三十二日目 酷似
タブレットの日付がまた一つ進んだのを確認して、バイクのハンドルを握りなおす。真夜中と言えど、ヘッドライトと高性能カメラのお陰で視界は明瞭だ。もっとも、そんなものがなくとも事故を起こすことはないだろうが。
あの村を飛び出してから二度目の夜。走り続けた甲斐あってか、荒れ果ててはいるが、一応道路と呼べそうな道を見つけることができた。このまま道なりに行けば、内陸に張り巡らされた交通網に入り込めるはずだ。そこまで行けさえすれば……
「ウッ……!?」
当然、吐き気にも似た感覚に襲われ、ハンドルをとられそうになる。頭の中で鉄球を転がしているような、懐かしい違和感が体中を駆け巡る。
頭痛……まさか病気?
あり得ない。この体は、疾患なんて抱えようがない。
(どこかが故障したのか……?)
月明かりを受ける自分の体を見てみるが、上陸前と変わった場所はない。疑問に思いながら眉に皺を寄せた瞬間、焦げ臭いにおいを嗅覚が感じ取る。
(っ! バイクか!)
僕が気付くのと、異音と共にエンジン部が発火するのはほとんど同時だった。
「熱っ!」
瞬く間に炎上を始めたバイクを蹴るようにして後ろに跳ぶ。この時、僕はタブレットを回収することに気を取られて、首の後ろのケーブルの事をすっかり失念していた。
「ガッ……!」
慣性で進むバイクにケーブルで引っ張られ、頭から勢いよく地面に叩きつけられる。十数メートル先でバイクが横転して止まるまで、地面をバウンドしながら首輪をつけられた動物のように転がっていく。
「痛って……」
発火したエンジンを地面に擦りながらバイクが止まる。
砂利交じりの道路に手をついて立ち上がろうとした瞬間、未だ燻っていたバイクから黒煙が吐き出され始める。
それが視界に入った瞬間、バイクに背を向けて駆け出す。
一歩分離れられたのかどうかすらわからない、そのくらいのタイミング。燃え盛るバイクの火が、黒煙――気体状になった魔素に引火する。
轟音と共に巨人に殴りつけられたような衝撃が背中にぶちあたり、ぼろきれのように二転三転と再び道路を転がる。
「……くそっ」
悪態をついて立ち上がる。道路を外れた砂利道には、いまだ燃え続けている炎とともに、爆散したバイクの部品が散らばっている。残っているのはタイヤなどの大きい部品だけで、残りは今の爆発でどこかへ吹き飛んでしまったらしい。
修理など、望むべくもなかった。
歯を食いしばって、また自分の足で歩きだす。
バイクが壊れたことは不運だが、体に傷がないのは幸運だ。少しショートカットできただけでも良しとしよう。
そう自分を慰めながら首筋を触ると、指先に違和感があった。バイクに引きずられた時に無理に力がかかったせいで、コネクタが歪んでいるようだ。どこかでリペアしない限り、もう使い物にならないだろう。
つまり、ここから先はコネクタ経由で乗り物を使うことは出来ず、内部のジェネレーターが壊れても魔素を充填する手段がないことになる。
「……ああ、もう」
うんざりだ。どうしてこうも邪魔ばかり。
どうしてこんな苦しい思いをしてまで……
後ろ向きな考えが頭の中を占拠し始める。理性の残っている部分で対抗するも、だんだんと、その足取りは重くなっていく。
下を向いて歩けば、そこにあるのは自分の影。月明かりに縁どられたそれは、人間というには歪で、機械というには整いすぎていた。
『ばけもの』
違う。自分はそんなものじゃない。れっきとした……
『あなたは、人間ではないのかもしれません』
違う。
違う。
違う。
遅かった歩みはいつしか止まり、だだっ広い道路の真ん中で立ち尽くすことしかできなくなっていた。
月明かりがやけに眩しい。
「違う……違う……違う……」
ニセモノの喉から漏れる音に、意味はない。ただ、そう呟いていないと自分がどこにいるのかさえわからなくなってしまいそうで。
不随意に、カメラの絞りが開く。先ほどよりも確実に光は強くなってきていた。そこで、ようやく気付くことができた。この場に月以外の光源があることに。
「くる、ま……」
前から走って来るのは、全体が白く塗られた乗用車。道路の広さにしてはスピードが出ておらず、どうやら僕の存在に気付いているらしい。
