気にしている余裕もない。


「あの、あのですね? 僕にとっての手がかりは、彼……僕の体の持ち主以外にいないんですよ? まだ彼の連絡先すら知らないし……」


 少しでも条件を良くしようと食い下がる僕に、冷酷な彼女の視線が突き刺さる。


「……何か、勘違いをしていませんか?」


 テーブルに置かれたコーヒーカップが、甲高い音を立てる。


「本来、私達の役割はデクスを回収して破壊することです。今はまだあなたが人間かもしれない、という可能性があるから見逃しているだけであって……いつまでも貴方だけに私というリソースを割くわけにもいきませんから、期限があってしかるべきかと」

「……それにしたって」


 短すぎる。

 この半年で、世界の広さというものは嫌でも理解している。いくら有名人であるとはいえ……いや、有名人だからこそ、今どこにいるのかなんて知るのは至難の業だ。


「ら、ライアット……その……だ、大丈夫……だから……」


 隣に座るグロリィは目にもとまらぬ速さでタブレットを触りながら、ジャズに負けそうな声量で訴えてくる。


「じ、時間は短い、けど……代わりに……さ、サフィエさんは、私たちの邪魔はしない……から」


 彼女の方へ視線を向けると、目を閉じたまま首肯している。どうやら本当らしかった。

 腕を組んで大きくため息をつく。

 頭の回路を切り替える。

 問題ない。今更一つ障害が増えた程度で諦められるものか。

 長い沈黙の後、やっと本来の話し合いが始まる。


「……グロリィ、今から言う名前を調べてほしいんだけど……」


 そう言って、親戚の名前を手当たり次第に挙げていく。グロリィも僕の考えを分かってくれているのか、先ほどよりも指の動きが一段階早くなる。


「……な、何人かは見つかったけど、あ、あんまりはっきりした情報はない……ね」

「んー……じゃあ僕が前使ってた総合アカウントにアクセスしてみて。パスワードは……」

「……だめ。ぱ、パス変わってるみたい……」

「えーと……なら彼のSNSとかは……」

「……さ、最初に調べた、けど、そ、そういうのは一切やってない……みたい」

「0xx-5xxx-6xxx」

「つ、使われてない、みたい……」


 サフィエさんがコーヒーをおかわりするころには、僕たちはすっかり元気を失っていた。

 当然と言えば当然だが、ネット上からは彼個人につながる情報はこれっぽっちも入ってこなかった。

 有名人と言えば公開されているアドレスの一つや二つあるものと思っていたけれど、どうやら彼はそういったものがあまり好きではないらしい。

 頭の中を手当たり次第に探し回りながら、何か手掛かりになるようなものがないか考え続ける。

 しかし焦る気持ちとは裏腹に、思考は空回りするばかりだった。時計の長針が僕をあざ笑うように音を立てる。


『そういう時はね、一回深呼吸するの。たくさん空気を吸って、その空気が体全体に行き渡るのをイメージするの。それから、次の一歩の事だけを考えるの』


 探し当てたのは、幼き日の記憶。

 全てが終われば、きっと母にも会えるのだろうか。

 深く息を吸い込んで、長く吐き出す。

 しかし、いくら待っても次への一歩は見えてこなかった。


「ん……や、やっぱり、フニール賞の事しか出てこない……ね」


 隣で彼の事を調べ続けていたグロリィが呟く。

 フニール賞というのがどういうものかは実はよく知らないのだが、何か偉大な発明をした人に与えられるようなものだと、なんとなく理解はしていた。


 ――どこかで見たんだよな……


 その単語に、特別見覚えがあったわけではない。ただ、最近どこかでその単語を目にしたことがあった気がするのだ。


 ――ああ、そうだ。確かマザーのところで……ってあれ……?


「ねぇグロリィ、その……授賞式っていつだったっけ?」

「え……? あっ!」


 僕らは数秒視線を交わすと、同時に椅子を蹴って店を後にする。


「ちょ、ちょっとどうしたんですか! いきなり店を飛び出して!」


 後から店を出てきたサフィエさんが、慌てたようについてくる。少しでも時間を無駄にしないように、歩きながら話し続ける。


「ディストロに向かいます」

「ディストロって……移動だけで一週間過ぎますよ?」

「でも、そこなら確実に彼が居ます」


 まさか授賞式に本人が来ないなんてことはないだろう。その時、その瞬間、彼は絶対にそこにいるはずだ。

 ディストロ……大陸一、世界一の名を思うままにする、間違いなくこの惑星で最大の都市。

 やっと、次の一歩が見えてきた。

 タブレットを覗き込み、グロリィと話しながら駅まで向かう。


「ら、ライアット……今日の午後便でルバニまで行けるみたい……」

「いいね。じゃあそこから……空港かな?」

「ううん、た、多分陸路の方が速い……と、思う……テレメラもいるから……」

「あ、なるほど。じゃあそこからハイスピ使って……テテマジの手前まではいけるね」

「うん。そ、そこからなら、グルルカンの国境越えられるから……あとは……」

「ああ、テレメラに任せて……大丈夫かなこの距離」

「だ、大丈夫……! もう、たくさん改造したから……! う、海だって渡れるし……!」

「……それもうバイクかどうかわからないね」


 駅のパーキングで待っていたテレメラに声をかけて、並んで歩く。


「テレメラ、これからかなり走ってもらうことになると思うけど、よろしくね?」


 エンジンをふかすことはしなかったが、彼はヘッドライトを何度か点滅させ、返事をしてくれた。


「……これで、最後だからさ」


 誰に言うでもなく、そうつぶやく。

 駅舎の時計を見れば、予定の時間が迫ってきていた。

 少し足を速めて、三人と二輪は一緒になって魔動列車へと乗り込んだ。

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