上向きに照らされたヘッドライトが僕の影を塗りつぶしていく。
車は僕の横で止まり、中から運転手らしき人物が降りてくる。
若者らしく、流行の服に身を包んだ青年。けれど、本来の僕よりは少しだけ年上かもしれない。肌の色から見て、この近辺の人間のようだった。
開口一番、彼は驚いたように捲し立てた。
「なんかさっき爆発あったみたいだけど大丈夫!? えっ、ていうかその服寒くない? なんでこんなところいるの? えっ! 何あれもしかしてバイク!?」
未だ冷静とは言い難い頭で「そんな……一気に言われても……」とか細い声で返答をすると、青年は「ああ、ごめん、そうだよね」と、慌てながらもこちらの事情を聞いてきた。
「あのバイクは……君の物だったの?」
「うん……でも、もう走れない」
「だよね。……どこに向かってたの?」
「ルルリエに……」
「あー……なるほど。それは困ったね……」
頭を掻きながら青年は何やら考えているようだった。僕の恰好をじろじろと見ているのは、その事情を聞いてもいいか判断しているのだろう。
ルルリエという町はこの道をまっすぐ進んだ先にある町で、小さいながらも駅があり、そこからさらに内陸部の都市へ行くことが出来る、当面の僕の目的地だ。
青年が向かっているのは僕が飛び出した村の方向で、ルルリエとは反対方向にある。
「うーん……俺はこの先の村に届け物があるんだけどさ、その後だったら一緒にルルリエに帰ることもできるけど……」
「それは……」
ありがたい申し出だ。ここから歩けばルルリエまで何日かかるか分からない。
それでも、あの村に戻ることを忌避する心が、決断を鈍らせていた。
うつむいたまま話さない僕を見て、青年は意を決したように言葉を続ける。
「わかった。それならこのままルルリエに行こう」
「……ぇ」
僕には、この青年が何を考えているのか分からなかった。ルルリエに戻るにしても、ここまでの往復で十数時間は固い。そんな無駄足をしてまで、僕を助ける理由は彼にはないはずだ。
あるいは、他にメリットがあるのか。
「とりあえず車乗りなよ! ほらほら!」
「ええ、あの……」
半ば強引に助手席に押し込まれると、車はゆっくりと転進する。アクセルを踏み込みつつ、青年はいくつかの質問を僕にぶつけてきた。
「名前は? どこから来たの?」
「携帯とか持ってる?」
「年齢はいくつ?」
「どうしてあんな場所いたの?」
全て適当に返事をする。どうせこの先会うような人でもない。
それに、この人に本当のことを話して、また荒事に巻き込んでしまうのも心苦しかった。
「疲れたでしょ? 寝てていいよ?」
「ありがとう……ございます……」
彼の好意に甘え、疑似睡眠をとることにした。まだ前回の睡眠からそれほど時間は経っていないが、これから先何があるか分からない。休める時に休んでおくべきだろう。
ゆっくりと深呼吸をして「おやすみなさい」とつぶやく。
返事は、聞こえなかった。
***
「……それは、どういうことですか?」
『え、聞こえませんでしたか?』
「ではなく……はぁ、もういいです」
苛つきながら電話を切る。これだからオーランドの野蛮人は嫌なのだ。情報を流すだけの下っ端のくせに偉そうに。
「あの腐れメガネ……」
呪詛を吐きながら見つめる水平線の先には、一隻の船。先ほどの命令にあった、私が守るべき人物が乗っている船なのだろう。
そもそも、私の任務は諜報と回収であって、お守りや警護は専門外だ。
組織に属する以上、上からの指示には従うが、なぜこんなことをしなければならないのか、せめてその真意くらいは知っておきたかった。
――ま、私も下っ端と思われてるってことなのかもしれないけど。
港に着いた船を迎えに行く。降りてくる乗客の中に、明らかにそれとわかる人物がいたので、こちらから出向いて声をかけることにした。
「こんにちわ。あなたの監視と警護を務めます、サフィエと言います……ええと、あなたが?」
私に気付いた彼女はぎこちなくはにかむと、流暢なライレアの公用語で「はい……リィリスです」と答えた。
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